第一話 世界最強の大魔導師
西側の人類は東に近づけない。
そんな中で、最も東に近い都市がある。
名はリーブル。
自由都市リーブル。
どの国にも属さない独立都市であり、大陸有数の商業都市でもある。
東側に近いことから、西側では貴重な物がたくさんある。それ目当ての商人たちがこぞって訪れるのだ。
では、どうしてほかの国はこの周辺に都市を建設しないのか?
理由は明白。
危険だからだ。
「ブラック・ワイバーンだ! ブラック・ワイバーンが出たぞ!」
大きな壁に覆われた都市の空。
そこに三頭の黒いワイバーンがいた。
東側のモンスターではないが、〝危険度〟カテゴリー9の亜竜種モンスター。西側では滅多にお目にかかれないモンスターだ。
東に近づけば、モンスターの危険度も上がる。頻繁にモンスターが出現するからこそ、各国はこの辺りに都市を建てないのだ。守り切れないから。
しかし、リーブルは違う。
『重滅魔法――レベル7――グラビティ・スフィア』
空を飛んでいたワイバーンたちは、俺が作り出した黒い球によって地面に引きずり落された。
そのまま、ワイバーンは重力を発生させる黒い球によって、地面にめり込まされて、やがて絶命した。
それを確認してから、俺は空を飛んで城壁へと着地する。
「淵王様だ! 淵王様のお帰りだ!!」
「淵王様!!」
「淵王様万歳! リーブル万歳!」
多くの民が俺の姿を見て、歓喜する。
リーブルがこの場所で安全を確保していられる理由。
それはどんなモンスターが来ても迎撃できる俺がいるからだ。
強力なモンスターの素材は貴重だ。迎撃すればするほど、リーブルには金が落ちる。
こうやってリーブルは急速に発展してきたのだ。
ただ、それを俺が望んだわけではない。
俺はまだ十八歳。民が望むような英雄でもない。
しかし、淵王は圧倒的な存在じゃなきゃいけない。そうでなければ民は安心できないからだ。
だから民が望むような世界最強の大魔導師を演じるために、影で作った先鋭的かつ威圧的な鎧を身に纏っている。
黒を基調とした鎧で、マントも羽織っている。
怪しいことこの上ないが、不可思議な鎧を身に纏った謎の魔導師というのが民の中ではウケがいい。
「やれやれだな……」
「お帰りなさいませ、淵王様」
民に手を振っていると、俺の傍に音もなく女性が現れた。
恭しく膝をつく姿は、まさに王と臣下だ。
「様付けはやめてくれって言わなかったか? アリス」
腰まである艶やかな黒髪に蒼い瞳。
雪のように白い肌、抜群のプロポーション。
男なら誰もが見惚れる美女。
それが彼女、アリスだ。
「私は淵王様の最側近、〝淵王四駿〟の一人です。この対応は間違っていないかと」
「そういうのは俺の好みじゃないんだ」
「こ、好みではない!? で、ではどうすればよろしいですか!? もっと派手な服がお好みですか!?」
「そういう話はしてないんだけどなぁ」
ため息を吐き、俺は肩を落とす。
こういうとき、つくづく実感する。
人の上に立つのに、俺は向いていないのだ、と。
「戻ろう。民の目もあるから」
「かしこまりました」
■■■
リーブルの北側にある大きな館。
それが俺の拠点だ。
元々、リーブルは国に反発した商人たちが、廃れた小さな中継都市を拠点として作った街だった。
けれど、考えなしに作ったため、モンスターの被害で壊滅寸前だった。
そこを俺が助け、数年でここまで大きくなった。
商人たちは俺を王にと懇願してきたが、王になりたくない俺は当然拒否。
そこで、せめてリーブルに住んでくれと領主用に作られた館が提供された。
以来、ここが淵王の拠点であり、なぜか俺を慕う者たちが集まるようになった。
彼らはそのうち〝淵王騎士団〟なるモノを作り出し、いつの間にかそれがしっかりと形になってしまった。
西側の諸国はリーブルを独立国家と認識している。
淵王と淵王騎士団という大国も真っ青な武力を保持しているからだ。
ただし、そこを含めて俺の望んだことではないけれど。
「淵王様、各地から大商人たちが淵王様に会いたいとやってきていますが、どうされますか?」
「どうするって……いつもどおり会わない。どうせレアモンスターの素材をくれって言うだけだし」
「では、全員断っておきます。本日のモンスターはいかがなさいますか?」
「任せる。不公平がないように市場へ流してくれ」
「かしこまりました」
いつもの会話。
