第二十五話 星と重力
魔法を無効化できる加護。
それはきっと多くの相手には致命的な加護だ。
黒龍騎士バルリングは強い。さらに魔法まで効かないとなると、打つ手がない。
単体ではほぼ無敵だろう。
たとえ迷宮攻略者といえど、頼みの固有魔法を無効化されては黒龍騎士と戦うのは難しい。
魔法が主要攻撃方法な魔導師に勝ち目はない。リネアのような剣士ならワンチャンあるが、魔法を使わない純粋な剣技で黒龍騎士を破るのは至難の業だ。
けれど。
『星滅魔法――レベル10――グラン・シャリオ』
空に七つの光星が浮かび上がった。
それらはゆっくりと黒龍騎士へ向かって降下していく。
ただ、そのままだと都市に甚大な被害をもたらしてしまうため。
俺は自分と黒龍騎士を影で覆う。
これで被害はこの範囲内だけで済む。
「い、いくら複数の固有魔法を持っていたとしても……同時には使えまい!」
「なぜ使えないと断定する? 自分より強い奴に挑むなら、なんでもしてくると思ったほうがいいぞ?」
そう忠告し、俺は左手を振るう。
『重滅魔法――レベル10――グラビティ・ホール』
空間がゆがみ、真っ黒な穴が生まれた。
それは内なる暗黒に周囲の物を引きずりこみ始める。
中は重力の井戸だ。
入れば出ては来れない。
「さぁ、どっちを防ぐ? 選ぶ権利くらいはやろう」
「レベル10の固有魔法を同時に……」
「お前は俺の言葉を勘違いしている。挑むことに価値があるのは、挑む相手のことをしっかり理解しているときだ。相手の巨大さを理解せず、挑むならただの馬鹿だ。巨大さを理解して、〝それでも〟と思うからこそ価値がある。お前のように勝てるかもと思いながら相手をよく見ない奴の行動は……〝挑む〟とは言わん」
「くそっ……くそっ!!」
黒龍騎士はどうにでもなれとばかりに、俺へ切りかかってくる。
空からは星が降ってきており、地上では徐々に重力の穴が近づいてきてる。
唯一の可能性は俺を倒すこと。
だから俺に切りかかるのは間違ってない。
けれど。
「魔法の効かない相手は迷宮でも相手をしている」
俺は影で剣を作って、黒龍騎士の剣を弾く。
ただの魔導師。
そんな風に侮っていたからだろう。
黒龍騎士は驚いたように目を見開いた。
「なっ……!?」
「また一つ……見誤ったな」
そのまま連続攻撃を加えて、黒龍騎士を下がらせる。
そして、それが致命的だった。
「自分より強い奴に退いていたら勝ち目はないぞ?」
「おのれ……! 淵王!!!!」
黒龍騎士は叫びを上げながら七つの光星に撃たれ、そのまま残骸は重力の穴へと飲まれていった。
影で覆っていたとはいえ、レベル10の固有魔法を二つ発動したせいで、影の中は大きなクレーターになってしまった。
まぁ、ダークネス・ドラゴンが暴れたせいで、都市内はむちゃくちゃだ。
クレーターの一つや二つ、大した問題じゃないか。
「淵王様」
「都市内のモンスターはすべて始末いたしました」
「ご苦労」
アリスとウォルターも戻ってきた。
これでやるべきことは終わった。
俺は右手を振るって、冒険者たちを覆っていた影を取り除く。
同時に、離れた場所に避難させていた市民の影も解く。
「モンスターはすべて片付けた。後始末は任せたぞ? 冒険者たち」
「……感謝するわ、淵王」
「感謝は必要ない。聖龍教団の依頼で来ただけだ。聖龍姫の保護も頼まれた気がするが……そこも任せた。いざとなれば対応できるようにはしておく。では、またな。冒険者諸君」
そう言って俺はアリスとウォルターを連れて影の中へと帰っていく。
帰る場所はもちろん憩いの泉亭だ。
「あっ……」
律儀に椅子に座っていたティーエが俺たちの姿を認めて立ち上がる。
それに合わせて、俺も影の鎧を脱いだ。
ティーエのことを知らないアリスが怪訝そうな顔を浮かべるが。
「彼女が聖龍姫だ」
「なるほど……しかし、正体を明かすほど信頼されているのですか?」
「やむを得ない事情があったんだ。すべて終わった、安心していいぞ。ティーエ」
「皆さんは……?」
「無事だ」
「よかった、本当によかったですわ……」
自分のせいだと思っていたんだろう。
張り詰めた気持ちが切れたせいか、ティーエは安心した様子で椅子に腰かける。
「介入するため、エドワールに無理を言った。フォローしておいてくれ」
「無理、ですか?」
「まぁ、大事にはならないだろうさ。君が無事なら教団としても文句はないだろう」
そういうと俺は杖を取り出し、外へ出る準備を始める。
「すぐに行かれるのですか?」
「合流しないと怪しまれるからな。君はまだここにいろ。そのうち増援として送られてきた聖龍騎士が迎えに来るはずだ」
この後のことを説明し、俺はアリスとウォルターを見る。
「それじゃあ後は任した」
「お任せください」
「お帰りをお待ちしております」
二人から頭を下げられながら、俺は憩いの泉亭を出たのだった。