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第二話 迷宮都市デビュタント


 〝淵界迷宮ダンジョン〟。

 それは大陸西側に出現する異次元の迷宮だ。

 扉だけが存在し、一定周期で扉が開く。

 中に入ると淵界と呼ばれる世界に飛ばされ、そこにある迷宮をクリアすると、自分だけの魔法、〝固有魔法〟を手にいれられる。

 中にはわかりやすい宝もあり、多くの冒険者たちはその淵界迷宮を攻略するのが目的となっている。

 元々、モンスターを排除するのが生業だった冒険者ギルドだが、この淵界迷宮が現れ始めてからは、この淵界迷宮を管理するのが主な役目となっている。

 ただ、冒険者ギルドの管轄が及ばない淵界迷宮も存在しており、そういう迷宮を四つクリアしたがゆえに、俺は〝淵王〟と呼ばれている。


「ここが〝迷宮都市〟か」


 いつもの古びた白いローブを頭まで被り、俺はなかなかに賑わう都市へと入っていく。

 手には補助用の白い杖。誰がどう見ても旅の魔導師だ。

 そしてこの手の都市に旅の魔導師が来るのは珍しくない。

 淵界迷宮はクリアされると、消えてしまう。

 しかし、その難易度は恐ろしく高く、冒険者ギルドが管轄する淵界迷宮はほとんどクリアされていない。

 クリアされなければ、幾度も冒険者たちは挑戦する。

 そんな冒険者たちの都市は〝迷宮都市〟だ。

 淵界迷宮に挑戦しようとする冒険者で溢れ、彼らを相手に商売しようと多くの商人が足を運ぶ。

 そうやって〝迷宮都市〟は大きくなった。

 ここはそんな迷宮都市の中でも最大の都市〝デビュタント〟。

 最初にできた迷宮都市であり、始まりの都市。

 最古の記録によれば、淵界迷宮が確認されるようになったのは二百年前。

 つまり、この都市にある淵界迷宮は二百年もの間、誰にも攻略されていないということだ。

 そして、ここが俺たちの集合場所でもある。


「たとえ攻略されていても、攻略されていなくとも……十年後の十月十日にデビュタントの冒険者ギルドに集合か」


 十年前の約束。

 子供が掲げた戯けた夢。

 日々に摩耗して、忘れてしまっても責められない。

 十年。すべてが変わるには十分な時間だ。

 それでもその約束が俺を最強に押し上げた。

 死の淵に瀕しても、その約束のおかげで踏ん張れた。

 願わくば。

 幼馴染たちにとっても大事な約束であってほしい。

 そんなことを思いながら、俺はあらかじめ決めていた宿屋へと向かう。

 今日は十月五日。

 集合まで時間がある。

 やることはいくらでもある。

 デビュタントの淵界迷宮が攻略されていないなら、俺たちはデビュタントの攻略に向かうことになるだろう。


「情報収集もしなくちゃだし、冒険者ギルドに登録もしなくちゃか」


 口に出してやることを整理しつつ、宿屋の扉をくぐる。

 事前に話は通しておいた。大金を積んで。

 身分も実力を隠すのだから。

