第20話 全員殴り倒してやりたい
マノンに大きなお咎めがなかったらしいことに、クララベルはホッと息をついた。
「エマ嬢他3名は退学になった」
「え…退学?」
クララベルはどきんと心臓が跳ねたように感じ、胸を抑える。
その様に重い処分など、クララベルとしては考えてもいなかった。
「そうだ。侯爵令嬢の君に危害を加えようとしたのだから、そのくらいの処分が下るのは当然だ。むしろぬるいくらいだ。もし相手が私だったら処刑だったろう。退学くらいで済んで、侯爵家の温情に感謝するのだな」
エルネストの言うことは、理屈としてはクララベルも理解はできるものの、ショックであった。
「わたくしがエマ様を苛つかせてしまったばかっりに、こんなことになってしまって…」
クララベルの声は震え、鼻の奥がつんと痛んで涙が出そうになった。
泣き顔を見られるのは恥ずかしかったので、クララベルは手で顔を覆って隠すと、すぐに席を立った。
「このような無様な姿をお見せして、申し訳ありません。失礼いたします…!」
「クララベル嬢!」
背後からのエルネストの呼びかけにも立ち止まらず、クララベルは部屋を後にした。
取り残されたエルネストは呆然としたが、ハッと気を取り直して側近の名を呼んだ。
「アドン!」
控えの間よりアドンが音もなくサッと近づいてくる。
「お呼びでしょうか」
「アドン…。どうしよう?泣かせてしまった」
「何を言ったんです?」
「…エマ嬢が退学になったのは当然だし、処分がぬるいくらいだと」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだと思うが…」
「で、クララベル嬢はどういう反応を?」
「おい、クララベルと呼ぶな」
「…失礼しました。シモン侯爵令嬢様はどういう反応を?」
家名で言い直したのを聞いて、エルネストはやや満足げに頷いた。
「自分がエマ嬢を苛つかせたばかりにこのようなことになって、と言って泣いたのだ」
「…なるほど。シモン侯爵令嬢様はご自分を責めてしまわれたのですね」
「なぜクララベル嬢が自分を責める必要がある?どう考えてもエマ嬢の自業自得であろう?」
「殿下、シモン侯爵令嬢様が伯爵令嬢時代にどのような環境におられたか、ご存知でしょうか」
エルネストは記憶を探った。
「確か、生家はトーマ伯爵家だったな。前伯爵のマクソンスとその妻カミラは海難事故で行方知れずとなり、トーマ家の次男アーチュウが後継となったはずだ」
「左様でございます。しかし現伯爵は国外に在住しており、伯爵家には前伯爵の忘れ形見のシモン侯爵令嬢様と使用人だけが残されていたのです」
「ではクララベル嬢は独りぼっちだったのか。寂しかっただろうな」
「殿下、寂しいとか、そういった問題ではなかったのですよ。だれにも顧みられなかった令嬢は使用人たちに虐げられていたそうです。食事もろくに与えられず、やせ細り、全身はあざだらけだったと。伯爵領の孤児院から一報があり、シモン侯爵夫人が引き取ることになったとのことです」
エルネストはその話に衝撃を受けた。
あのようにか弱いクララベルに暴力を振るったり、食事を与えなかったりした使用人たちを全員殴り倒してやりたい衝動を覚えた。
「なんということだ…。その者たちは処分されたのであろうな」
「さぁ、そこまではわかりませんが、シモン侯爵の求めに応じ現伯爵が帰国し、悪化していた領地経営の改善に取り組んでいます。一時期は借金まみれの状態で、そう時間がかからないうちに取り潰しとなるだろうと予想されていましたが、なんとか立て直しつつあるようです」
「クララベル嬢を虐げた伯爵家など取り潰してしまいたいが、クララベル嬢は正当な後継者だ。そのような無能な叔父などより、クララベル嬢の手に返してやりたい」
「はあ、まあそうですね。シモン侯爵もおそらくそのように考えておられるのでしょう。ずいぶん侯爵家の人と金をトーマ伯爵家につぎ込んでおられますから。…話が反れましたが、そのような幼少期をお過ごしだったため、シモン侯爵令嬢様は、なにかとご自分が悪かったのではと、自分を責める傾向にあるのでしょう。これまでのやり取りの中でも、そのように見受けられました」
「そうか」
王太子として何不自由なく育ったエルネストには、クララベルの心情を理解することは難しかった。
「どうしたらよかったのか、まったくわからん。しかし、泣かせてしまったままにはできない。放課後、もう一度クララベル嬢に会いに行こう」
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