第十話 黒騎士
パーティーメンバーと別れたテオは、憩いの泉亭に戻ってきていた。
そこで。
「ウォルター、悪いんだが……バジルという冒険者を探ってくれ。危険そうなら都市から追い払ってほしい」
「特徴を伺っても?」
「神経質そうな顔立ち、青髪の男で、二十代くらい。細身だが、背は高い。騎士のような鎧を身に纏っている。リネアに執心している。リネアの傍を張っていれば来るかもしれない」
「なるほど。承知しました。しかし、珍しいですな。テオ様のご不興を買いましたかな?」
「リネアのおっかけだ。俺のことを恨んでいる風だったが、あのままじゃリネアに手を出しかねない」
「強いのですか?」
「A級だ。実力も肩書通りだろう。けど……何をするかわからない危うさがあった。放置は危険だ」
「つまり、危険なら追い払うだけでなく……排除しろというご命令ですかな?」
「そういうことだ」
「物騒ですな、幼馴染のこととなると」
「過保護か?」
「それなりに。ただ、私に任せるのは賢明ですな。アリスではやりすぎてしまうでしょうから」
そう言いながらウォルターはカウンターから出てくると、深くテオに一礼する。
そして。
「では、行ってまいります」
「任せた」
言葉の後、すぐにウォルターの姿は闇に消えた。
■■■
都市の闇の中。
ウォルターは猛スピードでリネアの宿へ向かっていた。
だが、その途中。
ウォルターの足が止まる事態が起きた。
黒龍教の教徒が路地裏を走っていたのだ。
真っ先に排除すべき対象ではある。
しかし。
「まずはリネア様の身の安全を確保しなければ、ですな」
命令の本質はリネアの保護だ。
それを理解していたからこそ、ウォルターはリネアの宿へ急いだ。
それなりに評判の良い宿屋。利用する冒険者も多い。
そこにウォルターがたどり着いたとき。
宿屋は大混乱中だった。
「失礼、何かありましたか?」
「何かありましたかって……何人かのお客さんが黒龍教を見つけて、飛び出していったんだよ! 黒龍教が都市に入り込んでいるってんで、みんな混乱してるのさ!」
中年の女性から事情を聞き、ウォルターは黙り込んだ。
追いかけなかった冒険者も、援軍のために出発準備を整えている。
当たり前だ。
黒龍教は人類圏では最悪の犯罪者。見つければ、放置してはいけない類の人種たちだ。
ゆえに、その場にリネアがいないことにウォルターは納得した。
「これは……困ったことになりましたな」
偶然か、敵の罠か。
どちらにせよ、まずい状況であることには変わりない。
黒龍教はリネアを標的とした可能性が高い。
近づけば狙われる。
「AAA級の冒険者がそう簡単にやられることはないとは思いますが……」
呟きつつ、ウォルターはその場から立ち去り、急ぎ、憩いの泉亭への帰路についた。
このまま追っても見つけられる保証がないうえに、罠の場合は事の重大さが跳ね上がる。
すべきことは報告。
そう判断しての行動だった。
■■■
都市の中に侵入した黒龍教。
それを追ったのはリネアと三人の冒険者だった。
逃げる黒龍教を追いつめたリネアたちだったが。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突如として現れた黒騎士によって、三人の冒険者は瞬く間に斬り捨てられた。
相手の実力を察したリネアは最初から全力だった。
『雷撃魔法――レベル10――煌雷一閃』
傀儡騎士の鎧さえ切り裂いた必殺の一太刀。
たとえ強化が掛かっていなくても、人相手ではまさに必殺だ。
しかし、その一太刀を黒騎士は平然と受け止めた。
そして、黒騎士は剣を離し、右手でリネアの首を、左手でリネアの右手を掴む。
万力のごとき力で首を絞められ、さらに剣を持つ右手も締め上げられた。
そのままリネアは近くの壁に叩きつけられる。
「かぁ……」
息ができない中、リネアはなんとか拘束を解こうとするが、黒騎士はビクともしない。
そのうち、意識が朦朧とし始める。
それでもリネアは剣を手放さないし、黒騎士を睨み続けることはやめなかった。
だが、意識が薄れていく中。
「今度は振り払えなかったですね、リネア様……」
「!?」
黒騎士の声には聞き覚えがあった。
しかし、それで何かが変わるわけではない。
この状態では何もできない。
それでも。
「……黒龍、教に……堕ちたのね……バジル……」
「すべてあなたが悪いんですよ。私の姫になってくれないから。あなたが私に守られる理想の姫になってくれていれば……黒龍に頼ることもなかった」
バジルの勝手な言い分に反論しようとするが、もはや視界がゆがみ始めた。
せめて、剣だけは手放さない。
そんな些細な抵抗をしながら、リネアは意識を失った。
「最後まで睨むことはやめないし、剣も手放さない。大した精神力だ。やはり素晴らしい。私の姫に相応しいですよ、リネア様」
そう言ってバジルはリネアを担ぎ、フッと微笑むのだった。