アリスは有能だ。
強いだけじゃなく、リーブルの発展に大きく貢献している。
今までは俺が討伐しておしまいだったモンスターたち。それらは俺にとって大して興味のない物だったけれど、アリスはそこに目を付けた。
危険度カテゴリーの高いレアモンスターの部位は滅多に出回らない。だからあえて、死体が残るように討伐して、それを市場に流す。
リーブルでしか手に入らない物だから、リーブルには人が集まる。
その功労者である淵王の名声はより一層高まる。
淵王騎士団を組織として完成させたのもアリスだ。統制の取れた組織にしてくれたおかげで、俺が煩わされることも少なくなった。
大したものだし、感謝しかない。
けれど。
「アリス、言わなきゃいけないことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
アリスは小首をかしげる。
世の男性はそれだけでメロメロになってしまうだろう。
それほどアリスは美しい。
けれど、その美しさに惑っている暇は俺にはない。
「俺はリーブルを離れる。留守を頼むよ」
「ここを離れられるのですか……? では、私もお供します!」
「君に来られると困る」
「なぜですか!? 必ず役に立って見せます!」
「はぁ……」
まぁこうなるだろうとは思っていた。
このリーブルには俺を慕う者たちが大勢いる。その中でもアリスは群を抜いて、俺を慕っている。
いや、忠誠を誓っている。
だから置いて行かれるのを嫌がるのはわかっていた。
「理由があるんだ」
「どのような理由があれ、お傍を離れる気はありません」
蒼い目が真っすぐ俺を見つめてくる。
何も話さずに受け入れてくれる雰囲気ではない。
「部屋へ行こう。少し長くなる」
■■■
部屋に入ると、俺は身に纏っていた影の鎧を解いた。
古びた白いローブに身を包んだ男がそこに現れた。
黒い髪に蒼い瞳。
大して身長も高くないし、ガタイも良くない。
童顔だし、撫で肩だし、猫背だし。
とにかく頼りない。
世界最強なんて称号にはまったく似つかわしくない平凡な男。
それが俺、テオドールだ。
影を纏うのは、平凡な若者が世界最強では頼りないから。
あとは世界最強と呼ばれるようになって、俺を狙うような輩も出てきたから。
こいつなら勝てそうだと、いちいち勝負を挑まれるのは正直煩わしい。
だから俺は素顔を隠している。
「淵王様」
「やめてくれ。プライベートまで淵王になる気はない」
「……テオ様。なぜ私を連れていっていただけないのですか?」
「……」
数少ない素顔を晒せる相手。
こんな言い方は好きじゃないけど、何年も仕えてくれている。
嘘は通じない。
「……俺の故郷が十年前……龍皇〝ヴェルシオン〟に滅ぼされたのは話したかな?」
「はい……人類の歴史上、最も東に近づいた都……〝エスト・パラディ〟の生き残りだと聞いています」
「そうだ。二十数年前。当時のエムロード王は増えすぎた人類のことを憂いていた。すでに西側は人類には狭かった。狭い土地を戦争で奪い合うことに嫌気が差したエムロード王は、禁忌とされていた東に新天地を求めることにした。反対はあったが、結局はその計画は実行された。反対以上に賛成が多かったからだ」
人は増えていく。
しかし、土地は増えない。
だから隣国に侵攻して土地を奪う。けど、人類全体でみればそれは無意味な行為だ。
結局、レムリア山脈の近くまでエムロードは勢力を広げ、そこに東の都〝エスト・パラディ〟を建設した。
人類の最東端。
辺境中の辺境。
それでもレムリア山脈付近から採れる貴重な鉱石や、東に近いこともあり、よく育つ作物。それらが特産品となって、エスト・パラディは栄えた。
このリーブルも、エスト・パラディへの中継都市だった。
けれど、そんな人間の傲慢を龍皇は許さなかった。
「十年前、エムロード王国の第二の首都とまで呼ばれ、栄えていたエスト・パラディ。その上空に突如として龍皇は現れた。漆黒の鱗に覆われた百メートルを超す巨大な龍。ただ、着地しただけでエスト・パラディは半壊し、その後の攻撃でほぼ壊滅した。数十万の人々が命を落とす中……奇跡的に生き残った俺は、空に君臨する龍皇を見て……必ず討伐すると誓った。絶対に許しはしない、と」
「それでテオ様はいくつもの迷宮を攻略し、最強の魔導師となった。そう聞いていますが……」
