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第25話 一通の手紙

 

 マノンは父親の言いつけを守り、日々孤児院や救護院へ出向いては炊き出し、バザーの手伝い、孤児の世話などを行った。

 内心はうんざりしていたけれど、父に反省している姿を見せなくてはいけないから。

 その日もジラール侯爵家の料理人に焼かせたクッキーを使用人にたくさん持たせて、王都のはずれにある孤児院を慰問するところだった。

 馬車を走らせていると、街中に王立学園の制服を着て歩く女性の姿が目に飛び込んで来た。

 にっくきクララベルである。


「停めて!」


 マノンが御者に命じると、やがて馬車は停まった。

 窓からこっそりクララベルの様子を見やる。

 下品にも庶民のように手に串焼きの肉を握り、かぶりつきながら歩いている。


「まぁ!信じられないわ…」

「お嬢様、どうされましたか?」


 マノン付きの侍女ヤスミンが心配そうに見つめている。


「ヤスミン、あの女を見て」


 マノンが指し示したクララベルの姿をヤスミンはそっとうかがう。


「あれは…!シモン侯爵令嬢ではありませんか?」

「そうよ」

「なぜこのような場所にいるのでしょうか。まだ学校では授業の時間ですわ」

「見て、怪しい男に付いて行ったわ」

「本当ですわ。お嬢様、わたくしが後を追って見て参ります。ここでお待ちくださいませ」

「ええ、頼んだわ」


 ヤスミンはするりと身軽に馬車から降り、クララベルの後をつけていった。

 そう長い時間待たずに、ヤスミンが興奮して戻って来た。


「お嬢様!あの男はシモン侯爵令嬢がまだ伯爵令嬢だったころの古い知り合いのようです。人気のない裏路地で落ち合うと、二人は何度も抱き合って愛をささやき合っておりましたわ!」

「なんですって!抱き合って…!」

「そうですわ!念のため、記録石に撮っておきましたわ。ご覧になりますか?」


 マノンが頷くと、ヤスミンは記録石に録画した映像を馬車の壁に映し出した。

 そこにはたしかに、先ほどの身分の低そうな男とクララベルが抱き合って見つめ合う姿が映っていたのだった。


「ヤスミン、よくやったわ。後で特別な褒美を取らすわ」

「ありがとうございます!」


 マノンはにんまりと笑うと、再び馬車を走らせた。



 ◆◆◆



 エルネストの執務室に、差出人不明の一通の手紙が届いた。

 高級な封筒に美しい文字でエルネストの名前が書かれている。

 差出人不明の書簡は、事前に側近が中身を確認し、必要な物だけをエルネエストに届けることになっている。

 こういった差出人不明の書簡の多くは、エルネストへの恋文や、困りごとの陳情書で、時には呪符のような物が送りつけられることもある。

 この日、手紙を検めることになったのはアルフレッドだった。

 見たところ、身分の高い令嬢からの恋文のようだ。

 王太子の身の安全を確保するために、事前に手紙を検めるのは仕方がないこととはいえ、かわいらしい少女の恋心をつづった手紙を読むのは気が引ける仕事である。

 アルフレッドは書き手に詫びつつ、封を切った。

 しかし、その手紙は恋文ではなかった。

 文面を見て、アルフレッドの顔色が変わる。



 敬愛するエルネスト王太子殿下

 あなた様が恋い慕うクララベル・シモンは、腹黒く殿下を毒牙にかけようとする悪女でございます。

 殿下は騙されておいでです。

 殿下のご寵愛を受けながら、下町で卑しき身分の男と密会を重ねております。

 はしたなくも道端でその男と抱き合っておりました。

 あのような女をお側に置くのは殿下のためになりません。

 詳しく知りたければ、次の新月の夜、王宮の薔薇園にお越しくださいまし。

 証拠をご覧に入れましょう。

 あなた様の幸せを願う者より



 アルフレッドは文面を3度繰り返して読んだ。

 便箋を握る手がわなわなと震えた。


(エルネスト様がクララを寵愛?)


 クララベルが学校で倒れたときにエルネストに助けられたという話は聞いた。

 屋敷にもエルネストからの見舞いの花が届いていた。

 そんなことから、あらぬ噂がたったのだろうか。


(クララが下町で男と密会?そんなことがあるだろうか。あの人見知りで大人しいクララベルが?いや、ありえない。クララベルへの恨みか?)


 だとすれば、差出人もある程度想像がつく。

 ごく最近、クララベルが恨まれそうな事件が起きたばかりである。


(いずれにしても情報が足りない)


 差出人の指定した次の新月の夜には、王宮で王家主催の夜会が開かれる。

 王宮では毎夜のように何かしらの夜会が開かれている。

 まさに不夜城である。

 そうした夜会の中でも王家主催の会は特別である。

 この日はエルネストの妹ジュリエットの16歳の誕生日で、社交界デビューを祝う夜会である。

 主だった貴族はみな招待され、よほどの事情がなければ欠席は許されない。

 王家への忠誠を示す場でもあるのだ。

 そのような夜会で騒ぎを起こそうなどと考える者はいない。

 しかし、王太子と直接言葉を交わそうと思えば、夜会の時くらいしかチャンスがないのもまた事実。

 幾重にも受けた衝撃から立ち直ったアルフレッドは、その手紙を上着のポケットにしまい込んだ。


(新月の夜までに事実を調べあげなければ)


 新月の夜まで、あと三日。

 アルフレッドは何事もなかったかのように表情を隠し、残りの執務に取り掛かった。

 明日は自由に動ける時間を作れるだろうか。

 いや、作らねばならない。

 アルフレッドは黙々と仕事を消化していった。


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