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親友だった子から電話がきた。
塾から家に帰宅したばかりで、疲れきった体を回復するため少しだけベッドに横になっていたら突然スマートフォンが鳴ったのだ。
最初、電話相手の名前を見た時、目を疑った。
野原詩音。
嘘つきで憎らしい人。
わたしが彼女を一番必要としていた時、彼女は目の前からいなくなった。何も言わずに。
家も、学校も、どこもわたしにとっては心休むところなんてなくて、唯一、あるとしたら彼女の隣だけだった。
『約束、約束だよ』
あの日、幼いあの子は言った。
ずっと一緒だって。
約束したんだ。
わたしは胸元を握りしめた。一度だって忘れたことはない大切な約束。忘れたくても忘れられない約束。
あの子は約束を破った。
中学校の入学式で、あなたがいないことを知った時、わたしがどれほど絶望したか分かっているのだろうか?
あの子は約束を忘れた。
今日、あなたがわたしの言葉に身に覚えがないと戸惑う姿に、わたしがどれほど怒りと悲しみを抱えたか分かっているのだろうか?
『一華、切らないで! どうしても、私、一華に会いたいの。……また一華の友達になりたいの! お願いっ……!』
無責任な言葉。でも、友達に、親友に、戻りたいと思ってしまう自分もいた。
それくらい野原詩音という少女はわたしにとって大きな存在になっていたから。
詩音と出会って詩音の隣で過ごした時間よりも、詩音がわたしの隣からいなくなった時間の方が長くなってしまった。けど、彼女の存在感は日に日に大きくなるばかりだった。
彼女との思い出が、言葉が、居場所のない世界での心の支えだったから。
もし、詩音がまた現れたら、今度はわたしの手を引っ張って息の詰まるこの世界から外へ連れ出してくれるかもしれない。今度は勝手に一人で行ってしまうのではなくて、わたしも一緒に行けるかもしれない。
ありもしないことに期待して、虚構の未来に夢を見ていた。おかしいのは分かっている。分かっているけど、そうでもしないと独りぼっちのわたしは今を頑張れなかった。
詩音との思い出は相当美化されているのかもしれない。本当は詩音にとって大したことない出来事だったのかもしれない。
だから、久しぶりに彼女の声を聞き、言葉を交わしたとき、嬉しさと同時に悲しさがわたしを襲った。
また、約束を破られるのが嫌だった。
また、約束を忘れてしまう詩音を見るのが嫌だった。
また、詩音がわたしの隣からいなくなってしまうのが嫌だった。
せっかくの友達に戻れる最後のチャンスを、差し出された糸をわたしは反射的に引きちぎったのだ。
「詩音……」
どうして今になってあの子が電話してきたのか分からない。どんな気持ちであの子はわたしに電話してきたのか分からない。
だから、知りたい。だから、会いたい。
矛盾した気持ちから現実逃避をするかのようにわたしはそっと目を閉じた。




