◇5◇
空は自室でベッドに腰をかけながらスマホを睨みつけていた。
部屋にいくつも置いてあるぬいぐるみたちの中から、黒猫のぬいぐるみを抱きしめる。なんとなく、ハナを彷彿とさせるため思わず手に取ってしまった。
「次こそは……」
腕に力が入り、くしゃりとぬいぐるみが崩れる。
空の見つめる先、画面には東条一華と表示されたチャットのアイコン。もう何十回目になるのだろうか? 空は電話マークのアイコンを押す。
今頃、学校説明会で翼が詩音を見つけるため、奮闘しているのだ。姉である自分が何もしないで大人しく待っているわけにはいかない。
『ねぇ、一ノ瀬さん。こっちも用事があるんだからそんなに電話してこないでよ』
「トージョーさん! 詩音と連絡とれる!?」
『話しを聞きなさいよ。……って、詩音?』
やっと繋がった電話。空は食いつくように一華に問いかける。
詩音を最後に見たあの日、翼が言っていた。詩音がおかしくなったのは、東条一華に会うと言ってどこかに行った後だ。
「詩音が夏祭り以降から連絡取れなくなったの! あの日、詩音はトージョーさんにも会ったって聞いたけど、何か知らない……?」
電話の向こう側から息をのむ声が聞こえた。
『……あなたは詩音の……詩音のお母さんが亡くなったことを知っていたの……?』
「それは……」
『知らなかったのね』
「いや、知ってるは知ってる。ただあたしは夏祭りの時、彩夢さん……詩音のお兄さんに教えてもらったの」
でも、詩音の口からは聞いていない。彩夢から知ったのも本当に偶然だ。
もし、彩夢と言花の猫の話をしなければ、空は知らないままだった。
それくらい詩音は空たちに気づかせることなく、普通に振る舞っていた。
……それくらい詩音は隠すのが上手だったのだ。
『そう……。たぶん、わたしは詩音に言ってはいけないことを言ったの。だから、連絡取れなくなったのもわたしのせい。一ノ瀬さん、ごめんなさい』
「トージョーさんは詩音のお母さんのことを知ってたの?」
『知らなかった。でも、それが言い訳をしていい理由にはならない』
詩音が話さなかったとはいえ、知らなかったとはいえ、一華の何気ない言葉が意図せずナイフのように詩音の柔らかい部分を裂いたのだ。空にとっても他人事ではない。気づかないうちに詩音を傷つけることを言っていたかもしれない。
しかし、だからといって何もしないのはダメだ。
「なら、今度は詩音を笑顔にしよう」
『……えっ?』
できることを見つけるのだ。ヒーローは逆境でこそ力強くあるんだ。
「あたしもね、もしかしたら詩音を悲しませたかもしんない。でも、かも、だから分かんない。詩音が傷ついたものも、詩音を傷つけたものも、何も分かんない。分かるのは詩音が今、苦しんでいること」
大切な人が苦しんでいるのならヒーローがすることは決まっている。
「苦しんでいるなら、その分、笑顔にしよう。笑顔にして、苦しい気持ちを軽くしよ」
空は友だちとして、相棒として、ヒーローとして、あらためて気持ちを固める。一華を説得するための言葉がいつの間にか揺れていた自分の心に背中を押していたようだ。
『……分かった。わたしも詩音を笑顔にしたい。あの子の笑顔を見たい』
そして、一華の心も動かした。
『言っとくけど、いくら一ノ瀬さんが詩音の幼なじみでも、詩音を笑顔にしたいって気持ちなら、わたし、負けるつもりないから』
「……ん? これ、あたし喧嘩売られてるの?」
『さぁ? ご自由に受け取ってくれてかまわないから』
「ん~……たぶんそーいう喧嘩ならあたしじゃなくて弟の翼に売った方がいいかも」
『そうなの? 覚えておくわ。……それで、詩音のことだけど、わたし、先にやらなくちゃいけないことがあるから、それが片付いたらまた連絡するね』
「うん、分かった。連絡待っているね」
電話の切れる音が聞こえたと同時に、寝たままであるが、拳を握りガッツポーズをした。
できることはやったし、成果はあった。翼の方はどうなったか分からないが、少なくともこれで進展はあった。
だが、最後らへんは緊張が解けたからなのか、一華から少し圧を感じるようなことも言われた。面倒だったから弟に押し付けるような感じにしてしまったが、まあ、いいだろう。
一歩前進したことを嚙み締めつつ、空は翼が学校説明会から帰ってくるのを待つのであった。




