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第四話 G級冒険者

「悔しい。私が一番乗りだと思ったのにぃ。長距離馬車が遅れなきゃ、私が一番乗りだったと思うの! 信じて!」

「信じるよ。リネアはいつも準備を怠らないからな」


 憩いの泉亭。

 閉店の看板を掲げられ、貸し切りとなった店内でリネアは両手で少しずつ果実水を飲む。

 ちょっとジト目気味なのは、一番乗りを奪われて悔しいからだろう。


「俺は冒険者ギルドへの登録もあったからさ。ちょっと早めに来たんだ」

「今まで冒険者ギルドに加入してなかったってことは、東にいたの? それとも国に仕えてたの?」

「国に仕えるタイプに見えるか? 東にいた。危険ではあるけれど、自分を鍛えるにはちょうどよかったから」

「テオらしい。すごいと思うわ」

「東にいたって言っても、独力で何かしてたわけじゃない。淵界迷宮内でミスして、呪印を食らってるしな」


 そう言って俺は首元の呪印を見せる。

 リネアは少し驚いたように目を見開くが、すぐに笑顔を浮かべた。


「じゃあ、その淵界迷宮も攻略しにいかないとね」

「そう言ってくれると助かる」


 呪印を解くには、呪印を受けた淵界迷宮を攻略するしかない。

 別に自分で攻略する必要はない。

 攻略されれば、淵界迷宮は消える。消えれば、呪印も消える。それだけの話だ。


「まぁ、しばらく放置しておけば淵王が攻略してくれるかもしれないし、急務じゃないだろ。戦力としては厳しいけど」

「トロウル相手にあれだけやれれば十分よ。テオより良い人を探すほうが難しいわ」


 機嫌よさそうにリネアは笑顔で机の上にある食事に手を付ける。

 どれも俺の幼馴染と聞き、シェフが並々ならぬ熱意をもって作った一品だ。


「うーん! 美味しい! こんな宿屋に住めるなんて、テオが羨ましいわ」

「運がよかったんだ」

「ほかに部屋空いてないの?」

「残念ながら! 空いてません!」


 追加の料理を持ってきたアリスがそう言って、料理を机に置いた。

 リネアは少しびっくりしたように目を瞬かせたあと、ニッコリと笑った。


「残念。じゃあ別の宿屋を探しますね」

「そうしてください!」


 アリスはそう言って厨房へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送り、リネアは俺を見てクスリと笑った。


