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◇2◇


 ホール、教室、畑、中庭の山、幼いころは大きいと感じていた場所は全て今見るととても小さくて、ミニチュアのようで、記憶に残っていた景色のずれから自分がまるで巨人になったのではと錯覚してしまう。


 詩音(しおん)たちは今、ヒーロー活動の一環としてかつて自分たちが通っていた幼稚園にいる。


(そら)ちゃん、詩音(しおん)ちゃん、(つばさ)くん、今日はお手伝いに来てくれてありがとうね。先生、久しぶりに会えてとても嬉しいわ」


 その幼稚園のホールで空、詩音、翼の三人は段ボール箱や百均で売っていそうな飾り道具を前に腰を下ろしていた。


 今回、空が見つけてきたお手伝い……もといヒーロー活動は夏祭りで行われる幼稚園の出し物のサポートである。


 町の夏祭りにはステージが設けられており、お昼には近辺の幼稚園や小学校、中学校、または地元の有志の人たちが何かしら発表している。

 詩音たちが通っていた幼稚園では毎年伝統の演劇発表があり、お手伝いとして詩音たちはその演劇に必要な道具を揃えたり、運んだり、セットすることになっていた。


「あたしも先生たちに久しぶりに会えて嬉しいです!」


 空はおっとりと話しかけてくる年配の女性、幼稚園時代の先生に明るく返事をする。

 今日は再来週の本番で使う舞台背景や道具の作成だった。いつもなら毎年使っているのをそのまま使い回しするのだが、だいぶ年季が入って壊れる危険があるらしく、新しく作り直すとのこと。

 空は前のヒーロー活動の一環で公民館に行った時、そのことを偶然ここに通う幼稚園児に聞いてお手伝いをすることを決意したらしい。


「だって、ほら、この演劇はあたしたちの代の時から始まったじゃん。だから、なんか、やりたくて」

「そういえば空ちゃんと詩音ちゃんたちの代から始まったのよね。なんだか懐かしいわ。たしか、この劇の脚本は詩音ちゃんのお母さんが描いた絵本をモデルにしたのよね」


 自然と全員の視線が詩音へと集まる。詩音はその視線の居心地の悪さから逃れるように目を逸らし、曖昧に答える。


「……あれ? そうでしたっけ? ずいぶん前過ぎて覚えてないです」

「あら、そうなの? 先生は今でも覚えているわ。引っ込み思案のあなたが、ママのつくった絵本をやりたい!って言った時、なんだかすごく嬉しかったの」

「へ~、詩音も可愛いとこあるじゃん! そっかぁ~。詩音が言ったからあの劇が始まったんだ……。あたし、あのお話なんだかすごく好きだったの覚えてるな~。たしか、名前はこと―」

「空ちゃん。思い出話に花を咲かせないで、早く作業を進めよう。私、この後に塾があるからできる限り進めたいんだ」


 苦笑いをしながら昔話をやんわり拒絶する。

 塾という存在がダメなのか、空は顔を引きつらせ大人しくなる。しかし、静かになる姉とは対照的に弟は詩音の話に食いついた。


「ねえ、詩音ちゃん。受験のことでちょっと相談したいことがあるんだけど……」

「いいけど、私、中高一貫だったから高校受験はしてないよ。それこそ聞くなら空ちゃんの方がいいんじゃないの?」


 もっともな正論で翼は少しうろたえるが、首を横に振り詩音に詰め寄る。


「姉ちゃんはバカだから当てにならないよっ! それに詩音ちゃんじゃないと意味がないっていうか……ほら、受験っていってもおれが聞きたいのは勉強の内容だから!」

「あ~なるほど。それなら確かに私の方が適任かもね」


 翼の説明に詩音は納得する。同時に彼がどんな高校を志望しているのか、あまり今まで話してこなかったことに気づかされる。


「ていうか、つーくんは志望校どこなの?」

「進学校に行きたいと思っているんだ。それに身内の人が通っていたところの方が便利そうだから……」


 それから翼は視線を詩音と空に一瞬だけ向けて、少し気恥ずかしそうに頬を赤く染めて呟く。


「詩音ちゃんが行っている高校の外部生として入学するか、ねーちゃんの高校に行きたいと思……って、る……」

「んふふっ、翼~、あたしの学校に行きたいのか~」

「空ちゃんが通う学校って確か公立だよね。私の高校は私立だから……第一志望は空ちゃんの学校になるのかな……? でも、空ちゃんが通う学校でしょ……?」


 空はめったに見せない弟の素直な言葉に空は喜びを隠しきれず、だらしないまでに口元を緩ませる。反対に、詩音は冷静で心配げな表情になって翼に確認する。たしか詩音の記憶が正しければ空はあまり勉学に勤しむタイプではなく、むしろ逆だったはず……。


「それって本当に進学校なの……? つーくん、大丈夫? 間違えていない?」


 実際、今までも空は勉強を避けているそぶりもあったし、よくよく考えると先ほど実の弟である翼から「バカ」だと言われている。

 詩音が高校受験に詳しくないとはいえ、とてもじゃないが空が通う高校が進学校とは思えない。


「ねえ、詩音! それ、遠回しにあたしのことバカって言ってるでしょ!? 言っとくけど、あたしの高校、ちゃんと進学クラスがあるからね! 結構有名な大学に行った人もいて、頭いいんだから!」


 どうだすごいだろと言わんばかりの得意げな顔。しかし、水を差すかのように翼は補足説明をする。


「確かに進学クラスは偏差値高いみたいだから、おれは行きたいと思ってる。でも、姉ちゃんは進学クラスじゃなくて、一般クラス。しかもその中でもドベのドベだから」

「あーなるほど。進学クラスっていうのがあるんだね。じゃあ、つーくんが志望校にするのも納得だ」

「ねえ、翼! 姉を敬う気持ちはないってわけ!? ちょっとくらいはいい顔させてよ!」


 見事に進学校ブランドをぶら下げアピールするも不発に終わり、空は駄々をこねるように口を尖らせる。


「……まぁ、それなりに姉ちゃんはすごいとは思うよ。ほら、ヒーローだし、かっこいいよ、うん。……バカだけど」

「確かに空ちゃんの行動力とか真っ直ぐなところとかは素敵だと思うよ。……勉強に関しては何も言えないけど」

「ふふん! なんてったってあたしは素敵でかっこいいヒーローだからね!」


 都合よく褒めている部分だけ聞いて、空は上機嫌に頬を緩める。

 しかし、本題から話が逸れたのと疑問が浮かんできたので、軌道修正するかのように詩音は問いかける。


「あれ? 空ちゃんが一般クラスってことは進学クラスのことについてつーくんに説明できなくない? ……ああ、でも進学クラスに友達がいれば分からなくもないか」


 進学クラスと一般クラスは一年生の頃から分かれていて、基本的な授業カリキュラムも異なる。同じ部活動などではない限り、交流する機会もない。

 だから一般クラスであり部活動にも所属していない空は進学クラスの知り合いなど……いや、いる。

 つい最近仲良くなった、でも昔からの知り合い。


「そういえば、思い出した。いるよ、進学クラスの友達」


 そもそも相手が空を友達と認識しているか怪しいところだが、空にとって一度でも会話が成立すれば友達。チャットのフレンド登録をしたら遊びに行ってもいいレベルの友達なのだ。


「詩音も知ってる子。トージョーさんだよ」

「トージョーさん?」



「ほら、昔、詩音とよく一緒にいた子。東条一華(とうじょういちか)ちゃん」



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