第二十一話 急転
ずっと逃げてばかりな気がする。
荒い息を吐きながら、俺は肩を落とす。
自分で選んだこととはいえ。
「面倒なことだな」
「どうした? もう逃げるのはおしまいか?」
俺のことを追ってきた刺客は一人。
この分だとジャンやガロンも追われているだろうな。
まぁ、最初から追われることは計算済み。
俺たちは合流には動いていない。
こいつらの気を引くのが目的だ。
「十分役割は果たせたんでな」
「仲間のために囮か……馬鹿な奴だ」
追ってきた男はそう言って剣を抜く。
それに対して俺は杖を捨てた。
「最期に聞いてもいいか? お前たちは黒龍教なのか?」
「聞いてどうする?」
「黒龍教にやられるならしょうがないか、と思ってな」
「ふん……そうだ。我々は黒龍教。龍皇様のため聖龍姫の命を」
「そうか、ならいい」
そう言って俺は壁に手をつく。
すると、俺の影が壁を伝って男のほうまで伸びていき、刃となって壁から飛び出る。
その刃によって男の首は宙に舞った。
黒龍教の教徒っぽくなかったから新たに協力組織でも出来上がったのかと思ったが、あの言い方だと教徒で間違いない。
黒龍教に所属している暗殺者とか、その辺だろう。
黒龍教でありながら、それを隠して別の組織に潜伏している奴は少しだけいる。
大抵の奴は溢れ出る龍皇への愛を抑えられないから潜伏なんて無理だが、龍皇のためならということでできる奴はいる。
その分類だろう。
ただ、そういう奴らは黒龍教にとっては貴重だ。
それを動員しているということは。
「黒龍教も本気ってことか」
俺がつぶやいたとき、後ろにアリスが現れた。
「淵王様、遅れて申し訳ありません」
「別にいい。何があった?」
「聖龍騎士二名と黒龍騎士六名が激突。黒龍騎士は全員死亡、二名の聖龍騎士は深手を負っていたので、手当をして都市内に運んでおきました」
「二対六で全員始末か。さすがは聖龍騎士だな」
「最後の一人と雑兵は私が始末しました。ただ、おそらく更なる増援があるかと」
「どうしても聖龍姫を殺したいらしいな。まぁ、千載一遇のチャンスだし、しょうがないか」
黒龍騎士が六名も動員されるとは予想外だったな。
アリスは雑兵といったが、それらの中にはおそらくバジルと同じような疑似黒龍騎士も混ざっているだろう。
「聖龍騎士の増援が期待できないとなると……いろいろと考え直さないといけないな」
聖龍騎士は無事だった。それは喜ばしい。
しかし、今は戦力にならない。
そこをあてにしていた以上、見直しが必要だ。
「敵の増援はどこまで来ている?」
「詳しい場所まではわかりません。ただ、奴らの口ぶりではすぐ近くにいるかと。勝ち誇っていましたから」
「だいたい想像できるな」
ズタボロの聖龍騎士。
最後に残った黒龍騎士の勝ち誇っている姿が目に浮かぶ。
さらに増援も来るからお前たちには勝ち目はない。
そう言ってる最中か、言い終わったあとくらいか。
アリスによって始末されたんだと思うと、可哀そうな奴だ。
「増援ということは、最低でも一人は黒龍騎士がいると思われます」
「そうだな。聖龍姫はいまだ健在。しかし、護衛も不在。こんな好機を狙わない手はない。きっと冒険者たちだけじゃ止められないだろう」
聖龍姫がこの都市に逃げ込んだことはわかっている。
ならばこの都市を攻め落とす気で敵は来るだろう。
冒険者たちも立ち向かうだろうが、果たして黒龍騎士相手にどこまでやれるか。
奴らには面倒な〝加護〟がある。
「近場にS級冒険者はいるか?」
「いえ、そういう情報は入っておりません」
「聖龍騎士も向かっているだろうが、果たして間に合うかどうか」
「私なら間に合わせないように動きます」
アリスの言葉に俺は頷く。
黒龍教としても聖龍騎士が増援に駆け付けるのは百も承知のはず。
そのうえで聖龍姫を仕留めなきゃいけない。
来る前に仕留めるというのが正解であり、唯一の道だ。
そうなると間に合うと想定して動くのは馬鹿らしい。
「これは俺たちが動くべきか」
「なぜ淵王様が? という話になりますから、我々だけで動くというのはいかがでしょう?」
「万全を期して俺も動いたほうがいい。そうだな……聖龍教からの増援要請ということにしよう」
「そんな要請は出ていないと思いますが……」
「出させる。聖龍騎士には一人知り合いがいるんで、そいつと連絡を取って、そいつに出させる」
駄目な場合は、ティーエから何か発信されたということにすればいい。
淵王と実はつながりがあったとバレても、聖龍姫ならば問題にはならないだろう。
ただ、それよりは聖龍騎士から依頼があったとするほうがいい。
「さて、急いだほうがよさそうだな」
俺は空を見上げる。
どうやら黒龍教はちまちまと聖龍姫を追うことを諦めたらしい。
諦めたというか、痺れを切らしたというべきか。
「ガァァァァァァ!!!!」
空には二十メートルほどの真っ黒なドラゴンがいた。
カテゴリー11に属する飛竜系モンスター。
龍皇の眷属と呼ばれる〝ダークネス・ドラゴン〟だ。
西側に生息しているモンスターじゃない。
さらにその上、黒いマントを羽織った騎士が都市を見下ろしていた。
黒龍騎士。
龍皇より直接、加護を与えられた人間。
その厄介さはダークネス・ドラゴンを上回る。
そんな奴らの出現と同時に都市全体に警報が鳴った。
都市内部にモンスターが出現したからだ。
「すべて破壊すれば問題ないって考えか」
呟きながら俺は素早く魔法を発動させた。
もちろん通信用の魔法だ。
淵王は世界最強の魔導師。
意味もなくここにいたとなれば、怪しまれてしまうし、留守にしているリーブルにも危険が迫る。
だからこそ、俺はつぶやく。
「早くしろ!」