卒業式
あちらこちらから聞こえてくる啜り泣きに翼はどこか他人事のように思いながら、卒業証書を受け取った。
苦楽を共にした学徒たちに思い入れがないのかと言われれば嘘にはなるが、翼はそれどころではなかったのだ。
翼は本日、二度目の告白をする。
相手はもちろん決まっている。
野原詩音。
姉の親友で、幼馴染で、翼の好きな人。
疎遠の期間もあったが一年前の梅雨の時期に再会した。
彼女に向ける気持ちが昔とは違う、恋だと気づいたのはその夏。
見上げていた彼女の顔は、横にいて、自分はもう手を引かれる弟でいたくないのだと自覚した。
翼にとって特別で忘れられない夏だった。
目を逸らした過去の痛みにも向き合う羽目にもなったが、それら含めて大切な時間だった。
あの夏の中心には、あの痛みの中心には詩音がいた。
『つーくん、私、今日のこと忘れないよ』
忘れてしまいたいくらい痛み。だけど、詩音たちは受け止め、前に進んだ。
そんな中で、翼は詩音に告白した。
返事は色々と邪魔があって結局聞けずにいる。
一度目はタイミングが悪く聞きそびれてしまったが、それ以降は他にも原因がある。
主に姉である空と、詩音の親友である一華のせいだ。
空はむしろ機会を用意してくれていたのだが、あまりにも露骨すぎるやり方や、にやにやちょっかいをかけてくるので、年頃の弟としては恥ずかしさで耐えきれず、全部無視をしてしまった。
一華はとことん邪魔してくる。夏の一件以降、詩音と一華の間にあったわだかまりが解消されてからは違う学校だというのに二人はよく一緒にいるようになった。いつの間にか、空と詩音と翼の集まりにも参加していた。別にそこまではいいのだが、一華からしてみると翼は親友を独占しようとする敵に見えるらしく、彼女がいる時は、詩音と翼の二人っきりになることもなかったし、空が恋愛話を始めようとすると受験の話にすり替えられてた。
そうこうしているうちに冬になり、専門学校で進路が決まった空とは異なり、高校受験、大学受験が控えている翼たちは恋愛どころではなくなり、うやむやになってしまった。
だから、こうしてひと段落した今、あらためて伝えるのだ。
教室での最後のホームルームの時間が終わり、翼はクラスメイトの誘いを無視して教室を出て校庭に向かった。必要なものは全部持っている。うん、大丈夫。
冬になってからは会っていなかったが、恥も承知で姉に頼んで、詩音に今日の卒業式に来てもらうようにお願いした。
詩音が待っているところに姉もいるかもしれないが、今回はもうなりふり構っていられない。
下駄箱から靴をとって校庭に出る。
相変わらずひんやりとした空気ではあるが、そよ吹く風には暖かさが混ざっていてもう春が来るのだと実感する。
「詩音ちゃん」
その名前を口にすると心臓の音がうるさくなり始めた。
蕾が膨らみ始めた桜の木の下に彼女はいた。
周りには姉も両親もいたが、もう翼の見る世界には詩音しか映っていなかった。
翼は詩音のところへと駆け寄ると、学ランの第二ボタンを引きちぎり、手に持っていた赤いチューリップの花を詩音に差し出した。
「意味は、分かるよね?」
翼はもう、己の力で言の花を咲かせることができる。己の力で想いを伝えることができる。
「詩音ちゃん、好きだよ」
詩音は頬を赤く染め、苦笑いしながらもそのボタンと花を受け取った。
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