血塗れ令嬢が贈る素敵なプレゼント
それは、イサイチ国の建国百周年のパーティで起きた出来事である。
「イザベラ公爵令嬢。今まで我慢してきたが、もううんざりだ。皆の前で宣言しよう! 君との婚約は破棄する!」
たくさんの諸侯達が集まり、食事や談笑を楽しんでいる最中。
第一王子リアムが、一人の令嬢に向かって言い放った。
周囲は驚きの声をあげ、会場の中央に注目する。
中央には、金の刺繍で縁どられた白い礼服を身にまとった青年と、薄紅色のドレスを着用した令嬢が向き合っていた。
イザベラと呼ばれた、その令嬢は淡々と返事をする。
「そうですか」
艶のある黒髪をまとめ上げ、背筋を伸ばして立っている姿は、会場にいるどの令嬢よりも美しかった。
だが、表情が乏しい。リアム王子に婚約破棄を突き付けられたのに、眉一つ動かさない。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
それを聞いて、白い礼服の青年リアム王子はイザベラを睨みつけた。
「理由? わからないか!? お前が私に贈ったプレゼントが問題だ!」
リアムは強い口調で婚約者を責める。
反対に、イザベラは人形のように静かだ。ただリアム王子だけを見つめ、ゆっくりと口を開く。
「プレゼント……。ああ、私が苦労して作りましたプレゼントですね。なぜ、今まで受け取ってくれなかったのでしょう? 陛下の為に一生懸命作りましたのに」
「冗談じゃない! 何なんだ! あの花束は! 嫌がらせだと思ったぞ!」
「あの花束の、何が気に入らないのですか?」
イザベラは口の端を上げた。
その笑みの冷ややかなこと。
周囲の諸侯達は、思わず一歩後ずさる。
それもそのはず。
イザベラの家は代々軍人を務めていた。
しかも、ただの軍人ではない。
やる事なす事が残酷な、恐ろしいサディスティック一家であった。敵には一切情けをかけない。女性だろうが子供だろうが、敵であれば皆殺しにした。敵が全滅しても、殺し足りなかったら、遺体を切り刻んでいるくらいだ。
味方にすら恐れられ、ついた呼び名が「血塗れ一家」。その令嬢、イザベラは「血塗れ姫」と揶揄されていた。
「あれは花束じゃない! 人間の手を束ねたものだろうが!」
王子の発言を聞いて、周囲の人間達は小さく悲鳴を上げた。
イザベラが贈った「花束」とは名ばかり、あるのは人間の腕と手のみ。
それを受け取った時の事を思い出し、王子の身体はかすかに震えていた。
「ドキドキしませんでしたか?」
「したよ! 違う意味で!」
「良かった」
「良くないよ!」
何がそんなに嬉しいのか、イザベラは綺麗な笑顔を浮かべる。
その笑顔が美しいだけに、リアムはゾッとした。
「あと、お前は薄汚れたタペストリーを私に寄こしただろう!?」
「薄汚れた……ああ、素晴らしくありませんでしたか? 百パーセント血染めですよ。死刑囚の」
周囲から「うっ」と吐き気を伴う声が聞こえてきた。
リアム王子も思わず青ざめる。
あのタペストリーを受け取った時、何かの汚れだと思っていた。まさか「血」だとは思いも寄らない。事実を聞かされ、リアム王子も胃からこみあげるものを感じる。
「そ、そんなものを私に贈って、お前は私を呪うつもりか!?」
「嫌ですわ。あのタペストリーを飾ると、毎晩、悪夢を見る事が出来る、素敵な代物ですのよ」
「毎晩、悪夢を……」
「ええ」
「……」
「……」
「それを「呪う」と言うんだ!」
王子の綺麗な髪が乱れてきた。
頭のおかしい一族を前に、心臓が爆発するのではないかと思うほど、激しく鼓動している。
「現在、目玉のネックレスも一生懸命作っておりましたのに……。婚約破棄とあれば、無駄になってしまいましたわね」
長いまつ毛を伏せて、イザベラは肩を落としている。
やっと人間らしい仕草が見られたが、言っている事が恐ろしくて、とても安心は出来なかった。
「わかったか!? 皆の者! 私に贈られてきたものは、こんなおぞましいものばかり! 婚約を破棄されても仕方がない事だ!」
「では、私達は赤の他人であると?」
「そうだ。もはや「敵」だ!」
「血塗れ姫」と呼ばれるイザベラの独特な感性に、王子は感情が高ぶっていた。
つい口が滑って、「敵」などと強めの言葉が出てしまう。
それを聞き逃すイザベラではない。
「敵……」
場の空気が変わった。
イザベラの声は低くなり、あの冷たい笑みすら浮かべていなかった。
「敵ですか。ならば容赦はしません」
イザベラは隠し持っていた短剣を取り出した。
周囲の諸侯達はどよめき、これから起こるかもしれない惨劇に、婦人達は目を背ける。
「ひっ……!」
自分の命が狙われていると感じたリアム王子は、腰を抜かしてしまった。
逃げ出そうにも、腰から下が動かず、思うように動かない。
「ご覚悟を」
イザベラは両眼をしっかりと開け、王子に向かって短剣を振りかざした。
もうだめだ!
