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第八話 初見殺しの迷宮

 デビュタントの淵界迷宮は特殊だ。

 常に扉が開いているわけではなく、一週間から二週間のペースで扉が開く。

 扉が開いている時間は一日。

 その間に攻略できなければやり直しだ。

 しかし、構造が常に変わるせいで、地道な攻略が通用しない。

 そんな迷宮の第七層。

 巨大な円形の闘技場。


「攻撃が来るぞ! 左に回避!!」


 ジャンの声を聞き、俺たちは一斉に左へ移動する。

 先ほどまでいた場所に巨大な斧が振り下ろされた。

 迷宮には迷宮内でしか出現しない特殊なモンスターがいる。

 今、俺たちが戦っている〝傀儡騎士〟もその一つだ。

 見た目は二十メートルを超す巨大な騎士だが、鎧の中は空洞。鎧だけが動いている。

 一定のダメージを与えれば動かなくなるが、鎧がとにかく硬い上に巨大な獲物を振り回すため、攻撃力もある。

 厄介な相手だ。


「ジャン! 隙を作って!」

「任せろ!!」


 少し離れた位置にいたジャンに、リネアが指示を出す。

 ジャンは弓に矢をつがえ、次の攻撃に移ろうとしている。


『炎撃魔法――レベル6――ブルー・ブレイズ』


 ジャンは青い炎を矢に纏わせる。

 魔法矢。

 矢に魔法を纏わせる技術で、ただ放つだけよりも攻撃力が総じて上がる。

 ただし、あまり広まってはいない技術だ。

 矢に魔法を纏わせるのは繊細なコントロールを要求されるし、そもそも弓使いとして、たしかな技量がなければ魔法の無駄撃ちになるからだ。

 しかし、ジャンはそのどちらも持ち合わせている。

 青い炎を纏った高火力の矢が傀儡騎士の兜に命中し、傀儡騎士がよろける。

 その瞬間、リネアが前に飛び込む。

 しかし、傀儡騎士は不安定な体勢で斧を振るう。


「そのまま進んで!!」


 リネアに向かう斧に対して、ガロンが大盾を構えて、防ぎにいく。

 一瞬のせめぎ合い。

 その隙にリネアは傀儡騎士に接近するが、そもそも質量が違う。

 ガロンは大きく吹き飛ばされた。


「ガロン!!」


 吹き飛ばされたガロンに、ミシェルが駆け寄る。

 その間に俺はリネアに向かって全力の強化を行っていた。


「剣に強化を集中する!」

「お願い!!」


 短い会話。

 その間にリネアは傀儡騎士の体を駆けあがり、肩を蹴って頭上を取った。

 そして剣を鞘に仕舞い、居合の体勢に入った。


『雷撃魔法――レベル10――煌雷一閃』


 高ランクの雷撃魔法。

 リネアの得意技であり、異名の由来。

 バチバチと体に黄金の雷を纏わせ、リネアは一気に降下した。

 その瞬間、俺はリネアの剣に五重の強化をかける。


『強撃魔法――レベル1――ブースト』


 一つ一つは大した強化じゃないが、五重でかければそれなりの強化になる。

 ましてや体ではなく、剣への強化だ。

 リネアの必殺の一撃にその強化が加われば。

 激しい音と閃光と共にリネアの剣が傀儡騎士の鎧を大きく縦に切り裂いた。

 前面の鎧を大きく裂かれた傀儡騎士は、ヨロヨロと数歩歩いたあと、背後に向かって倒れた。


「ガロン! 平気!?」

「大丈夫! ミシェルに回復してもらった!」

「まだ無茶は駄目ですよ」


 傀儡騎士を倒したあと、真っ先にリネアはガロンの無事を確かめにいく。

 ガロンは健在をアピールするが、ミシェルが釘を刺した。


「おい! 奥に扉があるぞ! 早く行こうぜ!」


 ジャンが俺たちを急かしながら扉に走る。

 すでに迷宮攻略に入ってからかなりの時間が経っている。

 猶予は一日。

 もうあまり時間はない。

 だが、そんなとき。

 いきなり床の色が真っ赤に染まった。

 その色を見た瞬間、俺はすぐに指示を飛ばした。


「入口に戻れ! 先の扉は諦めるんだ!!」

「え? でも、もうそこだぞ!?」

「いいから急げ! 早く!!」

「ガロン、ミシェル、急いで!!」


 リネアがガロンとミシェルを急かす。

 俺は一番、先の扉の近くにいたジャンに目を向ける。

 ジャンはまだ迷っていた。

 ようやく傀儡騎士を倒し、見つけた先の扉だ。

 最短攻略を目指すなら、その扉に走るべきだ。

 けれど、俺は知っている。

 その扉に向かえば、破滅が待っていると。


「ジャン!!」

「ちっ……くそっ!」


 ジャンは俺の呼び声に答え、入口へと走ってくる。

 その間にも床の赤はどんどん濃くなっていく。

 俺はジャンより少し先に入口に到着したが、ジャンは間に合わなかった。

