006
部屋のドアがきしんで鳴ったので大変身構えた。ポストに公共料金の紙が投かんされただけである。チャイムでさえない。もしいつぞや口座引き落としに変えていなかったら公共料金の払い忘れで止められていたかもしれないくらいポストは検査証でいっぱいだ。
口座引き落としに変えたのは籐子の計らいであった。より正確に言えば彼女がほとんど全部やったのだ。全部正確に厳密にいうなら、最寄りの郵便局に僕を引っ張っていき、口座振替の紙を書き、僕の代わりに通帳を持ってくれたのが彼女なのだ。僕は、たしかハンコを押した。結構きれいに押せた覚えがある。
「あんまり使う機会がない人のハンコは綺麗なのよ」
とかなんとか。まあ、使ってないからね。「じゃあ、君のハンコは擦り切れているわけだ。給金の受け取りにはハンコがいるもの。」 と僕は応戦するつもりで皮肉気に答えた。
彼女は腰に来たのか、トントンっと後ろの手を体にぶつけながら、
「だから、それも口座で受け取れるのよ」
とあきれ顔で言った。
セルリアンブルーのパーカーがラズベリーパイみたいなチェックのロングスカートによく映えていたことを思い出す。大きいガラス窓から差し込む自然光が、だから降り注ぐようにその愛くるしさを引き立てていた。
彼女のあきれ顔は特徴的だ。ともすればただにらみつけているのと同じである。眉をひそめて雌雄瞳の不揃いな両目を薄目にしてクールっぽい顔をする。
しかしそう長くは続かない。元が笑い癖のあるところを無理やり抑えるのだからすぐにそのダムは決壊して笑顔の洪水氾濫を引き起こす。恵みの雨が僕の元へと帰ってくる。
慈雨はやみいつかひびわれ
かわくみの
もみじのにしき
くものまにまに