第27話 心当たりはございません
「あの、人違いではありませんか」
「君はたしか、トーマ伯爵領の孤児院からこちらに来たのだよね」
「はい、そうです」
「では、やはり人違いではないと思う。クララベルと知り合いなんじゃないのか」
「いえ、そのような知り合いはおりませんが」
「ふむ」
アルフレッドは腕を組んで小首をかしげた。
侯爵家が調べ上げた結果、クララベルが会ったのはこのマルクという青年とのことだったのだが。
「クララベルはトーマ伯爵家の令嬢だった。その頃からの友人ではないか」
「たしかにトーマ伯爵領に住んでおりましたが、伯爵家のお嬢様と友人なんて滅相もありません」
「しかし、君と妹が会っているのを見かけた者がいてね。そうしてとぼけても無駄だよ。妹が世話になったことは礼を言うが、君と、それから妹のために一つ忠告をさせてもらう。妹は身分の高いお方とどうやら恋仲にあるらしい。妹が望むのなら、私もその恋を応援しようと思っている。だから、もし君が妹と仲良くしていると言うのなら、妹のためを思って身を引いて欲しいんだ」
マルクはますますわけがわからず、困ってしまった。
「はぁ、そう言われましても、心当たりはございません」
アルフレッドもここに来て、マルクの顔に困惑以外の感情が何も乗っていないと感じ始めた。
「そうか・・・。君が嘘をついているようには見えないのだが、確認のために明日、妹のクララベルを連れて来てもいいだろうか」
「はい、かまいませんが…。あの、何か自分はご迷惑をおかけしてしまったのでしょうか。その、何かお咎めがあるとか」
おずおずと尋ねるマルクに、アルフレッドはにこりとほほ笑んだ。
「とんでもない。咎めるようなことは決してないと約束しよう」
「そうですか、わかりました」
マルクは明らかにホッとした様子を見せ、では明日、と帰って行くアルフレッドを見送った。
翌日、また同じくらいの時間にアルフレッドは現れた。
約束通り、一人の少女を連れて。
彼女がクララベルなのだろう。
その姿を見てマルクは目を丸くした。
マリアベルとそっくりだったからだ。
しかし、パッと見ただけでも別人と感じる。
風になびく髪を抑えるしぐさも、ただ立っているだけの姿も、まるでマリアベルと違う。
マリアベルが放つ強い生命の輝きのようなものを彼女からは感じない。
「昨日言った通り妹を連れて来た」
「はい、初めてお目にかかります。マルクと申します」
マルクは緊張しながらも礼儀正しく挨拶をした。
クララベルも人見知りそうに、ぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして、クララベルです」
二人の様子を見ていたアルフレッドは、たしかに二人が初対面のようだと確信した。
「マルク君、どうやら本当に人違いだったようだね。君は妹を知らないようだ」
「はい、お嬢様とは初対面だと思います。ただ、あの…」
少しマルクが言いにくそうに言葉をにごらせたが、アルフレッドに促されマルクは言った。
「こちらのお嬢様にそっくりの別のご令嬢とは知り合いでございます。そのご令嬢とは、最近会いました。もしかしたら、その方とお嬢様を見間違えた方がいたのでは?」
それを聞いてアルフレッドは鋭い目つきになる。
「クララベルにそっくりな令嬢?」
「ええ…。見た目はそっくりですが、まぁ別人ですね」
「そうなのか。そのご令嬢はどこの方なんだ?」
「実は昔の知り合いでして、孤児院にいたころ食卓を共に囲んだことのある仲間です。今はどこかのお貴族様に引き取られたようで、先日たまたま再会したときには元気そうにしておりましたが、どちらのお貴族様なのかまでは聞いていません」
「名前は?」
「名前はマリアベルです」
「マリアベル…」
大人しく話を聞いていたクララベルに、アルフレッドは声をかけた。
「クララ、どうやら人違いだったようだ。無駄足を踏ませてすまなかったね。帰ろうか」
「いいえ、お兄様と街に出かけられて嬉しかったので…」
それを聞いていたマルクは、遠い記憶の中に、クララという名前を聞いたことを思い出した。
「あっ、クララ!」
思わずそう声に出してしまい、アルフレッドにきつく睨まれる。