第16話 生まれて初めて、恋に落ちた
一方、シャールはクララベルが倒れ応急処置室で休養していると聞かされ、慌てて様子を見に行くことになった。
クララベルの身に何が起きたのかはわからない。
しかし、クララベルが意識を失うとき、それはマリアベルが現れるときだ。
野放しにしては危険である。
その危機感があっての行動だが、意外にも周りからは妹をかわいがる良い兄、といった評価がくだった。
シャールが応急処置室に着いたとき、すでにマリアベルが目覚めていた。
マリアベルは一連の事件をクララベルの内側から傍観していて、思わずため息がこぼれてしまった。
「はぁ~。まったくなんなのよ、あのご令嬢たちは。クララが抵抗しなければ何をしてもいいとでも思っているのかしら。だいたい、クララもクララよ。暴力への恐怖心が強いのはもちろんわかっているけど、オドオドするから相手が調子に乗るのよ。それを理解すべきだわ」
「お前、やっぱりマリアか。ぶつくさ言って、何があったんだよ」
シャールがベッド脇の椅子に座って聞く。
「ぶつくさ言いたくもなるわよ」
ここのところクララベルが受けていた嫌がらせをシャールに話す。
「挙句の果てに、ビンタしようとしたのよ!そこへたまたま通りがかった王子様が助けてくれたってわけ」
「なるほど。ではクララベルに嫌がらせをしていた令嬢たちの名前は全員わかるのだな?」
「うん、クラスメイトだもの」
「すぐに父様に報告して、相手の家へ抗議を入れよう。帰るぞ」
「え!まだ午後の授業があるわよ?」
「クララベルは体調が悪くなって倒れたことになっている。殿下に変な探りを入れられると困るから、今日は大人しく帰るぞ」
「は~い」
シモン侯爵家のタウンハウスへ馬車で向かっている間に、マリアベルはウトウト居眠りをしてしまった。
侯爵邸に到着し、シャールは優しく起こす。
目覚めたらクララベルに戻っていた。
「あれ…?シャールお兄様?」
ぼんやりと意識が戻ったクララベルに、シャールはにこりとほほ笑んだ。
「クララ、大丈夫か?学校で倒れたと聞いて、家に帰ってきたところだよ。どこか痛い所はないか?」
「あ…。大丈夫です。どこも痛くありません」
「そう?ならよかった。自分で歩けるかい?」
そう問われてクララベルは先ほどエルネストの腕に抱かれたことを思い出し、カッと顔が熱くなった。
「大丈夫ですわ。歩けます」
邸に入ると、予定外に早い急な帰宅だったのにも関わらず、使用人たちは完璧に二人を出迎えて見せた。
「クララの体調が悪いんだ。部屋で休ませてやってくれ」
「かしこまりました」
クララベルはメイドに付き添われて自室に戻ると、ゆったりとした部屋着に着替えさせられ、ベッドに入ることになった。
しばらくすると、エルネストより見舞いの品として花束とフルーツのジュレが届いた。
メイドが届いた花を活けてクララベルの部屋に飾ると、みずみずしい花の香りが爽やかに香った。
エルネストから香ったフレグランスを思い出して、クララベルはまた頬を染めた。
(エルネスト殿下がわたくしを助けてくれた…)
抱き上げられて恥ずかしかった。
すぐ近くにエルネストの顔があった。
形の良い唇。
意志の強そうな、きりりとした眉と切れ長の瞳。
クララベルを囲む令嬢たちを一喝した強い声。
クララベルを軽々と抱き上げた逞しい体。
(エルネスト殿下…)
クララベルは生まれて初めて、恋に落ちたのだった。
その夜、クララベルの部屋をアルフレッドが訪れた。
王城での仕事が忙しく、滅多に帰宅しないアルフレッドの突然の訪問に、クララベルは驚いた。
「クララ、学校で倒れたって?大丈夫かい?」
「アルお兄様…!今日は帰って来られたのですか?嬉しい」
「クララが倒れたと言うから心配でね」
「…ごめんなさい」
アルフレッドは俯いてしまったクララベルの頭を軽くなで、ベッドサイドに腰をかけた。




