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◇8◇


 その日はいつも通りのはずだった。


 受験に対する不安、親からのプレッシャー。そんなストレスを晴らすために少年たちは放課後、定期的に気弱な同級生を呼び出して、遊びという名のいじめを行なっていた。

 だけど、だ。


 その日は違ったのだ。


 雨が降り続いて、ストレスがたまる今日この頃、同級生を呼び出して、学校からいつもの遊び場まで移動していた。

 遊び場である神社までの道のりの途中、つい数日前に出会った女子高校生と再会した。


「あっ、この前の先輩じゃないですか!」

「やっほ〜。また会ったね」


 どうやら彼女は少年たちが通う中学校の卒業生。そして、彼らのいじめを知る数少ない人物。いじめを黙認し、ラフに接してくれるのだからある意味協力者だろう。

 そういった理由から少年たちは会うのがまだ二度目だというのに彼女を信用しきっていた。


「また、あそこの神社でお遊びをするのかな?」

「そうっすね! また、こいつを遊んでやります」


 少年たちは気弱な同級生を小突きながら答える。

 しかし、少年たちの返事に女子高校生はくぐもった顔つきをする。


「そうなんだ……。ねえ、神社でその遊びをするのは何回目?」

「何回目? いや、特に数えてないんすけど、何かあるんすか?」


 たぶん、彼女を信用していなかったら耳を傾けることすら無かっただろう。


「うーん……。噂……というか、怪談話……なんだけど……。あそこの神社、出るらしいんだ」


 その話は初めて聞くものだった。

 女子高校生は思い出しながらだろうか、たどたどしく話を続ける。


「昔、あの神社でいじめられていた女の子がいてね、十回目だったっけなぁ? とにかく、何回目かの時に、その女の子が神社で自殺したんだって」


 ちらりちらりと女子高校生は気弱な同級生を伺うように目を向ける。


「その女の子の怨霊がまだ残ってるらしく、女の子が自殺するまでのいじめの回数と同じ数、いじめが起きたら呪われるんだって」

「呪われるって俺らがですか?」

「さぁ? 噂だからなんとも言えないよ。でも、所詮は噂。君たちもそんな噂で怖がる年じゃないでしょ?」


 そう、結局は噂。信じるも信じないも少年たち次第。

 だが、弱者を虐げ、強者としての優越感に浸るいじめをしている少年たちにとって、噂を怖がるということは自分たちが強者ぶりたい弱者だと認めるということ。


 それは、彼らのプライドが許さない。


「当たり前じゃあないですか! 俺らそんな噂で怖がったりしませんって」


 少年たちはのせられるように返答する。


「うんうん。そうだよね。あ、あとね、呪われた時の対処法があるんだって」


 対処法があるとは随分とまあ親切な噂だ。


「自分がいじめていた事実を告白する。そして、この噂を広げることらしいよ!」


 方法が方法なだけに少し胡散臭い。これはいよいよ噂に過ぎないと少年たちは確信する。


「……てか、先輩は誰からその噂を聞いたんですか?」

「先輩から! あっ、私の中学時代の先輩からね」

「先輩先輩紛らわしいっすね。先輩の名前ってなんすか?」

「私? 私は詩音(しおん)だよ〜」


 女子高校生、詩音は少年たちに名前を言う。

 明日、学校に行ったら先生にお願いして卒業名簿から彼女の名前を探してみようと、考えつつ別れを告げた。

 詩音と別れた後も少年たちは例の噂が頭の隅に引っかかっていたが、いつものようにいじめが始まると忘れていた。

 蹴り上げる音、苦しそうに吐き出される声、歪んだ笑い声。

 でも、その全てを隠す雨の音。


 雨の日は音を全て消してしまうから、晴れの日以上に周りを気にせず夢中になれる。


 だから、「それ」に気づくのにも少し遅れた。


「……何、あれ?」


 最初に気づいたのはいじめられっ子の同級生だった。

 蹴られ、倒れ、地べたに転がっていた彼は少年たちの後ろにいるそれが目に入ったのだ。


「……ん? あれ?」


 少年たちは挙動不審になる同級生を怪しく思いながら、彼の目線の先、後ろを振り向く。

 それはひっそりと、だけど、圧倒的な存在感を放っていた。


 そこにいたのは黒髪の少女。


 雨も降っているのに傘を手に持ってなく、四つん這いになって地べたに這いずりまわりながら近づいてくる。

 前髪が隠れ、はっきりと見えないがちらりちらりと覗かせる表情は、目の下にクマがあり、口から血が垂れているように見える。

 しかも、よく見たら少女が着ている服は少年たちが通う中学校の女子学生の制服。

 だけど、こんな不気味な少女がいただろうか?

 いや、いない。


「……みつけた」


 囁くような小さな声でその不気味な少女は呟く。


「みつけた。みつけた。ああ、ユルセナイ」


 口を開くたび赤い液体が端から垂れていく。

 少年たちは詩音との会話を思い出す。


『あそこの神社、出るらしいんだ』


 出るとは、この目の前にいる少女だろうか?


『女の子が神社で自殺したんだって』


 こんな不気味な姿をしているのは自殺をしたからだろうか? 怨霊だからだろうか?


『呪われるんだって』


 呪われる? 誰が?


「ユルセナイ。ユルセナイ。ユルセナイ」



 あ、いじめているの自分たちが、か。



「「「う、うわぁぁああ」」」


 ぞわりと背筋が凍る。

 噂かどうかなんて関係ない。目の前にいるこの少女は紛れも無い真実。

 少女の伸ばしてきた手を跳ね除け、少年たちはいじめていた同級生を置き去りにして逃げ出す。

 とにかく、ここから離れなければ、逃げ出さなければ呪われてしまう。


 怖い。怖い。怖い。


 傘を置いてきた? 関係ない。

 服が濡れる? 関係ない。


 道行く人々が珍妙な目で彼らを見ていくが、気にするほどの余裕が彼らにはもう無い。


 ……それからのことはあまり良く覚えていない。

 夢か現かわからないほど記憶が混在し、時間がただ流れるように彼らを飲み込む。

 翌朝になれば、それこそ夢だったかもしれないと思うようにもなる。

 しかし、それは現実の出来事だったと思い知らされる。

 学校に着くや否や人混みの多さで自分たちの教室に何かがあったと気づく。少年たちは思い思い、人だかりに混ざって、騒ぎの中心である教室の黒板に目を向ける。

 そして、絶句した。

 黒板には鮮血のような赤い何かで大きくメッセージが残されていた。


 ミツケタ

 と。








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