第十一話 影を操る魔導師
「リネアが黒龍教を追った?」
「はい」
ウォルターの報告を受けて、俺は静かにため息を吐いた。
「思ったより大事だったかもな」
「偶然の可能性もありますが」
「誘い出されたと考えるべきだろう。黒龍教が用もなく姿を見せるわけがない。冒険者ギルドはすべての冒険者に捜索を命じるだろうからな」
人類は滅んだほうがいいと思っている教徒たちは、人類側からすれば即座に排除の対象だ。
意味なく姿を現し、都市全体を敵に回すことはしないだろう。
だから姿を見せたのには訳がある。
「ウォルター、お前はここに残り、ガロンたちがやってきたら俺は捜索に加わったと伝えろ。アリス、都市の外側に逃げる者を探れ。この状況で逃げる者は怪しい。とはいえ……まず間違いなく都市内部にいるだろうけどな」
「かしこまりました」
「かしこまりました。ですが、テオ様。どうして内部にいると思うのですか?」
「リネアは強い。だからこそ、誘い出してどうにかできるなら、襲撃してもどうにかできたはずだ。殺す以外の目的が奴らにあるんだろう。それなら内部で行動した以上、内部に残るはずだ。外に連れ出す気なら、外にいるときに仕掛けたほうがいい」
「なるほど。では、内部の捜索は……〝淵王様〟がなされるのですね?」
「そういうことだ」
俺は魔力を開放し、呪印を消し去ると、特徴的な影の鎧を身に纏う。
「見かけた黒龍教徒は殺して構わん」
思考をテオドールから淵王へとシフトする。
淵王を名乗るなら、舐められるわけにはいかない。
力には責任が伴う。
モンスターに圧迫されるこんな世界じゃ、なおさらだ。
まぁ、それはそれとして。
この状態なら躊躇うことなく、やりたいことができる。
「行くぞ――黒龍教狩りだ」
■■■
都市の中央部。
建物の上で、俺は走り回る冒険者たちを見下ろしていた。
そろそろ全冒険者に黒龍教の捜索が命じられた頃だろう。
時間が経てば経つほど、動きづらくなる。
早めに決着をつけるべきか。
『影滅魔法――レベル4――シャドウ・テリトリー』
範囲内の影をすべて自らの管理下に置く魔法だ。
今の俺が最大展開した際の範囲は。
都市一つ分。
デビュタントにいるすべての者の影は俺の管理下に入った。
影は持ち主を映す鏡。だから一人一人、影の形も性質も違う。
ゆえに。
「見つけた」
都市に作られた地下空間。
そこにリネアがいた。
部屋にいるあたり、攫われたのは間違いないだろう。
傍にはもう一人。
バジルがいた。
「黒龍教と手を組んだか……いや、組んでいたか」
この短時間で黒龍教と接触し、リネアを攫う計画を立てられるとは思えない。
元々、黒龍教と組んでおり、接触してきたのも黒龍教がリネアを狙っていたからとみるべきだろう。
ただ、あの執心は本物だ。
黒龍教に命じられたから近づいたわけじゃない。
リネアが目的で、黒龍教を利用しているんだろう。
まぁ、バジル程度に利用されるほど黒龍教は甘くはない。
なにか魂胆があるんだろう。
しかし、影の感じが昼間に会った時と少し違う。
昼間は間違いなくA級冒険者だった。
だが、今のバジルは。
「黒龍騎士とは言わないまでも、それに近い実力……」
黒龍騎士は直接、龍皇から〝加護〟と呼ばれる力を授かった者だ。
その実力はS級冒険者、つまり迷宮攻略者に匹敵する。
たかがA級冒険者がそれに匹敵する力を手に入れるとは、いったい何が起きている?
「もう少し奥深い闇が隠れてそうだな」
そんなことを思っていると、バジルがベッドの上にいたリネアを持ち上げ、壁に投げつけた。
そしてゆっくりとリネアに近づいていく。
影による探知ゆえ、直接見ているわけじゃないが、それでも。
俺の怒りが沸点に達するには十分だった。
支配した影は俺の思う通りにできる。
影から影への移動も朝飯前だ。
だから俺は影に沈み込む。
そして、リネアの影から腕を伸ばし、リネアに向かって手を伸ばそうとしていたバジルの腕を掴む。
そのままゆっくりと影から浮かび上がる。
「なっ……!?」
驚くバジルをよそに、俺はチラリとリネアを見る。
呪印を模して造られた〝魔封じの首輪〟をされているせいか、体に力が入らない様子だが、目立った外傷はない。多少、服も乱れてはいるが、本格的に襲われたわけではなさそうだ。
ギリギリだっただろうけど。
「なんだ!? お前は!? 騎士たる私と姫の一時を邪魔するな!!」
そう言ってバジルが俺の手を振りほどき、距離を取って剣を鞘から引き抜く。
私と姫、か。
適当なことを言う奴だ。
「姫を無理やり拉致して、襲う者を人は騎士とは言わん」
「なんだと!? この私を愚弄にするか……いいだろう。誰だか知らんが……私の真の力を見よ!!」
どす黒い魔力がバジルの体から溢れ出る。
黒龍騎士に似ているが、黒龍騎士ほどじゃない。
何かカラクリがあるな。
そのカラクリが黒龍教の目的か。
「はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
バジルはとてもA級冒険者とは思えない速さで、俺のほうに突っ込んでくる。
だが、黒龍騎士に及ばない者が俺に敵うわけがない。
しかも技術は大して向上していない。余りある魔力で体を強化して、力任せに動いているに過ぎない。
強いは強いが……常識的な強さだ。
「なっ……!?」
影から一本の刃が伸びて、バジルの剣を防ぐ。
その衝撃でバジルの剣にはヒビが入った。
驚き、バジルが後ずさる。
そんなバジルに俺は告げた。
「勉強不足だな。騎士殿……影を操る魔導師……〝淵王〟も知らんのか?」
「そ、そんな……淵王……? なぜ、ここに……?」
「それについては知る必要はない。ここで死ぬ奴に説明する義理はないからな」
そう言って俺は部屋中を影で包む。
そして。
全方位から細い影の刃を出現して、バジルを貫いた。
全身を穴だらけにされて、バジルがゆっくりと倒れていく。
その姿を見て、少し俺の溜飲は下がったのだった。
書きだめが消失した……(*´Д`)
これからは自分との闘いですが……頑張る糧が欲しいぞ|ω・)チラ