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武術を覚えなくても護身術があればだいたいなんとかなる

 今回訪れた街は前回の街の南東に位置し、湾沿いに発展したため漁業が有名な港町だ。この街の魚市場では毎日新鮮な魚が手に入り、魚料理が有名だ。シン達は魚市場で魚を買った帰り道。

「この街の魚は新鮮で美味しいですよね!でも…毎日魚料理とはどういうことなんだよシン兄!!」

「うん。まあ…その…なんだ。魚が安いんだよね。野菜や肉よりも……」

 この街へ来てだいたい1ヶ月程が過ぎた。その間の食事は7割以上が魚料理だった。カイルは魚料理が飽きたのか不機嫌そうな顔をしている。

「はい。ごめんなさい。しばらく魚料理は自重します……」

 シンがカイルに頭を下げていると、視界の端に見覚えのある顔を捉える。その顔が誰だったのか思い出す。壮年な顔で特徴的な金色の髪の毛、中肉中背な体格。

「あ!思い出した。アイツ、カイルの変装魔法を見抜いたヤツだ!」

「それって前に言っていた人ですよね?どうします?僕の存在がバレてしまうかもしれないですし、追ってみますか?」

 変装魔法を使っていたこと自体はバレているが変装魔法の下の姿はバレていないはずだ。しかし、魔法を見破れる程の実力があるのなら彼から魔法の使い方の話を1度聞いてみたい。

「そうだね。彼と1度話をしてみたいし追ってみるか」

 彼の跡を追っていると細い路地に入って行った。同じ路地で曲がるといきなり腕が伸びて来てシンは地面に叩きつけられる。突然の出来事で混乱していると彼はシン達を思い出したようで、表情を緩め手を離す。

「なんだ君たちか。誰かに付けられてると思って反撃しちゃったよ。悪いね。大丈夫?立てるか?」

 そう言うと手を差し伸べてシンの体を引き起こす。

「私はアカードだ。君たちの要件は何だ?あまり時間が無いので手短に頼むよ」

「前にあなたは変装魔法を見破っていましたよね?どうして見破ることができたのかと、どうかければ良いのか参考を貰えないかと思いまして」

「ああ、なるほど。そういう事か。それなら……」

 アカードはカイルに近づき顔を近づける。

「ここの鼻の部分や頬の部分だね。大半の人は知らないんだけど一部の人は気づくんだ。君は魔人族に変装してるんだよね?でも、骨格が人間族のものなんだ。ちょっと失礼するよ。ここの頬骨の部分。魔人族ならもうちょっとスッキリしているはずなんだね。鼻の部分も少し低い」

 シンは確かにカイルに変装魔法を教えた時、人間族の骨格で説明をした。魔人族や他の種族の骨格を見たことはあるがそこまでは気にしていなかった。変装魔法をする時は変装後の状態を気にしないといけない。

「ところで、素顔ってどうなってるの?」

 アカードはカイルの顔に手を伸ばす。変装魔法はマスクを被せたような感じだ。そのため、マスクを外してしまえばその下の素顔が露見する。シンが叫ぼうとした時にはもう遅かった。カイルはその紫色の肌と真っ黒な瞳をアカードの前に晒す。シン達は突然の出来事に困惑している。

「なるほど。君は魔族の少年だったのか。珍しい。と、その前に悪かった。まさか変装の理由が魔族だとは思わなかった。このままでは街で歩けないから……私の屋敷に来るといい。上手い変装魔法のかけ方も教えてあげよう」

 アカードは応急処置の変装魔法をカイルにかけて路地から出ていく。アカードの想定外の反応にシン達はまたも困惑する。そんな姿には目をくれず歩いていく。アカードは振り向きついてこないシンにどうしたと聞く。シンは訳の分からないままアカードについて行き、カイルもそれを追う。


 アカードを追っていくとそこには大きな屋敷があった。アカードは門番と話をしてシン達を中に入れる。庭がとても広く木々や草花が綺麗に整えられている。玄関の扉を開けると中には豪華な装飾品の数々が来客を出迎える。シン達は応接室に案内され屋敷のものにお茶を出される。このお茶というのは嗜好品ではなく会談などに使われる儀礼的なものだ。あまり飲むものではないが、カイルは既に飲み干していた。

(この屋敷といい、儀礼用のお茶といい彼は一体何者なんだ…?)

(ますます気になるところだね。カイルの正体を見ても動揺しなかったあたり味方になってくれるといいねっ!)

「アカードさん。ひとつ聞いてもいいですか?どうしてカイルの正体を知ってなお普通に接しているんですか?」

 アカードはさもどうでもいい様子で答える。

「なんだ。そんな事か。別に魔族に興味は無いよ。過去に罪を犯したとしてもそれは過去の魔族で今の魔族ではない。過去の罪を未来の子孫が引き継ぐとしたらこの世は犯罪者だらけになってしまうではないか。そんな事はバカバカしいと思わないかな?」

 シンは驚いた。この国で法の不遡及の概念を持っている人がいるとは思いもしなかった。この国に来てから何人かに魔族について尋ねたが、答えは決まって「見つけ次第殺す」だった。しかしここに来て初めて魔族に敵対しない大陸の人間に出会えた。少なからず、大陸にも敵対しない者がいる。この収穫があっただけでも今回の旅にはお釣りが返ってくる。

