第六話 暗中排除
深夜。
迷宮都市が寝静まった頃。
俺はアリスと共に迷宮都市の城壁の上にいた。
「トロウルの件はわかったか? アリス」
「はい。おそらく黒龍教の仕業かと」
「厄介なやつらだ」
この大陸には二つの宗教がある。
一つは人類全体に広まる〝聖龍教〟。
長い航海で疲れ切った俺たちの祖先。嵐の中で、光り輝く龍によってこの大陸に導かれた。その光り輝く龍、〝聖龍〟を崇める宗教だ。聖龍教団という団体が束ねており、その影響力は国すら超える。
だが、厄介なのはもう一つ。
俺の故郷を滅ぼした龍皇ヴェルシオンを崇める〝黒龍教〟だ。
圧倒的な力を持つ龍皇に魅入られた破滅主義者たちの集まり。
その主張は龍皇に滅ぼされることこそ、人類の喜びであり、救済であるというものだ。
あまりの危険思想により、人類の生存圏ではどんな犯罪者よりも警戒されている。
そんな黒龍教にとって、淵界迷宮なんてものを攻略しようとしている冒険者は、処分すべき異端者だ。
理由は明白。
淵界迷宮の最奥。
守護者と呼ばれる番人を倒すことで得られる固有魔法、〝対滅魔法〟。
広く人類に広まっている〝対撃魔法〟が相手を撃破する魔法なら、〝対滅魔法〟は相手を滅するための魔法。
文字どおり格が違う。
そして圧倒的な防御力を誇る龍皇にダメージを与えられるのは、対滅魔法だけだ。
だから龍皇の討伐を目指す俺は、幼馴染たちに対滅魔法を手に入れてほしいと思っているし、黒龍教は手に入れようとする冒険者を排除しようとしている。龍皇にダメージを通せる魔法を得ようとしている者は、すべて龍皇を殺そうとしている不届き者だからだ。
そして黒龍教はこの都市に狙いを定めている。
「トロウルを潜入させたのは、トロウルを撃破できる冒険者がどれくらいいるか計るためかと」
「結局、俺とリネアで討伐したわけだが……あれでリネアはマークされただろうな」
「おそらくは」
「……これから俺たちは都市の外でモンスターを狩り、ギルドの評価を上げる必要がある。いちいち、邪魔されるのも面倒だ。先に始末するか」
「すでに隠れ家の位置は割り出しています」
「なら、決まりだな」
そういうと俺は魔力を開放した。すると、俺の体に刻まれた呪印が消えていく。
俺の魔力が呪印の効力を打ち消したのだ。
呪印を刻むことを選んだのは、こうやっていつでも解除できるから。
そうでなければ、アリスが許しはしない。
俺はそのまま特徴的な影の鎧を身に纏い、淵王へと変身した。
■■■
デビュタントから少し離れた廃村。
そこが黒龍教の隠れ家だった。
見張りは三名。全員が黒いローブで顔を隠している。
そのうちの一名の影から、俺とアリスは現れた。
影の中から浮き出てきた俺たちに対して、見張りは目を見開き、声をあげようとする。
しかし、その頃には三名の見張りの首は胴体とお別れしていた。
「淵王様の手を煩わせることはしません。すべて私が」
「任せる」
アリスの手には大鎌が握られていた。
アリスの獲物だ。
それを軽々と回しながら、アリスは廃村へと入っていく。
独特の風切り音。
それを聞きつけた黒龍教の信者たちが廃村の家から出てくる。
しかし、それが運の尽きだった。
出てきた者たちの首が次々に飛んでいく。
アリスが大鎌を振り回しながら、高速で動き回っているからだ。
そんなアリスを見て、黒龍教の信者たちは慌てて魔導具を使ってモンスターたちを出現させた。
やはりトロウルを送り込んだのは黒龍教だったか。
出現したのは三体のモンスター。
すべてカテゴリー7以上。
龍皇を崇拝する黒龍教は、モンスターを利用するに躊躇いはない。
そういう手段を選ばないところが、黒龍教の厄介なところでもある。
ただ、相手が悪い。
アリスに数の利は通用しない。
『氷滅魔法――レベル3――アイス・ブリーズ』
モンスターたちが動き出したと同時に、アリスを中心に周囲が一瞬で凍り付いた。
廃村全体が凍り付き、モンスターも黒龍教の信者たちも氷像と化している。
氷の対滅魔法の使い手。
それがアリスだ。その気になれば超広範囲を一瞬で凍り付かせることができる絶対零度の魔導師。
淵界攻略者。
淵界迷宮を攻略した者に与えられる称号であり、冒険者であれば自動的にS級に分類される規格外。
こそこそとデビュタントの冒険者を探っているような黒龍教の信者では相手にもならない。
「これで終わりのようですね」
「みたいだな……いや、一人逃げたか」
「討ち漏らしが……申し訳ありません」
「気にするな」
俺は廃村の外れ。
森の中を走っている信者を補足した。
頑張って気配を消して、どうにか逃げようとしているが、俺の影滅魔法からは逃げられない。
『影滅魔法――レベル3――シャドウ・ブレード』
森の中を走る信者。
その影から黒い刃が伸びて、逃げる信者を串刺しにした。
アリスから逃げるのは当然難しいが、淵王から逃げるのはより難しい。
ほかに逃げた者がいないか、確認したあと、氷漬けになった廃村を歩きながら、俺は家の中の様子を探る。
隠れている者はいないし、目を引くような情報もない。
「いかがいたしますか?」
「とりあえずはここを潰せて良しとしよう。ただ、後続が来るだろうな。リネアを始末したいなら、この程度の戦力じゃ無理だ。こいつらは所詮、偵察隊だ」
「そうなると……〝黒龍騎士〟がやってくるでしょうか?」
「かもな」
かつてこの大陸には天龍族と呼ばれる覇権種族がいた。
淵界迷宮は彼らが遺したモノだと言われており、龍皇や人類を導いた聖龍もその種族だと言われている。
人知を超えた力を有するその天龍族は、人類から見れば神に等しい。
ゆえに人に力を与えることもできる。
黒龍教の本拠地は東の奥地にある。なぜ、人類がそんなところにいけるのか?
龍皇が保護しているからだ。
龍皇は人類を敵とみなしているが、自ら動くことは滅多にしない。
黒龍教を先兵として使っているのだ。
その中でも、龍皇から直接、力を授かった者を〝黒龍騎士〟と呼ぶ。
その力は淵界攻略者に匹敵する。
俺がわざわざ幼馴染の傍にいることを選んだ理由は、そういう奴らから守るためだ。
強くなればなるほど、黒龍教は本格的に排除に移るだろう。
そうやってひっそりと始末された冒険者は後を絶たない。
淵界迷宮をクリアし、対滅魔法を手に入れたとしても、使いこなすには時間がかかる。
そういう冒険者を黒龍騎士たちは狩っている。だから、一向に人類側は戦力が整わないのだ。
しかし、俺の幼馴染にはそんな末路をたどらせたりしない。
そう心の中で誓いながら、俺は氷漬けとなった廃村ごと、すべてを影の中に沈ませる。
あとには何も残らない。廃村も、死体も。
すべては影の中に消え去る。
そろそろ夜が明ける。
十月十日の朝が来る。
俺と幼馴染の約束の日。十年の歳月を乗り越えて、俺たちは集まった。
龍皇を討伐するという馬鹿げた誓いを胸に秘めて。
ようやく始まったのだ。
「誰にも邪魔させはしないさ」
俺の小さな宣言は夜風と共に消えていく。
願わくば。
世界中の愚か者どもに伝わってほしいものだ。