第15話 物は言いよう
エルネストは瞳を嫌悪に染めて、エマを見た。
「では、この私の目がおかしいと、そう申すのだな」
「いえっ、そのようなつもりは!」
「ジラール侯爵令嬢が申したことが真実であるかどうか、調べればわかることだ。調査後に審議することとしよう」
エルネストがそう言うと、側近候補の一人、アドン・キャリエールがサッと身をひるがえし校舎内に消えた。
すぐに調べが付くだろう。
「後日、沙汰を言い渡す。それまでは全員、自宅にて待機せよ」
「かしこまりました」
マノンたちは顔色が悪いまま、すぐに帰宅するためその場を去った。
クララベルは意識を失いそうになり、ふらふらと倒れかかったが、エルネストのたくましい腕に支えられて、ハッとした。
「す、すみません。あの、助けていただいて有難うございました…」
か細い声で礼を言いながらも足がガクガクと震え立っているのがやっとだった。
見かねたエルネストは、クララベルをさっと横抱きにし、学院内の応急処置室へとクララベルを連れて行くことにした。
抱き上げられて、クララベルはエルネストの胸元に縋り付くように手を添え、真っ赤に顔を染めて俯いた。
「あ、あの…どこへ」
「応急処置室だ。少し休んだ方がいい」
「ありがとうございます…」
ほんの数十センチのところにエルネストの端正な顔があり、クララベルはドクンと心臓が跳ねるのを感じた。
エルネストが安心させるようにほほ笑んだのを見て、クララベルの顔は真っ赤に染まった。
エルネストからふわりと爽やかな香りが漂ったときに、クララベルはついに気を失った。
エルネストは応急処置室に着くと、クララベルをベッドに横たわらせ、看護師を呼んだ。
すぐにかけつけた看護師にクララベルの看護を頼むと、颯爽と部屋を出た。
先ほど調べに行かせた側近、アドン・キャリエールが戻って来た。
「あのご令嬢は誰だ」
「クララベル・シモン侯爵令嬢です。5年前にシモン侯爵家の養子となったご令嬢です」
「ああ、アルフレッドの妹になった子か」
「そうです。ジラール侯爵令嬢が言ったような事実はありませんでした。シモン侯爵令嬢が挨拶の声をかけても、クラスメイトの方が無視していたようです。教科書をジラール侯爵令嬢が奪い隠してしまったため、隣の席のご令嬢が親切で自分の教科書を共に見るよう席を近づけたそうですが、二人とも物静かなのでおしゃべりに興じたりはしておりません」
「ジラール侯爵令嬢が嘘を吐いたということだな」
「そうです」
内容がどうであれ、王族に対して偽りを申せば罪となることを知らぬ貴族はいない。
また学院の規則として、他者を尊重すべし、とある。
相手の尊厳を傷つける行為は禁止されており、規則を破れば、場合によっては退学となる。
いじめの現場をエルネストに目撃された時点で、マノンたちはいずれにせよ罰を受けることが確定したことになる。
「なぜこのような愚かなことを」
「どうやら過去にシモン侯爵家のお茶会で諍いがあったそうで、ジラール侯爵令嬢がいまだに根に持っているようですね」
「一体どのような諍いがあったのだ」
「シャールが原因のようですよ」
「…あいつか」
エルネストとシャール、アドンは級友である。
茶会があるたびにシャールが令嬢たちの間で取り合いになっていることは、エルネストの耳にも入っている。
学院でもシャールは女子にもてている。
けだるそうに教室の窓際で外をぼんやり眺めているだけで、女子が寄ってたかる。
女たちに言わせればアンニュイな雰囲気ということになるらしいが。
物は言いようである。
「シャールに一応、妹が倒れたと伝えてやれ」
シャールは一報を受けると、すぐさま応急処置室へ駆けつけ、馬車を手配し侯爵家へ連れて帰った。
その報告を聞いて、エルネストは内心、失礼なことを考える。
(意外だな。兄のアルフレッドならいざ知れず、あの怠惰なシャールが妹を心配してすっ飛んでいくとは。よほど妹がかわいいと見える。あのようにか弱くては、守ってやらねばと思うのもわかる。それにしても、軽くて柔らかかった)
エルネストは、抱き上げた感触を思い出して、わずかに顔を赤らめた。
やましい気持ちなどなかったが、突然の行動にクララベルは驚いたかもしれない。
詫びの気持ちも込めて、見舞いの品を侯爵家へ届けるよう手配した。
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