リアム王子が目をつぶると……。
「ぐさ~~」
イザベラが間抜けな声を出して、短剣を刺してきた。
それは確かに、王子の胸に突き刺さっているのだが……刃が柄の部分に引っ込んでしまい、刺せない。
オモチャのナイフだ。
「っ!?」
「陛下、ドッキリ大成功ですわ」
先ほどまでの冷たい表情とはガラリと変わり、イザベラの顔は明るい笑顔に満ちている。
彼女の一族は「血塗れ一家」と呼ばれるほど、残酷だ。その事からイザベラも「血塗れ姫」と呼ばれているのも確かである。
だが、イザベラ自身は残酷な性格ではなかった。
ただのドッキリを仕掛けるのが好きな令嬢なのだ。
「さすがはイザベラ。迫力のある演技に、心底、震えあがってしまったよ」
王子も笑みをこぼし、立ち上がる。
王子もまた、人々の驚く姿を見るのが大好きな人間である。
代わり映えのない日常が、ドッキリによって心躍るのだ。婚約者のイザベラに教えてもらい、今やすっかりハマってしまっている状態だ。
「皆の者、驚いたかね? 最近、周囲の国々で流行っている「婚約破棄」。我々なりにアレンジして、皆を楽しませようとイザベラと考えていたのだよ。少しでも非日常な気持ちを味わえたのなら、幸いだ」
仰々しく王子が皆に一礼をする。
今回の騒動がただのドッキリであったこと。王子がそれを容認していること。
一時はどうなるかと思っていただけに、諸侯たちは胸を撫で下ろした。安堵の笑みがこぼれ、自然と拍手が起こる。
リアム王子とイザベラ公爵令嬢はそれを嬉々として受け取り、再び一礼した。
△▼△▼△
「大成功だったね」
パーティも終盤に入り、リアム王子は婚約者のイザベラ公爵令嬢とテラスでグラスを鳴らした。
ドッキリの成功を祝っているようだ。
「ええ。協力ありがとうございます。陛下」
胸に手を当てて、イザベラは感謝を述べた。
今回のドッキリの成功を何よりも喜んでいるのは、このイザベラであろう。
「しかし、最初は驚いたよ。手の花束が贈られてくるからさ」
「うふふ」
「思わず送り返してしまったけど、今回のドッキリの事を聞いて、後悔した。あれは作り物なんだね? よく見ておけば良かったよ」
「いやですわ、陛下」
イザベラはにっこりと笑った後、急に声のトーンを落とした。
そして、あの冷たい笑みを浮かべ、リアムに囁くのだった。
「あれが作り物だなんて、誰が言いましたの?」
「……え」
リアム王子の身体は凍りついた。
一瞬、婚約者が何を言っているのかわからなかった。
徐々に理解していくにしたがって、恐怖が身体を支配し始める。
「イザベラ。君、何を言って……」
またドッキリかと思った。いや、そう思いたかった。
イザベラに「ドッキリ大成功ですわ」と言って欲しくて、声をかけようとする。
だが。
「あら。この飲み物、美味しいですわ。お代わりしてきますわね」
それを拒むように、イザベラは一礼して、会場へ戻ってしまった。
「……」
立ち去る婚約者の後ろ姿を見ながら、リアムはこう思うしかなかった。
当分、代わり映えのない日常は送れそうにない、と。
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