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「ということで! 彩夢さんにもう一度会えるようにしようと思います!」
蝉の声が鳴り響く中、負けないくらいの溌剌とした声で空は宣言した。空の大声は詩音と翼の脳に一直線に伝わる。
そして、空は自信満々に溢れた笑みを浮かべるが、詩音は納得のいかない不機嫌な表情を見せ、翼は視線を空と詩音の間を行ったり来たりとそわそわしながら動かす。
相変わらず鬱陶しいくらい熱い日差しが三人を照らしつける。月曜日の学校帰り、放課後の時間だというのに衰えることのない熱気が空を焚きつけるようにまとわりつく。
「……で、伝えたいことがあるってメッセージで言ってたから来たけど、何かしれっと始めてない? 私が納得してヒーロー活動する理由を用意してないならやめるって言ったよね」
やめると口にする詩音に翼はぎゅっと口元を閉じ、不安で瞳を揺らす。だけど、空は翼とは違い、「それが何か?」とでも言うかのようにただ平然としていた。
「納得できるも何も、あたしは詩音のサポートがなきゃしっかりヒーロー活動できないんだもん」
「……は?」
あまりにもめちゃくちゃで個人的な理由。いや、理由というよりも我儘だろう。
「彩夢さんだってあたしだけじゃ助けられない、勇気を与えられない。翼がヒーローでいさせてくれて、詩音が支えてくれて、それで、やっとあたしはヒーローとして踏み出せる。それじゃあ、だめ?」
暴論だ。暴論に違いない。だけど、曇りなき真っ直ぐな瞳で空は詩音の心に訴える。詩音のどんなに正しく、大人な発言も塗りつぶす。
「……あーもう、仕方ないなー。分かったよ」
空がヒーローをもう一度目指し始めた時点で、詩音が空の隣にいた時点で、もう一緒に進むことは決まっていたのかもしれない。
大人になろうとしている詩音を空は子供へと引き戻す。
「じゃあ、手伝う。でも、その代わり最後までやりきってよね!」
「もちろん! 約束は守るよ! だってヒーローだからね!」
ヒーローでいるときは、空たちといるときだけは子供でいよう。あの頃の放課後に戻ろう。
後ろを振り返ることがなかった詩音が少しだけ振り返り始める。
「お……し! まずは彩夢って人と会うことが第一だよね?」
腹をくくった詩音の切り替えは早い。空は頬が緩む。やっぱり、詩音がいると心強い。無敵になった気分だ。
「うん、そう。とりあえず、会えば何とかなる。何とかしてみせる!」
相変わらず無茶苦茶だなぁ、と、詩音は苦笑いを浮かべる。しかし、不思議と説得力があった。悔しい話、空は持っているのだ。どんな無理なことでもやり切ってしまう何かを持っているのだ。
きっと、空は彩夢に会えば過去に沈んでしまった彩夢の未来への気持ちを掬い上げてくれるだろう。
では、詩音もそれに応えよう。今から言うことは確実な根拠もない暴論かもしれないが、空を彩夢へと導いてくれるはず。
「たぶんね、たぶんだけど、まだ本当に引きずっているとしたら、またあの東屋に来ると思う」
「あの東屋に?」
「そう、あの人は、来るよ。でも、きっと臆病だから空ちゃんがいるかもしれない日曜日は避けるかも。平日に大学生があそこにいるのは不自然で目立つからきっと来るとしたら土曜日」
来てくれる保証なんてない。側から聞いていれば、ただの詩音の戯言。
信じるか信じないかは空次第。だけど、詩音は知っている。空は信じてくれると。
「分かった! じゃあ、また、今度の土曜日、次は丸一日、東屋にいる!」
だって詩音は空の相棒だから、ヒーローの心強い味方だから、空は信じるのだ。
空は勢いよく立ち上がる。拳を天に向かって突き上げて、気合いを入れ、心の奥底からふつふつと燃え上がる決意を宣言する。
「あたしは彩夢さんに勇気を与えてみせる! それが、ヒーローであるあたしができることだから!」
空は想いを馳せる。勇気を与えたその先に、翼や詩音だけでなく彩夢とも一緒に未来に向かって走っていきたいと。
ちらりと空は詩音を見る。空の中での彩夢のイメージは昔の詩音に近いものだった。昔から詩音は控えめな性格ではあったが、感情の起伏が激しく、よく泣きよく笑う子だった。それに未来なんて見てなくて、目の前のことにいっぱいいっぱいだった気がする。
彩夢の手紙からも色んな感情が溢れ出ていたのだ。学校での嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと……。一つ一つの出来事に対して、繊細に彩夢は感情を手紙に綴っていた。
それが温かくて、優しくて、愛おしくて。だからこそ、心苦しくなった。昔の詩音と違って彩夢が未来を見ようとしないのは目まぐるしく変化する今を一生懸命に生きているからだけではなく、未来を恐れているから。
そう、だから、ヒーローの出番だ。
空は瞳にキラキラ太陽の光を宿し、力強い笑みを浮かべた。




