第19話 それとなく排除しなくては
一家の主たちは、すぐさま娘を修道院へ送ることを決断し、家を守ったのだった。
この結果を、王太子エルネストはおおむね満足して受け止めた。
「これでクララベル嬢も安心して学院へ通うことができるな」
エルネストは側近のアドン・キャリエールに言った。
「しかし、主犯のマノン嬢が残っていては、また良からぬことが起きるのでは?」
「ジラール侯爵が再教育を施してから学院に戻すことになっている。さすがにまた問題を起こしたらただでは済まない事くらいは理解しているだろう」
「だといいんですけどね」
「心配はいらない。私がクララベル嬢をそれとなく守るよ」
エルネストは事件後、度々クララベルの様子を見に行ったり、話しかけたりしていた。
これまで特定の女性にそのように親切にすることなどなかった。
己の立場を重々承知しており、少しでも誤解を与えたり、付け入るスキを見せたりしないように気を配っていたのだ。
必要以上にクララベルを気にかけてしまっていることに、エルネストは無自覚であった。
側近のアドンはもちろん、気が付いている。
クララベルがエルネストを見るとうっすら頬を染めることにも。
侯爵令嬢のクララベルは、身分的にエルネストの相手としてふさわしい。
ただ、あのように内気な娘が将来王となるエルネストの伴侶としてふさわしいかは別だ。
あまりにも無理そうであれば、それとなく排除しなくてはならないだろう、とアドンは考えているが、ひとまずは静観である。
「今日もシモン侯爵令嬢の教室へ行かれるのですか」
「ああ、令嬢たちの処分が決まったことを話そうと思う」
エルネストは昼休みにクララベルの教室へ顔を出した。
王太子の登場に生徒たちは緊張していたものだが、度々来るものだからだんだん慣れて来て、ここのところは軽く頭を下げて敬意を表すだけとなってきている。
「クララベル、少し話がしたいのだが」
エルネストにそう声を掛けられると、クララベルは頬をうっすら赤く染めて、小さく返事をした。
ポーリンと一緒にランチを食べる約束だったが、王太子からの誘いが優先されることはポーリンとてわきまえている。
黙ってお辞儀すると、ポーリンは離れて行った。
「ではついて来てくれ」
エルネストに連れられて来たのは、王族が使用する特別室である。
一般生徒が利用する食堂を王太子が利用することには、毒見や警備上の問題がある。
王族はこの特別室で調理場されたものを食べる。
「まずはランチをいただいてしまおうか。クララベル嬢も一緒にどうだ?」
「あの…、ありがとうございます。ですが、ランチボックスを持ってきていますので…」
「そうか。そちらもとても美味しそうだね」
「はい…、侯爵家の料理人が心を込めて作ってくれます」
「家で大切にされているんだね」
「それは、はい…!」
「よかった」
エルネストはにこりと笑った。
いつも凛々しいエルネストだが笑った顔は思いのほか、かわいらしかった。
クララベルは頬を染めて、そんなエルネストを見つめた。
(王太子殿下がかわいい…!こんなこと思ったら不敬かしら?)
ふたりはしばらく黙ったまま互いに見つめ合っていたが、ふっとエルネストが視線を外した。
心なしか耳が赤い。
エルネストの食事が運ばれてきて、二人はランチを済ませた。
「令嬢たちの処分が決まったことは聞いているかい?」
「いえ…父は話してくれませんでした」
クララベルが気に病まないよう配慮してのことだろうとはわかっているが、令嬢たちが登校していないため気になっていた。
「あの…、マノン様とエマ様は…」
「マノン嬢はいま、ジラール侯爵家で再教育を受けている。十分に反省し、二度と同じことを起こさないと確信できるまでは登校しない。しかし、いずれは登校してくることを君には知っておいてもらいたい」
「は、はい…」
マノンに大きなお咎めがなかったらしいことに、クララベルはホッと息をついた。