「そろそろ本題に入ってもいいかな?その前に自己紹介を。私の名前はベルファング・アカードだ。ここ一帯の領主をしている。前置きはこのくらいにして本題に入ろうか……」

 変装魔法はもちろん、色んな魔法の扱い方のレクチャーは小一時間続いた。アカードは無意識に科学を使っている部分があって納得して聞いていた。

「……私が教えてあげられるのはこのくらいだ。シン君は横で大人しく聞いていたが何か知りたいことはないかな?」

「そうですね…強いて言うなら武器を扱えるようになりたいですね。僕の魔法は氷系に依存してしまうので氷が使えない状況だと役に立たなくなりますからね……。実際、最近赤髑髏盗賊団に襲わ…」

 アカードの目つきが変わる。赤髑髏盗賊団に何かあるのか。

「なるほど赤髑髏盗賊団に襲われたのか…。その詳細を教えて貰ってもいいかな?」

 どうして赤髑髏盗賊団にここまで執着しているのか、不思議がりながらも教える。赤髑髏盗賊団のメンバーが冒険者に紛れていたこと、内部からの犯行と周到な計画性、そしてリーダーの狡猾さなどを話す。話を聞き終わるとアカードはぶつぶつと独り言を始める。

「報告の内容と同じだな…。だが、ヤツの情報が少ない……」

「アカードさんは赤髑髏盗賊団に何か恨みでもあるんですか?」

 シンは率直な疑問をぶつける。

「恨み…ああそうだ。恨みしかないね。今から30年くらい前に起きた村が地図から消えた事件を知っているか?……そういう事件があったのだが、その事件の唯一の生き残りが私だ。そしてその主犯こそがまだ赤髑髏盗賊団と呼ばれる前の名も無き盗賊だった。私から父と母、そしてたくさんの村の人々の命を奪ったアイツだけは許せない」

 聞いてはいけないような事を聞いてしまって少し目を逸らし、沈黙の時間が流れる。アカードは悪いねと謝り、場の空気をリセットする。

「シン君は武器の使い方を知りたいんだよね?……うん。槍は万能だけどメインで使う訳じゃないからあまりおすすめは出来ないな…。携帯性を考えると剣、手斧、短刀後はあまり使う人はいないが多節棍なんかもある。どれが使いたい?」

 剣や多節棍は極めると強い分初心者が扱うのは難しい。その点短刀や手斧は初心者でも扱いやすく応用もきく。

「短刀より手斧の方が応用がききますよね。なら手斧にしようかなと思います」

 そしてまた始まる小一時間のレクチャー。別にナイフ相手に素手で戦うこともできるが、先日のように相手が二本持っていたら難しくなる。しかし、こちら側も武器を持っていれば相手が二本でも対応できる。手斧は元々が斧なため誰でも扱いやすく、「斬る」以外にも「突く」「殴る」「防ぐ」「投げる」など様々な使い方がある。

 話が終わる頃には日が暮れ始めていて今日はアカードの屋敷に泊まっていくことにした。翌日。アカードに感謝を告げ屋敷を出る。そして武器屋に向かう。とにかく武器が欲しいのだ。武器屋に着くと様々なな武器が並んでいるがシンは目的の物まで一直線に進む。手斧は数種類あり、デザイン性や重量などで値段が変わっている。シンは品定めをしようとするが直ぐに諦める。正直言って素人には違いが分からない。とりあえず手頃な値段の物を買い試し斬りをする。斧は空を切り裂き、突く。

(うん。これなら僕でも扱えそうだ)

「シン兄どう?使えそう?」

「ああ、問題無いよ。アカードさんに教わったこともできそうだ」

「それなら僕も教わった事を実践したいので模擬戦闘とかしませんか?」

 カイルが意外な提案をしてきた。確かに1回も練習せずにいきなり本番と言われてもさすがに難しい。


 シン達は街の郊外の平原に移動する。

「模擬戦闘を始めようか。ルールは……相手の頭に触れたら勝利。ただし、体への傷害を負う程の直接攻撃はナシ。あくまで攻撃は勝利条件のための手段だ。これでいいか?」

「はい大丈夫です!これでいきましょう!」

 ルールが決まり、開始の合図をカイルに譲る。合図が終わるとカイルは勢いよく飛び込んでくると同時に、正面に火球を放つ。シンは横に避けようとするが何かにぶつかる。そこには土で出来た壁が形成されていた。咄嗟に斧で火球を弾き攻撃を防ぐ。カイルの方を見るともう一度距離を詰めてきている。今度は正面に土の壁を作りながら突進している。シンは迎え撃ち土の壁を蹴りつけて壊す。しかしそこにカイルはいない。右側にカイルが現れて頭をめがげて手を伸ばしている。シンはカイル腕を手で弾き、そのまま背負い投げて地面に叩きつける。そのまま関節技に持っていき動きを封じたところでカイル頭に触れる。試合終了。勝者はシンだ。

「あっははは。やっぱシン兄は強いや。全然敵わないです…」

「いや、僕も防御しか出来なかったし攻撃に回ればこんなに上手くはいかなかったよ。カイルの攻撃のセンスこそ驚いたよ」

 シンは関節技を解きカイルを起こす。

「今はまだそんなに上手じゃないけどもっと強くなりたいです!そうすれば赤髑髏盗賊団だって敵じゃない!!」

「ああ、そうだね。もっと強くなろう」

 想定し得る最悪の場合はハリドーアとの全面戦争だ。さすがにその想定にする訳にはいかないが念の為に戦力は強化しておいた方が不測の事態に対応できる。これからは魔物退治や護衛任務などの以来も少しは受けてしまえば鍛錬もできるし報酬も貰えるしで一石二鳥だ。シンは今後の事を考えながら街に向かう。割とすぐにこの力を使うことをシンはまだ知らない……。

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