◆だいじょうぶ。だいじょうぶ。◆
なぜか黒のワンピースの胸元を掴んで必死で息を整えようとする自分。心配そうに見つめる友だちや慌てる大人たち。
これは夢なのだろうか?
曖昧な意識の中、詩音は思う。
だって、みんな顔がぼんやりとしておかしいはずなのに見覚えがあるのだ。
ああ、そうかこれ演劇発表の時のだ。
言花の猫。
お母さんが描いた絵本を演劇でやりたいって言って、そしたら本当にやることになって、いざ本番になったら緊張して体調悪くした情けない思い出。
お父さんもお母さんもきっと観客席で楽しみに待っているのに、私は怖くて、逃げ出したくなって、そんな自分が嫌で消えたくなった。
でも、どうしようもなくなった時、手を握られたんだ。
自分の手を包む、自分よりも少し大きな力強い手。
『詩音、おかあさんにこのげき見せるんだろ? そのためにがんばってきたんだろ?』
心細くて泣き出してしまいそうな自分の心をすくい上げてくれたのはその手だった。
『だいじょうぶ。だいじょうぶ。詩音ならできる。だっておれの妹なんだろ? 安心しろ! 兄ちゃんがいるから。だいじょうぶだから』
いつもはこ憎たらしいその笑顔も心強くて、安心して、私は大丈夫になれたのだ。
……ああ、そうか、あの手はお兄ちゃんの手だったんだ。




