◇2◇
ボチャッ。
何かが水に落ちる音が聞こえ、振り返った時、思わず彩夢は頭を抱えた。
ズボンのポケットに入れていたスマホが海に落ちたのだ。
「あっちゃ~、彩夢、やらかしたな。動くか?」
「動かない……。これは完全に壊れたね……」
現在、彩夢はサークルの夏合宿で、海に来ていた。
今回は交流をメインとしたもので、彩夢は海岸でレクリエーションの準備をしていたのだったが、うかつだった。
真っ暗になったスマホの画面に思わずため息が零れる。
「データとか大丈夫か?」
「うーん、特にバックアップとかしてなかったら大丈夫じゃないかも」
買い換えて以降パソコンには同期していなかった。一部のデータは完全に戻ってこないだろう。
「まードンマイ。とりあえず、チャットには彩夢が連絡できなくなったこと伝えておくぞ」
「ん、ありがと」
同学年の男子学生がさっそく伝えてくれているようで、この合宿期間の連絡事項系は彼に頼ろうと彩夢は考える。
幸い、バイト先や家族の電話番号は覚えているから後で念のため連絡しておこう。
「てか、チャットの友だち登録もやりなおしか~? ったく、しかたねーな。もう一度友だちになってやるよ」
「はいはい、そうですね」
友人の軽口を彩夢は適当に受け流す。しかし、たしかにそうだ。もう一度、連絡先を交換しなければいけないのか。
「ま、たまにはいいんじゃん? 人間関係のリセット。多すぎても結局連絡とらないし時間の無駄だろ? ほら、入学したばかりときの新歓で連絡交換した先輩なんてそうじゃん」
たしかにそうだ。それにたまにそういった人たちからくる謎の勧誘にも辟易していた。
しかし、
「どうやって連絡取ろう……」
彩夢の脳裏に浮かんだのはひまわりのように元気に笑う少女。
直接会えるようになってから彼女との文通は手渡しでやっている。
だからあの花に囲まれた東屋に行けば会えるわけでもない。
こんなささいなことで、こうも簡単に繋がりは切れかかってしまうのか。
「それは嫌だな」
思わず本音が零れた。言葉がでてしまったことに彩夢は自分でも驚いた。
過去に付き合った女性はいた。というより、さっきのでその連絡先もなくなってしまったのだろう。だけど、真っ先に彩夢が思い浮かべたのは空だった。
恋愛よりももっと純粋で、友情のように気軽ではない。自分の妹と同い年の女の子。
繋がりをこんなところで終わらせたくはなかった。もっと伝えたいことはあるし、彼女ともっと一緒に時間を過ごしたい。
年下相手の、ましてや女子高生相手に必死になって馬鹿みたい。と、妹に言われてしまうだろう。だけど、まだ返せてないのだ。空は彩夢にたくさんのものを与えてくれた。彩夢を救ってくれた。一緒にいたいというのもあるが、彩夢はもらったまま、何も返せないまま終わってしまうのが嫌だった。
彩夢は妹である詩音に頼ることを決意する。話しをした感じ、たぶん空と妹は幼稚園も、小学校も同じだろう。きっと面識もあるはず。普段ろくに会話もしていないが、背に腹は代えられない。
「しばらくは先になるかな……」
彩夢は胸を痛める。
もうすぐで母の命日がくる。その日が近づくにつれて、詩音は不安定になっていく。去年までは彩夢もそうだった。いや、情けない話、妹よりも酷かった。今は前を向けるようになって、大丈夫にはなったが。
とはいえ、空について聞けるのはその日以降になるだろう。
会えない時間を思うと憂鬱になる。
空は彼女は恋人とも、友人とも言えない、でも彩夢にとっては大きな存在になってしまったのだ。




