第二十話 逃亡
夜。
激動の一日を終えて、ギルドハウスは静まり返っていた。
しかし、俺たちはティーエが泊まる部屋で神経を研ぎ澄ましていた。
部屋は寝室とそれ以外で区切られており、寝室にはティーエがおり、傍にはリネアがいる。
見張りは二人。
今は俺とガロン。
ジャンとミシェルは仮眠中だ。
だが。
「外には大勢の冒険者がいるのに、侵入なんてできるかな?」
「普通は無理だ。けど、裏切り者がいるなら可能だろうさ」
俺の言葉にガロンは表情を曇らせる。
理解はできているが、納得できないという感じか。
「冒険者ギルドに勤めている人が裏切るかな?」
「さぁ? 俺にはわからない。最悪を想定して動くだけだ」
ガロンの気持ちはわかる。
多くの迷宮を管理する冒険者ギルドは、人類のために動いている。
より多くの迷宮攻略者を輩出する。
それが人類のためだからだ。
もちろん、その中で利権もあるだろうが、利権だけではできない仕事だ。
冒険者をまとめあげるのは一苦労。
仕事は膨大だ。
特に迷宮都市は冒険者ギルドが管理している。つまり、都市の運営もそこにある支部が行っている。
そんな激務をこなすのは、自分が冒険者たちのように強くないから。
せめてサポートくらいは。
そんな思いの職員は大勢いる。
だからガロンは、裏切り者がいるかもしれないということは理解できても、納得できないのだろう。
ただ、納得は個人の感情だ。
どれだけ納得できなくても、世界は動いていく。
納得にこだわれば何もできない。
理不尽はどこからでも降ってくる。
故郷がそうだった。
あの惨劇に納得なんてしていない。けれど、起きたことは事実。
納得できないと蹲っていたら、俺たちはいつまでもあそこから動けなかった。
納得はできないが、理解して、脅威を討つことを決めた。
だから、俺は納得にこだわることはしない。
「――来たぞ」
静かに俺は告げる。
足音だ。おそらく地下。
俺の言葉を聞き、ガロンも床に耳を当てて足音を拾う。
「四……いや、五人だね」
「地下通路なんて聞いてないけどな」
「どこに繋がってるんだろう?」
「この部屋じゃないことを祈ろう」
言いながら俺は寝ているジャンたちを起こす。
そして、状況を説明すると、隣室の扉をノックする。
「リネア、起きてるか?」
「起きてる。すぐ出れるようにするわ」
「急いだほうがいい」
ティーエのことはリネアに任せ、俺はガロンと共に扉に張り付いた。
足跡が明らかに近いからだ。
「早いね」
「モタモタしてると外の冒険者に気づかれるからな」
「テオはいつでも冷静だね」
「冷静じゃないと役に立てないんでな」
言いながら、俺は腰を落とす。
同時にガロンも盾を構えなおした。
小さな息遣いが聞こえる。
扉の向こうに敵がたどり着いたのだ。
向こうも護衛がいることは承知だろう。
扉一枚隔てて、俺たちは対峙した。
静寂が流れる中、寝室の扉が開かれ、リネアとティーエが出てきた。
その音が合図だった。
「後ろに隠れて!!」
ガロンは全員を後ろに隠すと、一気に魔法を発動させた。
『地撃魔法――レベル5――ロックウォール』
岩の壁がせり上がってくる。
その壁に俺は強化を施す。
『強撃魔法――レベル2――ストレングス』
五重の強化。
それによって岩の壁はしっかりと強化された。
しかし、扉の向こうからは強力な魔法が飛んでくる。
扉はもちろん、壁も突き破って炎、水、光、岩の魔法が襲い掛かってくる。
岩の壁によってそれらを防ぐが、代償に岩の壁も削り切られた。
そして魔法は四つ。足音は五つ。
残り一人は?
疑問とほぼ同時にティーエの下に一人の男が詰め寄っていた。
混乱に乗じて、初めからこいつが仕留める手はずだったんだろう。
だが、その男の攻撃をリネアが受け止める。
「残念だったわね?」
「邪魔をするな、冒険者」
「それも残念ね。黒龍教の邪魔が冒険者の仕事なの」
そう言ってリネアは突っ込んできた男と斬りあい始めた。
それを見て、俺は指示を出す。
「窓から外へ!」
ミシェルがティーエを窓から外に出す間、俺とガロン、そしてジャンは魔法を放った四人と対峙する。
主力は間違いなく、リネアと切り結んでいる男。
けれど、残る四人も弱くはない。
しかもこっちは三人。
数で負けている。
それでも俺たちは四人の突破を許さない。
ガロンが盾役として前線を張り、ジャンがその隙に攻撃する。
俺はガロンが崩れないように支援をし続ける。
その連携で四人を足止めし、ティーエが外に出る時間を稼いだ。
そして。
「あとで合流よ!」
「了解!」
「わかったぜ!」
「みんな気を付けて!」
リネアの言葉を聞き、俺たちは背中を見せて窓に走った。
もちろん敵は追ってくるが。
『雷撃魔法――レベル10――煌雷一閃』
室内で使うには強力すぎる魔法。
突然の大技に刺客たちは防御態勢を取る。
その隙に俺たちは窓から脱出し、リネアはその一撃で部屋をまとめて破壊した。
後ろでリネアも離脱したのを確認し、俺は走り出す。
ジャンとガロンとはルートは別。
先にいったティーエたちの行方を悟らせないためだ。
後ろからは刺客たちが追ってくる。
ここからは逃避行だ。