「たしかにそうだ。けど……ほとんどの人に言っていないことがある。龍皇を討伐すると決めたとき。俺の傍には〝四人の幼馴染〟がいた。彼らと俺は誓い合った。十年後、必ずまた会おうと。あの龍皇を討伐するために、と」
「まさか……その幼馴染に会いにいくのですか!? テオ様が!?」
「ああ、そのつもりだ」
「いえ、会うのは構いませんが……その……」
「一緒にパーティーを組むつもりだ。彼らの今の実力じゃ、東に入るのも難しいから」
アリスは眩暈がしてきたのか、ふらりとよろける。
しかし、なんとか机に手をつき耐える。
まぁ、その反応はわかる。
なにせ、俺は淵王だ。
「テオ様……ご自分が世界最強という自負がありますか?」
「まぁ、多少は」
「ならわかるはずです! あなたが傍にいるならあなたに頼る。それは避けられないことです! 幼馴染の方々がどんな実力者か知りませんが、名が通っていない以上、まだ迷宮もクリアしていない方のはず。そんな人たちがあなたと共に戦うのは無理があることです! 決して、成長の手助けにはなりません!」
強すぎる味方がいれば、そいつ頼みになる。
アリスの言うことはもっともだ。
だが、俺だってそれは考えていた。
「身分は隠すよ。実力も。危ないときだけ手助けする。自分がそうだったからわかるけど……強い目的意識がある人間は無理でも無茶でも、とにかく成し遂げようとする。それは命を危険にさらす。俺も何度も迷宮で死にかけた。そういうときのストッパーが必要だ」
「あなたがしなければいけないことですか?」
「俺がしたいことなんだ。龍皇は強い。唯一のカテゴリー13モンスター。それも規格に当てはめただけだ。カテゴリー12とは雲泥の差がある。俺でも……一人じゃ敵わない。だからこそ、共に戦ってくれる仲間が必要なんだ」
それは実感の籠った言葉。
俺はすでに一度。
龍皇に挑んでいる。激しい戦いの末、結果は引き分け。
俺は重傷を負い、奴も手傷を負って東側の奥地へと引き返した。ただ、あれは奴にとって遭遇戦。命をかけた決戦じゃない。
本気じゃなかったとみるべきだろう。
そこで痛感させられた。
一人では討伐できない、と。
「我々では……足りませんか……?」
「残念だけど……足りない。最低限、君らクラスがあと四人は必要だ。そして俺は……その四人は幼馴染たちだと信じてる」
「有望な者はたくさんいるのに、なぜですか……? あなたが鍛えるといえば、誰もが手をあげます。なぜ、そんなまわりくどい方法を?」
アリスの言葉はもっともだ。もっともすぎて返す言葉もない。
だから正直に胸の内を明かした。
「……龍皇は強い。あれは災厄だ。天災に近い。挑むだなんて馬鹿らしい。それでも俺を含めた五人は幼い頃、それを目の当たりにしても討伐すると決めた。大事なのは実力じゃない。何かを成し遂げようとする〝意志〟だ。それを幼馴染たちは持っている。彼らなら龍皇にも臆さない」
「実力がなければ……あなたの隣には立てません」
「実力はいくらでもつけられるよ。だって、俺がそうだった」
アリスは思わず天を仰ぐ。
きっとばかげていると思っているんだろう。
これはきっと酔狂な行いだ。
リーブルの防衛を放棄して、淵王としての地位も捨てて、幼馴染たちの旅に付き合うのだ。
俺には必要のない旅だ。けれど、それには価値がある。
価値があると俺は信じている。
誰が何と言おうと、これは龍皇を討つために必要なことだ。
そう信じているから、迷いはない。
どれだけアリスが反対しても俺は決行する。
「……決意が固いのはわかりました。しかし、それでも納得できません。テオ様がわざわざパーティーに入る必要が? 淵王として遠くから見守るのではだめなのですか?」
「迷宮では何が起きるかわからない。それに……最近は〝厄介な組織〟が迷宮攻略を目指す有望株を襲っているらしい。幼馴染たちはまだ新芽だ。刈り取られないように守るなら、傍にいるのが一番いいんだ」
「……〝黒龍教〟ですか……龍皇を崇め、龍皇に滅ぼされるのが人類の幸せと語る異端者たち……なるほど。そういう理由があるなら……わかりました」
「わかってくれて嬉しいよ」
「リーブルはほかの者に任せて、私は影ながらテオ様をお助けします」
「えっ?」
「もう決めたことですので!」
強い意志をアリスは見せてくる。
説得するだけ時間の無駄だと察して、俺はため息を吐きながら了承するしかなかった。