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◇1◇


 蒸し暑さが残る夜の駅。


 夏休みが来たというのに世間は変わらず忙しく、街は人工の光で満たされていて、仕事帰りの大人や部活帰りの学生が疲れ切った表情で詩音の目の前を横切る。

 空を見上げても街灯のせいで星々は隠れていて、一面絵具で塗りつぶしたかのように真っ黒。唯一空を灯す光があるとするならそれは月だけだろう。


「神社なら星も見えるかな……?」

「何が見えるって?」


 街灯も家も少なく田んぼと雑木林で囲まれた神社、詩音(しおん)にとっての秘密基地であるあの場所なら星も姿を現すだろう。

 思わずこぼれてしまった独り言を拾ったのは中学からお世話になっているクラスメイト。


「うわっ! 真樹(まき)、びっくりするんだけど……」

「ごめん、ごめんって。で、何か見えるの?」

「いや、星が見えないから神社なら見えるかなって言っただけ」


 神社という詩音の言葉からピクリと真樹は眉を動かす。含みのある笑みを浮かべて、詩音の肩に腕を回す。


「また、ヒーロー活動の話~? 詩音、なんだかんだ言って結構楽しんでいるでしょー。あーあ、最近相手にされなくてアタシさみしーなー」


 ヒーロー活動。詩音の幼馴染である空を中心に慈善活動やら、空の思い付きという名の変なことをやる謎の活動。

 そんなヒーロー活動を始めたことを詩音は真樹にだけは話していた。


「そんなくっつかないでよ。熱いって。それに会う回数で言うと真樹の方が多いじゃん」


 バドミントン部に所属していた真樹も大会が終わり無事に引退。休む暇もないままこうして夏休みが始まった今は詩音と同じ塾で基本毎日夏期講習を受けている。

 親は仕事で不在、兄は一方的に嫌っているため、詩音の普段の会話相手は自然と真樹だけになった。

 もちろんヒーロー活動中、空たち姉弟に話すことはあるが所詮は週一の集まり。数で言うとほとんど塾で会っている真樹の方が多い。


「でも、遊びじゃなくて勉強じゃん。久しぶりに詩音と遊びたいよ」


 だが、真樹が不満なのは一緒にいる回数ではなく一緒にいる内容らしい。


「ねね! せっかくだからさ、今度バドミントンやろうよ。ほら、いい気分転換にもなるし!」


 詩音の肩に回していた腕をどかし、真樹はバドミントンの素振りのフリをする。架空のシャトルに向かって左の人差し指で指差す独特な癖に詩音は笑みを溢す。中学一年生の時から変わらない真樹の癖。初めて見た当時のやりとりを思い出して懐かしさを覚える。


「いいね。受験のストレスを発散したいし、今度やろっか」


 無性に真樹とダブルスを組んでいたころが恋しくなって思わず賛成する。五年前までは今日みたいな蒸し暑い日に体育館で必死にシャトルを追いかけていた。


 風もない、うだるような暑さ。踏みしめると汗がぽたりぽたりと落ちて、キュッとシューズの音が響く。そして一瞬感じるラケットを振り抜く鋭い風。


 全身が風になったようなあの快感をまた味わいたい。

 かつてのダブルスのペアである真樹とそんな時間を共有するならもっと楽しいだろう。

 だから詩音は笑顔でその提案を受け入れたのだが、当の提案した本人は目を丸くして信じられないものを見たように動揺する。


「えっ!? 本当に!? 本当だよね!? 嘘じゃないよね!?」


 嬉しさ半分驚き半分といった感じで何度も真樹は確かめるように問いかける。


「本当だよ。嘘じゃないって! 大袈裟すぎるよ。そんな風にしつこく聞くとやる気なくなるんだけど」

「え〜! それはやだ! だって、前はなかなか誘ってもやってくれなかったから嬉しくなっちゃって……」


 そう真樹に言われて詩音は気づく。確かに部活を辞めて以降、何度か真樹に誘われたがやった記憶がない。


「なんだか詩音、変わったね。いや、変わったっていうより昔の詩音に戻ったみたい」


 だから立て続けに言う真樹の言葉につい反応してしまった。


「戻った? 昔の私に?」


 正直詩音は変わったつもりはない。実際、久しぶりに翼に再会した時は変わってないと言われた。戻る以前にそもそも変わってないのだから一体どこが昔に戻ったというのだろうか?


「なんだろ? 子供っぽくなったって感じ? あ、もちろんいい意味でね!」

「何それ? 全然良くないじゃん! ……私は早く大人になりたいのに」


 ムッと顔をしかめて不機嫌さを露わにする詩音を見て、より一層真樹は口元に弧を描き、詩音の頬を突く。


「時々大人っぽくて、考え事してる詩音も好きだけど、コロコロ表情変わる子供っぽい詩音もアタシは好きだな〜」

「もうっ! そんなこと言ってないで、電車が来たから早く乗ろっ!」


 真樹が言うように子供っぽくなったことが本当なら、それはきっと空たち姉弟に再会したのが原因だろう。あの姉弟、特に空は大人になろうとする詩音を掴んで子供へと引きずり戻そうとするのだから。


 だけど、それを認めたくない自分がいて、無性に照れ臭くて、恥ずかしくて、ただでさえ暑いのに詩音は頬を赤く染めて冷気漂う電車内に逃げるように駆け込んだ。





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