「気に入られてるのね?」

「楽しそうだな?」

「当たり前でしょ? テオが人に好かれてて嬉しいわ」

「相変わらず、幼馴染第一主義か」

「もちろん。私は幼馴染が大好きだし、幼馴染のことが好きな人のことも大好きよ」


 心底、そう思っているんだろう。

 実際、十年前からそうだった。

 リネアは幼馴染の中でリーダー格だった。

 率先してみんなを引っ張っていた。

 やんちゃすぎて、引きずられてた感も否めなかったけど。

 それでもリネアは幼馴染を大切に思ってたし、いつだって幼馴染のために行動していた。


「ねぇ、テオ」

「うん?」

「来てくれてありがとう。ちょっとだけ、来てくれないかもって思ってたの」

「それはこっちのセリフだ。十年は長いから……誰も来ないなんてこともありえた。だから、ありがとう。来てくれて」

「ふふふ……それじゃあ再会を祝って」

「再会を祝って」


 俺たちは軽く乾杯して、果汁水を飲む。

 酒はまだ飲まない。

 それは全員そろってからだ。




■■■




 翌日。

 十月九日。

 冒険者ギルド・デビュタント支部。

 各地の迷宮都市には冒険者ギルドの支部が置かれている。

 迷宮都市はギルド管轄の都市なため、支部の業務は多岐にわたる。

 そのため、支部は広く、多くの受付嬢が冒険者たちの対応に追われている。

 そんな支部に併設されたバーのカウンターで、俺はリネアと喋っていた。


「デビュタントの淵界迷宮はかなり特殊なの。知ってる?」

「いや、あんまり知らない。ずっと攻略されてないってことくらいしか」


 これは本当だ。

 迷宮以外のことはいろいろと調べたが、あえて迷宮のことは調べていない。

 詳しすぎると不自然だし、そういうことは幼馴染と一緒に知っていけばいいと思っていたからだ。


「二百年も攻略されない淵界迷宮。妙だと思わない? 世界中の強者が挑んでるのに」

「言われてみればたしかに」

「簡単に説明すると、このコップがデビュタントの淵界迷宮よ」


 リネアは喋りながら俺の目の前に空のコップを置いた。

 そこに青い果汁水を注ぐ。

 そして。


「飲むんかい……」


 俺にくれるかと思ったのに、自分で飲んだ。

 そして今度は赤い果汁水を入れた。


「これがデビュタントの淵界迷宮よ」

「……迷宮内が変わるのか?」

「そういうこと」


 よくできましたとばかりに、リネアが拍手をする。

 そのままリネアは続ける。


「扉が開くのは一週間から二週間に一回。迷宮内は開くたびに違っているから、前回の探索が役に立たないの。しかも開いている期間は一日だけ。その期間を過ぎると、迷宮内にいる全員が外に転移させられるわ」

「わざと残って探索することも許されないってことか」

「厄介よね。しかも、扉は一つしかない。開くたびに大混雑すると、攻略が捗らないから攻略に挑戦できるパーティーはギルドによって決められているわ」

「じゃあ、俺たちは挑戦できないのか?」

「いえ、ギルドに認められれば挑戦できるわよ。そのために色んな任務をこなして、ギルドからの評価をあげるところから始めなきゃなの」

「面倒なことで……」


 パーティーがそろった時点で、迷宮に挑戦というわけにはいかない。

 そこから地道な評価上げが始まるわけか。


「悪いことばかりじゃないわよ。その期間で連携を高めましょ」

「それもそうか。やれることの把握は大切だしな」

「そうでしょ? というわけで、今日はみんなを待ちつつ、お互いのことを知りましょうの会」


 リネアはそういうと、もう一つコップを置き、そこに果汁水をいれた。

 それを俺に渡し、ニッコリと笑った。

 だが、すぐにその笑顔が曇る。


「よぉ、呪印憑き。リネア様とお知り合いだと驚いたぞ」

「リネア様、この呪印憑きのお守りは一人じゃ大変でしょ? 俺たちパーティー組みませんか?」

「もちろん、そこの呪印憑きも受け入れますよ?」


 三人の男パーティー。

 ざっと見た限り、二人はB級くらいで、最初に声をかけてきたリーダー格らしき男はA級くらいか。

 リネアとパーティーを組むには実力不足だ。

 それは本人たちもわかっているんだろう。

 だから俺をダシにしている。

 それがリネアの機嫌を損ねているとも気づかずに。


「……ありがとう。でも、パーティーは決まっているの。ごめんなさい」


 笑っているけど目だけ笑ってない。

 少しだけ周囲の温度が下がった気がする。

 一応、大人な対応をしているけど、これ以上、機嫌を損ねるような発言が続くようなら実力で鎮圧することも視野に入れている。

 そんな笑顔だ。

 ただ、三人はそんなことに気づかない。


「そう言わないで。俺たちのほうが絶対役に立ちますよ?」

「こんな呪印憑きを引き取ってくれるパーティーなんて、大したことないですから。俺たちならそれなりに強いし」


 リネアが目を細める。

 まずい!?