 第七層の床は血のようにどす黒い赤へと変化し、一瞬、その色で固まる。

 だが、次の瞬間、中央から床が崩壊し始めた。


「走れ! ジャン!!」


 俺は持っていた杖をジャンのほうへ伸ばす。

 ジャンは足元が崩れる瞬間、思いっきりジャンプして杖を掴んだ。


「離すなよ……!!」

「テオも無茶をするよね、結構……!」


 間一髪、杖を掴んだジャン。

 杖を差し出し、体の大部分を入口の外へ乗り出した俺。

 そんな俺をガロン、リネア、ミシェルが支えていた。


「引っ張るぞ!!」


 俺の声を聞き、俺をまずガロンたちが引っ張り上げる。

 そしてその後、全員で杖を引っ張り、ジャンを救出した。

 全員で荒い息を吐いていると、ジャンがポツリとつぶやいた。


「悪い……俺がみんなを危険にさらした……」


 それに対して、ガロンたちは何も言わない。

 言うべきは俺だからだ。


「昨日、話し合ったはずだ。撤退の判断は俺がすると。迷宮内での経験があるのは俺だから、と」

「ああ……」


 ジャンを含めた四人は迷宮に挑戦した経験はない。

 噂では知っているが、噂はあてにならない。

 明確な経験があるのは俺だけで、ゆえに共通認識を一つ作った。

 俺が退くといったら、退く。

 これがパーティーの共通認識だ。


「時間を考えれば、もう別ルートを探す時間はない。攻略は一旦断念だ。それでも……誰も死ななかった。それなら次がある」

「……正直……舐めてた。すまねぇ!!」

「いいさ。気持ちはわかるし……そういう罠だから」


 淵界迷宮は無数のモンスターと罠で構成されている。

 今のは傀儡騎士を倒した際に発動する崩壊トラップだ。

 相当、移動の速いパーティーか、事前にトラップを予期して、次の扉近くに待機しているパーティーでもなきゃ、間に合わない。

 傀儡騎士を倒して、気を抜いた瞬間に襲い掛かってくるうえに、次の扉をチラつかせるから、判断も鈍る。

 しかも崩壊したら、このルートは使えない。

 嫌なトラップだ。


「テオの判断に救われましたね……」

「そうだね。けど、初見殺しすぎない?」

「デビュタントの迷宮が二百年攻略されてない理由……ってことだろうさ。こういうトラップは地道に情報を取って、対策を立てるのが基本だけど、この迷宮は違う。内部構造が変わる以上、今回の情報は何の役にも立たない」


 常に初見殺し。

 しかもスピード攻略が求められる。

 最初に挑戦するにしては、あまりにも難易度の高い迷宮だ。

 しかし、高ランクパーティーが敬遠するからこそ、俺たちにチャンスが回ってきた。

 デビュタントじゃなきゃ、こんなに早く迷宮攻略に取り掛かれなかっただろうし、ほかの迷宮にはほかの迷宮のデメリットがある。

 それに。


「こういう迷宮は経験がモノを言う。その迷宮独自のトラップもあるが、基本はどの迷宮も似ているから。そして、迷宮内の経験じゃ俺は誰にも負けない。そういう判断は任せてほしい」

「……説得力が違いますね」

「まぁ伊達に毎日変化する特殊な迷宮に、二年も閉じ込められてないからな」


 俺の言葉にリネアが悲し気な表情を浮かべた。

 話し合いの際、俺は二年間、迷宮に閉じ込められていたと伝えた。

 それは事実だ。

 最初に挑戦した迷宮内で、俺は二年もの間、閉じ込められた。

 毎日、変化する迷宮内であらゆるトラップを見てきた。

 だからこそ、初見殺しのトラップでも俺は見抜ける。


「そんな顔しないでいい、リネア。その経験があるから、みんなの役に立てる」

「でも……」

「過去は過去。それに……無事に外へ出れてるし。気にしなくていい」

「どうやって外へ出れたんですか?」


 ミシェルの質問に俺はフッと笑う。

 ここからは少し嘘をつくからだ。


「どこからともなく現れた魔導師が攻略してくれたのさ。今じゃ、淵王と呼ばれている魔導師だ」


 俺の言葉に四人の顔色が変わる。

 四つの淵界迷宮を攻略した世界最強の大魔導師。

 それは龍皇討伐することを目的とするリネアたちにとって、目標だ。


「私たちも……負けてられないわね」

「そうだな。けど、今回はとりあえず撤退だ」


 俺の言葉に全員が頷く。

 強い意志はときに、無謀すぎる行いを引き起こす。

 それを越えた先にこそ、英雄の道があるのかもしれないが……誰でも越えられるわけではないし、そもそも越えられるかどうかは運にも左右される。

 だからこそ、止める者が必要だ。導く者が。

 そのために俺はここにいる。


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