第十六話 互いの秘密
黒龍教に黒龍より加護を与えられた黒龍騎士がいるように。
聖龍教には聖龍騎士と呼ばれる存在がいる。
しかし、聖龍はすでにいない。
誰が加護を与えるのか?
その役目を担うのが〝聖龍姫〟だ。
聖龍教団のトップに君臨する、聖龍の代弁者。
人類の生存圏に広まる聖龍教の象徴、聖女だ。
その聖龍姫がどうして、こんな迷宮都市に?
「俺のほうから質問しても?」
「はい」
「……聖龍姫には護衛がつくはずだ。護衛はどこに?」
「ここに来る途中、大勢の刺客に襲われました。その中には手練れもおり、護衛の聖龍騎士も手一杯になってしまい……」
「外の戦闘はそれか……」
そんなことだろうと思ったが……。
聖龍姫が待ち伏せされたというのと、聖龍騎士が手一杯になる手練れというのは一大事だ。
「いつからここに来る予定だった?」
「数か月前から決まっていましたわ。各地の迷宮都市を慰問するというのが旅の目的で、まず初めはデビュタントと……」
「いろいろ繋がってきたな」
聖龍騎士が手一杯になるような敵は、おそらく黒龍騎士か、それに準じる存在。
それについては思い当たる節がある。
バジルが謎の液体で強化されていた。
あの時はリネアを狙ったものかと思ったが……。
最初から聖龍姫が来ることを知っていたなら、模造黒龍騎士のテストだったということだろう。
AAA級のリネアはよいテスト相手となる。
リネアに勝てるならば、数人集まれば聖龍騎士の足止めくらいはできる。
なかなかに練りこまれた計画だ。
黒龍教にとって、聖龍姫は忌むべき敵だからな。
そりゃあ護衛が多少手薄になるなら、狙うだろう。
問題は、なんでそんな重大な情報が漏れたか、だ。
「冒険者側にまったく情報が入ってこなかったってことは、ギルドの中でも一部しか知らなかった情報のはずだが……なぜ漏れた?」
「わかりませんわ……護衛の方たちが無事だとよいのですが……」
「聖龍騎士なら平気だろう。問題は君のほうだ」
「それについては心配しなくてもよいのでは? 影を操る魔導師……噂だけですが、一人知っています。四つの淵界迷宮を攻略した人類最強の魔導師。聖龍教団から使者を出しても、側近の方ばかりが対応にでてきてお会いすることもできないとか。謎に満ちた魔導師、〝淵王〟の正体が……まさかテオ様とは驚きましたわ」
ティーエは少し愉快そうに笑う。
まぁ、気持ちはわかる。
人の秘密を握るのは楽しいだろう。
けれど。
「ずいぶんと余裕だな? 俺は……君を殺すこともできるぞ?」
言いながら俺は部屋の死体を影にしまう。
これで目撃者も痕跡も。
ティーエだけだ。
「それは困りましたわ。わたくしは死ぬわけにはまいりません。何かわたくしの命以外で差し上げられるものはありませんか? 命以外ならなんでも差し上げますわ」
死ぬわけにはいかない。
なぜなら聖龍姫が死ねば、聖龍との交信ができなくなる。
新たな聖龍姫が生まれるまで、聖龍騎士は生まれないし、人類にも暗い影を落とすだろう。
俺の目標は龍皇を討伐すること。
その目的のためには、猛者が必要だ。
聖龍騎士はその猛者に該当する。
ここでティーエを殺せば、俺の目的から遠ざかる。
それはできない。
きっと、ティーエもそれはわかっている。理由はなんであれ、俺が殺すわけないとわかっている。
けれど、今の言葉に嘘はない。
命を助けてもらうためなら、本当に何でもする気だろう。
それだけの覚悟が言葉に乗っている。
だから。
「命を助けて、命を奪うなんて、そんな非効率なことはないか……口の堅さに自信は?」
「ありますわ。それに人と接する機会が少ないので、お友達もいませんわ。ご安心を」
「悲しい理由だな。まぁでも、信じよう。聖龍姫ならギルドにも影響力を持っているはずだ。見逃す代わりといってはなんだが、少し協力してくれ」
「淵王が冒険者に扮していることに何か関わりがありますの?」
「そうだな」
俺は頷く。
それに対してティーエは微かに眉をひそめた。
「協力しろと言うのに、何も教えてはくださらないのですね」
「詳細を話すのは君の口の堅さが証明されてからだ」
言いながら俺は外へ目を向ける。
追手はこいつらだけじゃない。
外にはまだまだ追手がいるし、ギルドの命令で動いている冒険者もいる。
大捜査が続いているのだ。
「とりあえず、すぐに何かしてもらわなくていい。そのうち頼み事をする」
「では、わたくしはどうしていればいいのですか?」
「今はただ助けられていればいい。俺の傍にいるかぎり、安全は保障する」
「テオ様はお優しいですわね」
「君が聖龍姫だからだ」
「わたくしの正体がわかる前からテオ様は優しかったではありませんか。テオ様はお優しいですわ。ですから、この身はお任せします」
そう言ってティーエは右手を俺に向けてくる。
その手を取り、俺はため息を吐く。
貴重な人脈を手に入れたが、同時に面倒事にも巻き込まれた。
これは喜ぶべきか、嘆くべきか。
「迷っても仕方ないか。掴まって」
俺はティーエを抱えると、そのまま二階の窓から飛び降りたのだった。