表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷蔵庫の女  作者: 第六感
7/42

007

笑顔の価値も知らなかった当時の僕はさして考えもなく郵便局の列に加わった。長い列だったと思う。途中で籐子は隣のコンビニで待つことにしたくらいだから、長い列だったと思う。郵便局は防犯のためかトイレを貸してくれないという事情を付記することによって紳士的態度を装うことに成功する。

失敗した。

今から思えば決定的に失敗している。

本当はこの時一人で隣のトイレに行かせるべきではなかったのだ。そんなことをしているから、我々はこんな終点にたどり着いてしまう。

というのは少しこじつけが過ぎるだろうか。


籐子{先に帰ってもいいよ}

籐子{第一発見者になっちゃった}

籐子{絞殺されてたっぽい}


合流しようと携帯を開いた僕の目に飛び込んだのはこんな通知だった。

 ここで帰宅していればそれこそこの終着点には僕はいないけれども、さすがにそこまで非人間的な振る舞いをすることはできなかった。

 第一不審だよね。そんな奴。

 計算を抜きにしても友人が事件に巻き込まれて先に一人で帰れるはずもなかった。   

当時の僕はまだ彼女の素性に精通していなかったので特に死体の発見に動揺して怯える女の子を支える自分に酔いしれるところがあった。

 エスカレーターを行儀悪くも一段飛ばしに駆け下りて自動ドアの隙間をすり抜け、出て左のコンビニエンスストアに4人分の人だかりを見つけた。籐子もいる。

「安斎さん! 大丈夫?」

「今井。大丈夫だよ」

本当に平気そうに彼女は立っていた。傘を杖代わりにして膝をかばっているが、メンタルとしては実にクリアな様子だった。

なんなら息せき切らして駆け付けた僕の方がしんどそうに映ったことだろう。

「気持ち悪かったら、無理、しなくてい、いいんだ、からね」

「君が大変そうだよ。ほら深呼吸。吸ってー、吐いてー」

すーー。はーー。

 ドップラー効果とは、音源そのものが近よることで音の周波数を増やしてしまい音が高く聞こえる現象である。

 通り過ぎなくても音が低くなるのは理論上知っていたが目の前にパトカーが停車するのは初めての経験だった。

 店員に案内されて一人の制服の男性警官が店内に入っていく。

 もう一人は表情を和らげようと頑張りながら降りてきた。つまり硬い表情だったということだ。

「最初に確認された方は?」

 籐子が手を挙げる。

「お名前を伺っていいですか?」

「安斎籐子といいます。」

「確認した時の様子を教えてもらってもいいですか?」

「トイレを借りに来ていました。私が10分ほど並んでいたのですが、何も音がしないままだったので、もしや倒れているのでは思って店員さんをお呼びしたんです。そういえば少しドアがガタついていたような気もします。あ、そちらの方です」

 籐子は丁度店から出てきた男を示していった。

 「そうそう、そこの嬢ちゃんが。最後に並んで『音がしないでずっと出てこないみたいだ。倒れてないか』って。入ってから合計40分くらいになるなあと思ってこじ開けたんですわ」

 店内で聞き取りをされていた男が話を続けた。

「でもそれ、カメラに写ってないんでしょ」

 男性警官が嫌そうに言うと、店員は気まずそうな顔で

「従業員通路ですから、必要不可欠ってわけじゃないんですよ」

と言った。我々は不都合な事実について追いつめられると善良な市民ではいられないものだ。

「コンビニでしょ。まずいんじゃないの、それは」

 おっと、店員の顔色が変わった。爆発に備えろ。

「だからねえ! あのトイレにはあの人が入って30分くらいでもう一人郵便局員がその前で転んだんだよ。そのまま出てって直後にあの嬢ちゃんとすれ違ったんだから、間違いないってば! だいたいね、監視カメラの交換費用は誰が持つかわかってるわけ? そんなお金、出せるわけがないんだよ!」

「郵便局の制服の人が二人とあの女性」

「3人ですね」

こほん。

 女性は軽く咳払いか咳をして我々を移動させた。

「では、ここは混雑しますので隣の建物に入らせてもらうことにしましょう。あとでまた同じ話を伺うかもしれませんがご協力ください」

 郵便局員が殺されたから郵便局に入れるのだろうか。トイレも借りられるようになったに違いない。ゲームみたいだなと場違いなことを考えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