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◆◇失っているのはもう一人◇◆


「俺、母さんが亡くなる前に、宝箱をもらったんだ」


 もうすぐ花火が始まる直前、河川敷で待機している時、おもむろに彩夢(あやめ)はそんなことを口にした。


「宝箱ですか?」

「母さんが元気だった頃、大切そうに母さんがくれたんだ。もしかすると、その時から母さんは自分の死期を悟っていたのかもしれない」


 母がまだ入院せず、通院していた時、中学に入る前の小学校を卒業する頃に贈られた。それは両手を広げたくらいの大きさの花の柄が彫られている木彫りの宝箱だった。


「そう、だったんですか……。中身は何が入っていたんですか?」

「中身は、分からない。鍵がないんだ」


 自嘲気味に彩夢は笑う。


「いつか鍵は現れるから、分かる日が来るから、その日まで待っててほしいって」


 母が亡くなり、母の影を追っていた頃は、いつまでも現れない鍵の存在に苛まれていた。


「だけど、今はもう別に現れなくってもいいかなって」

「どうしてですか?」

「宝箱じゃなくても母さんが残したものは沢山あるから。このお祭りだって、そう」


 彩夢は(そら)に微笑む。空に、前に進む勇気をもらっていなかったらこんな風に考えることすらできなかっただろう。


「残したもの……?」

言花(ことはな)(ねこ)って知ってる?」


 それは空にとって身近なおとぎ話だった。


「空ちゃんと集合する前に、あそこのステージで幼稚園児たちがやっていた劇なんだけど、俺、祭りに早く来たのはその劇を見ようと思ってたからなんだ。……まあ、途中で体調崩した妹と遭遇して見れなかったけど。っていうか、前、空ちゃんも言花の猫について話していたから、もしかしてあの幼稚園出身かな?」

「言花の猫! 知ってるも何もあたし、今日、そこのお手伝いをしていたんですよ!」

「えっ! そうなの?」


 自分にとって身近なおとぎ話がどうやら彩夢と繋がっていたようで、空は思わず気持ちが跳ね上がる。


「それに、あたしたちの代から始まったんですもん!」


 しかし、彩夢は空よりも年上。仮に彩夢が同じ幼稚園出身だとしても、彩夢の代はこのおとぎ話を知らないはず。



 だってこのお話は詩音の母がつくった話だから。



「まじか! じゃあ、俺の妹と、もしかしたら知り合いかも!」

「彩夢さんの妹?」

「そう、この言花の猫って、母さんがつくった絵本を妹が劇でやりたいって騒いで始まったんだ」


 それはよく耳にした友だちの話。

 今日も一緒にいた友だちの大切な過去の話。


「…………え?」


 空は頭が真っ白になる。

 彩夢の話はおかしい。そんなのありえないから。


「彩夢さん、彩夢さんの妹さんって名前なんですか……?」


 だって、詩音のお母さんが死んだと聞いてないから。

 だって、詩音はお母さんが大好きだから。


 ドンッッッ!!


 視界の端で光の花が燃える。











「詩音。野原詩音(のはらしおん)だよ」

 野原彩夢(のはらあやめ)は微笑みながら妹の名前を口にした。








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