 そう思ってリネアを静止しようとしたとき。

 三人のうちの一人が突然、机に衝突した。

 いや、まぁ、衝突したのではなく、させられたのだけど。


「……人の幼馴染を言いたい放題言いやがって。てめぇらじゃ俺の幼馴染には釣り合わねぇ、失せろ」


 赤い短髪の青年がそこにはいた。

 目つきが悪いせいか、たぶん多くの人に怖いという印象を抱かれるだろう。

 背は俺より多少高いが、高身長というわけではない。

 ガタイだってよくもない。

 けれど、鍛え抜かれて引き締まった体を持っていることがわかる。

 場数を踏んだ冒険者だ。


「なにしやがる!?」


 机に衝突した三人のうちの一人は気絶して、床に倒れている。

 残る二人が青年に詰め寄るが、青年はお構いなしに一人の腹部を殴り、もう一人の首を絞めた。


「何しやがるだ……? 人のパーティーに喧嘩売ったのはてめぇらだろうが。侮辱に引き抜き。殺されねぇだけありがたく思えよ」

「このっ……」


 腹部を殴られた男が立ち上がり、右手を掲げる。

 魔法を使う気なのだ。

 そうなれば本格的に戦闘だ。

 しかし、そんな彼は突然、宙に浮いたことで集中力が乱れて魔法が発動できなかった。


「えっ……?」

「いやぁ、すみません。僕のパーティーメンバーがひどいことしたみたいで。言って聞かせておくので、勘弁してもらえませんか?」


 二メートル近い巨躯を持った茶色の髪の青年。

 まるで熊のように肩幅も広い。

 そのくせ、顔は優し気だ。

 それが魔法を使おうとした男を片手で持ち上げていた。

 あまりの威圧感に男は黙り込んでしまう。


「……」

「聞こえませんでした? 勘弁してもらえませんか?」

「えっと……」


 ニッコリと笑う熊のような青年に対して、持ち上げられた男は目を合わせることもできない。

 だが、今度は最初に机に衝突させられて、気絶していた男が起きてしまう。


「ふ、ふざけるな! 許さないぞ! こんな横暴!」


 鼻血を流しながら男は被害者のような態度をとる。

 まぁ、ナンパの代償にしては高いか。

 どうやって丸く収めるべきか。

 悩んでいると。


『治撃魔法――レベル3――ヒール』


 男に回復魔法がかけられて、みるみる顔の傷が治っていく。

 その後ろには肩口で切りそろえた水色の髪の少女がいた。

 青と白を基調としたゆったりとした服を着ており、手には杖を持っている。

 しかし、癒しの魔法を扱うにしては目が冷たい。


「傷は治したわ。消えなさい、目障りよ」

「は、はぁぁぁ!!??」


 今まで一番ストレートな暴言。

 それで相手が引き下がると思っているなら、認識を改めたほうがいいだろう。

 ただ、俺は彼女の性格を知っている。

 おそらく一戦交えても構わないという意味での暴言だ。

 やるならやるぞ?

 そういう意思表示なのだろう。

 ただ、これ以上の騒ぎはごめんだ。


「はい、終了。再会の日に揉め事はごめんだ」


 俺がそういうと、三人はそれぞれ対面していた相手を無視して、俺たちの横に座る。


「あいつらが悪いだろ? どう考えても」

「暴力はダメだよ、暴力は」

「こういう輩は痛い目を見た方がいいんですよ」


 三者三様の答え。

 俺は苦笑しつつ、隣のリネアに声をかける。


「いい加減、右手を剣から放してくれないか? リネア」

「万が一のための防衛よ。抜かないわよ? 本当よ?」


 嘘だ。本気で抜くか迷っている様子だった。

 騒ぎがごめんといって止めたのは、このままじゃリネアが剣を抜くから、という意味だ。

 さすがに刃物沙汰はまずい。

 だが。


「舐めやがって……!」

「見ない顔だな!? よその冒険者か!?」


 男たちの声をリネアたちは無視する。

 そこに受付嬢がやってきた。

 そして事務的に問いかけてくる。


「リネア様。お仲間はすべてご到着でしょうか?」

「ええ、今そろったわ」

「では、皆さんお名前とランク、役職を聞かせていただけますでしょうか?」

「それじゃあ私から。リネア、AAA級。剣士よ」


 改めての名乗りに支部がざわつく。

 噂どおり、本物のリネアだからだ。

 これで間違いなく淵界迷宮をめぐる争いは過熱する。

 リネアがいるだけで、そのパーティーは有力候補だからだ。

 しかし、驚きは続く。


「俺はジャン、AA級。弓使いだ」

「僕はガロン、同じくAA級。重騎士です」

「ミシェル、AA級。治癒魔導師」


 AAA級のリネアに加えて、三人のAA級。

 ハイレベルなパーティーだ。

 冒険者ギルド内からは、まじかよ、という驚きの声が上がっていた。

 戯れの攻略じゃない。

 本気のメンバーを集めたことがわかったからだろう。

 ただし、相応しくないやつが一人いる。


「テオドール、G級。付与魔導師です」


 新進気鋭の黄金パーティー。

 最強の冒険者パーティーすら狙えるそのパーティーの汚点。

 強力な幼馴染たちの金魚の糞。

 身内採用。

 あらゆる言葉が俺に飛んでくる。

 でも、仕方ない。

 なにせ俺はG級の呪印憑き。

 正真正銘、お荷物なのだから。


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