 それなりの拠点が必要だ。

 目立たず、静かな拠点が。


「いらっしゃいませ!! お客様はお一人でしょうか?」

「……」


 宿屋に入ると、なぜかメイド服を着たアリスがいた。

 満面の笑みだ。

 しかもボロい宿屋だと聞いていたのに、内装はかなりリニューアルされている。

 洒落た店だ。とても人が来そう。


「当店自慢のパスタはいかかですか? 一流のシェフがご用意します! 飲み物も一流のバーテンダーがご用意します! いかがでしょう!」


 ノリノリなアリスは店内奥のバーを差す。

 そこには長身の老人がいた。白髪を後ろでまとめ、ピシッとスーツを着こなし、黙々とグラスを吹く姿はまさしく執事という感じだ。

 実際、その老人の役割は執事に近い。

 ただし、執事にしては強すぎるが。


「ウォルター……お前まで……」

「心配でしたので」

「だからって……まさか二人以外にも……?」

「シェフはジョエルに任せました! 意外にも料理上手なんですよ!」

「四駿が三人も……」

「今は仕込み中ですので、厨房は立ち入り禁止です。あとで挨拶に行かせますので、部屋でお休みになってはいかがです?」


 ウォルターは何事もなく静かに告げる。

 ただ、何事もなくというわけにはいかない。


「アリス……影ながら手助けすることは許可したけど……こんなことは許可してない」

「え? 宿屋の看板娘はダメですか?」

「そういうことじゃなくて……どうして宿屋を改装したんだ? 人が来るだろ?」

「拠点も確保できますし、お金も稼げます。それに人が大勢いるほうが目立たないものです!」

「そうだとしても、もう少し忍べ」


 俺はアリスの両頬を引っ張る。

 ほかの二人が主導するわけがないから、これはアリスの仕業だ。

 まったく、最初から予定が狂ってしまった。


「ずみまぜん……」

「はぁ……こんな宿屋に迷宮攻略者が四人もいるなんて……どうかしてる」


 淵王四駿。

 淵王騎士団最高幹部にして、淵王の側近である四人の猛者たちのことであり、全員がそれぞれ迷宮をクリアしたことがある迷宮攻略者だ。

 間違いなく人類のトップ。

 冒険者ギルドに所属していれば、最高位のSランク冒険者だし、国家に所属していれば王に匹敵する存在だ。

 俺を含めて、この宿屋にそれが四人もいる。

 迷宮攻略にきた冒険者たちもびっくりだろう。


「やれやれ……」

「テオ様! お食事はどうです!? メニュー表も作りました!」

「絶対、楽しんでるだろ……」


 目をキラキラさせてアリスはメニュー表を渡してくる。

 きっとこういうことに憧れていたんだろう。

 見るからに楽しそうだ。


「ウォルター、どうして止めてくれなかった……?」

「木を隠すには森の中。一階は食事処、二階は宿屋として新装オープンすれば、怪しまれることもありませんし、情報を集めるのも楽です。我々も一緒に行動できますし、効率的だと判断いたしました」

