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◇9◇


 俺の妹は、詩音(しおん)は、よく掃除をする。よく捨ててしまうんだ。


 母さんが亡くなってから父さんは仕事に熱中するようになり、妹は家のことを全部するようになった。

 ……分かっている。俺は何もしてこなかったってことは。

 俺は妹と違って母さんの死を実感できなくて、あの病室から置いてけぼりになってたんだ。

 本来なら現実を受け入れて前に進まなくちゃいけなかったのに、家族を支えなくちゃ、妹を守ってやらなくちゃいけなかったのに、それができなかったんだ。悪い兄でごめんな。


 それで、そう。家事を一人でするようになってから妹は家を、特に自分の部屋を掃除するようになったんだ。

 家族共有の場所はただ綺麗になってたからいい。問題はあいつの部屋だ。綺麗になるのでは、ない。簡素になってきたんだ。


 ゴミとかだけじゃない、思い出まで捨てるようになったんだ。


 最初は幼い頃に買ってもらったぬいぐるみ、お人形とかだった。成長して未だに昔のおもちゃを持っているのが恥ずかしくなったのかと思ってた。実際に自分もそうだったから。

 でも、違うと気づいたのはその後だった。

 大切な手紙を全部捨てようとしたのだ。掃除をして見つけるたびに必ず。

 学校でもらったもの、習い事でもらったもの、友達にもらったもの……その中には母さんの手紙も。

 これはダメだ。いくらあいつにとってゴミになったとしても、捨ててはいけないって強く思った。

 だから、俺はこれでも兄だから、あいつの「お兄ちゃん」だから、こっそり手紙を抜き出して隠したんだ。また手紙の言葉があいつの心に届くまでずっと。


 俺だってもう病室に取り残されてた頃の俺じゃない。


 夜、誰もいない家の中、立ち尽くしていた俺は玄関を飛び出した。

 詩音が帰ってきていないのだ。連絡さえもつかない。嫌な予感がした。

 明日は、俺たち家族にとって忘れられない、忘れちゃいけない日なのに、詩音はこのまま忘れてしまうんじゃないかと……いや、詩音自身消えてしまうんじゃないかとそんな気さえした。

 一人じゃできないこともあるって知っている。誰かがいるから前に進めたり、後ろを振り返ったりできる。


 なあ、詩音。そろそろ振り返ってもいいんじゃないのか? お前はもう十分頑張ってきたんだ。お前は信じてくれないかもしれないけど、しっかりお兄ちゃんがお前の分の未来を支えるから。



 だから、お願いだ。もう「忘れる」なんてしないでくれ。





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