第10話 どうやら本物のようだ
アーチュウ・トーマが領地のカントリーハウスに十数年ぶりに帰って来た。
遠い異国より約一月半の長旅であった。
アーチュウは邸を見上げて、持っていた旅行鞄を思わず取り落とした。
「これは、本当に我が家なのか・・・?」
門扉から玄関先には、膝丈以上に伸びた雑草がぼうぼうと生えている。
壁も色あせ、所々窓枠がずれ落ちてカーテンが風で揺れている。
よもやここが領主の邸だとは、領民だって信じられないだろう。
唖然としながら邸の中へ入ろうと足を踏み出すと、たたたっと軽快な足音がして、武装した騎士が二名駆け寄って来た。
彼らは腰に差した剣に手をかけて、いつでも抜けるようにしている。
「誰だ!ここは許可なく立ち入ることを禁じている!」
厳しく誰何され、アーチュウは目を白黒させながら名乗った。
「私はここの主のアーチュウ・トーマだ」
「ここの主だと?証明できるものはあるか」
アーチュウは慌てて荷物をまさぐり、伯爵家の家門が刻まれたコインを見せた。
「ほう、どうやら本物のようだな。いいだろう、入れ」
騎士は相手が伯爵と判明しても、偉そうな態度を改めなかった。
アーチュウは何が何やらわからないまま、邸の中に入ることが許された。
エントランスホールに入ると、これまたかつての様子とあまりに異なり言葉を失う。
壁に取り付けられていた絵画や、床に敷かれていたカーペット、あちこちに置かれていたはずの装飾品も、何もかもなくなっていた。
掃除も行き届かないのか、全体的に埃っぽく、隅の方は蜘蛛の巣が張っている。
「ど、どういうことだ…」
アーチュウが立ち尽くしていると、物陰から様子を窺っていたらしい使用人が涙を流しながらまろび出て来た。
「だ、旦那様・・・!」
「お前は、クレモンか?」
「さようでございます。お戻りになるのを待っておりました」
家令のクレモンは、げっそりとやせ細り、目の下に青黒いクマがくっきりと出ている。
「長らく留守にして悪かった。しかし、一体、これはどうしたというのだ?」
「申し訳ありません。申し訳ありません!」
クレモンは涙をぼたぼたとこぼしながら平身低頭して、かすれた声を振り絞って謝罪した。
「謝る前に説明してくれ。外にいた騎士は、何者なんだ」
「あの方たちはシモン侯爵家の騎士様でございます」
「侯爵家の騎士がなぜ我が家にいる?」
「…お部屋にてご説明させていただきます」
アーチュウは急に体が二倍にも重くなったのではないかと言うくらい、重い足取りで邸の奥へと進んだ。
かつて自分が使っていた部屋へ向かおうとして、クレモンに止められる。
「伯爵様の執務室はこちらでございます」
アーチュウは立ち止って、その部屋の扉を見た。
その昔は父が、代替わりをしてからは兄が執務に使っていた部屋だ。
中には立派な書棚があり、たくさんの書類が行き交っていた記憶がよみがえる。
今は使う者もなく、部屋の温度もひんやりと低いように感じられた。
「ああ、そうか。私が伯爵なんだね」
「さようでございます」
アーチュウは執務室に入り、兄が使っていた椅子に腰かけた。
この部屋の装飾も、一切なくなっていた。
領地経営に必要な書類は、さすがに残っているようだが。
「ここに座ってみても、実感はわかないね」
アーチュウは目を閉じて、何かの気配を探るように、しばらく耳を澄ました。
軽くかぶりを振ると、諦めたように目を開いた。
「それじゃ、説明してもらおうか」
クレモンは観念したように、淡々と事実を語り始めた。
兄が亡くなりアーチュウが爵位を継いでから、家計が傾いていること。
兄の忘れ形見であるクララベルに労働を強いて、女中が暴力を振るっていたこと。
そのことでシモン侯爵夫妻が激怒していること。
クララベルはシモン侯爵家に養子として引き取られたこと。
すべてを聞き終えたアーチュウは言葉もない。
「本当に申し訳ありませんでした」
クレモンが力なく謝罪の言葉を口にした。
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