「……」


 淡々と告げられて、反論する気力が失せる。

 こうして俺の拠点は賑やかな宿屋に決まったのだった。




■■■




 デビュタントに来てから三日が経った。

 今日は十月八日。

 この三日間の間に俺は冒険者ギルドに登録し、正式な冒険者となった。

 駆け出しのG級冒険者だけど。

 冒険者ギルドの設定するランクはG級からS級まで。

 G級なら危険度カテゴリー1のモンスターを討伐できるとされ、S級なら危険度カテゴリー10のモンスターを討伐できるとされる。

 あくまで目安だが、それでも高ランクの冒険者は強い。もっとも、西側での話だが。

 とりあえず、冒険者ギルド管轄の淵界迷宮に挑戦する最低ラインには立ったわけだ。

 あとは幼馴染たちと合流するだけなのだが、まだ幼馴染たちは現れない。

 約束の日にちまでまだあるからだ。

 そうなると情報収集が主なやるべきことになるのだが……。


「いらっしゃいませ! 二名様ですね! あちらの席へどうぞ~」


 二階から降りると、一階は大盛況だった。

 店の名前は〝憩いの泉亭〟。

 バーと食事処が合わさった店で、カウンターにはバーテンダーのウォルター、ウェイトレスはアリス、厨房にはジョエル。

 人気の理由は聞き上手なウォルターに、やたら美味しいジョエルの料理。

 そして滅多にお目にかかれないほどの美人な看板娘のアリス。

 人気が出ないわけがない。

 おかげで初日から常に満席状態。

 一気に人気店まで上り詰めてしまった。

 しかも来る客の大半が冒険者。

 どうにかアリスの気を引こうと、冒険者たちの口は軽くなる。

 聞き上手なウォルターに悩みを相談する客も、当然、口が軽くなる。

 俺が何かする必要もなく、このデビュタントの情報は集まってくるのだ。

 なので、やることがない。


「あ、テオさん。おはようございます!」


 アリスが二階から降りてきた俺に笑顔を向ける。

 店内にいた冒険者たちが一斉に俺のことを睨んできた。

 憩いの泉亭は二階が宿屋になっている。

 ただ、部屋数の関係で一人限定だった。

 その幸運な一人に滑り込んだ新米。

 それが俺だ。

 おかげでアリス目当ての客たちから恐ろしいほど敵視されている。

 嫌な目立ち方だ。


「朝食を用意しますね」

「ああ、ありがとう……」


 頬を引きつらせながら俺は答える。

 憩いの泉亭は格安な上に三食付き。しかも美人看板娘がお世話してくれる。

 男にとっては憧れの宿屋だ。

 敵視する気持ちもわかるんだが……。


「ったく、いいご身分だな……〝呪印憑き〟のG級のくせに」


 よく店に来ている冒険者の一人がつぶやく。

 それに対して、多くの冒険者たちが頷く。

 ほぼすべての冒険者がそう思っているということだ。

 〝呪印〟。

 それは淵界迷宮内で受ける呪いの一種だ。

 効果は〝魔力放出の制限〟。

 魔法は魔力を放出しないと発動できないため、この呪印を受けると高ランクの魔法を使えなくなる。

 厄介なのは解呪の方法がないという点だ。

 わかっている解呪法は一つ。呪印トラップを受けた淵界迷宮がクリアされること。

 それ以外に解呪された例はない。

 あらゆる呪いの中でも最高峰の呪いというわけだ。

 呪印を受けた者はそれ以上の成長が見込めない。

 低ランクの魔法しか使えなくなるからだ。

 そういう意味でも呪印を受けた者は嘲りの対象ではあるが、〝呪印憑き〟と嘲られる最大の要因は別にある。

 それは、呪印トラップはその凶悪さに反して、めちゃくちゃわかりやすいという点だ。

 冷静な者なら絶対に引っかからない。簡単なトラップなのだ。

 簡単なトラップに引っかかり、これからの成長も見込めない愚か者。

 それが〝呪印憑き〟だ。

 俺は軽く首を触る。

 そこには黒い呪印が刻まれている。隠しようがない愚か者の象徴。

 それを俺は〝五つ〟、体に刻んでいる。

 俺の魔力を制限するにはそれだけの呪印が必要だった。おかげで誰も俺が淵王だとは気づかない。

 もちろん、五つも呪印を受けているなんて誰も思わない。普通、そんなに呪印を体に受けたら魔法なんて使えないからだ。

 世界最強の魔導師である俺が、幼馴染たちと不自然なくパーティーを組むための裏技。

 それがこの呪印なのだ。

 まぁ、俺がほかの〝呪印憑き〟と違うのは、その気になれば力業で呪印を無効化できる点だろう。

 そうでなければ、アリスが許可するわけがない。


「おまたせしました! 獅子鳥のリゾットです!」


 厨房から戻ってきたアリスはルンルン気分で俺に料理を提供する。

 メニューにない料理を、だ。


「あ、ありがとう……」


 出来立てで湯気の出ているめちゃくちゃ美味そうなリゾットが、机の上に置かれた。

 冒険者たちはそれを羨ましそうに見ている。

 正直、食べづらい。


「どうぞ、召し上がってください。テオさんのために、私が作りました!」

「あ、そ、そうなんだ……」


 アリスは万能だ。

 料理だってできる。

 ニコニコと笑いながらアリスは俺の傍に立っている。

 それのせいで、冒険者たちの視線がより険しいものに変わった。

 食べづらい……。

 飯くらい普通に食わせてくれよ、まったく。


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