三方よしとは冒険者も同じ
秋の夜風は少し肌寒く、身震いを引き起こす。シンは秋の夜風と空腹で目を覚ます。昼間にカンポスの実を買ったことを思い出し、鞄の中から取り出す。椅子にはカイルが座っており机に伏せて眠っている。
(ああ、自分の事しか考えてなかった。カイルにベットを譲ってやるべきだったな……)
(シンは優しいね。それにカイルに科学知識を教えるのも上手だから教育者に向いてるんじゃないかなっ?)
(うーん。僕は今、一応外交官みたいなことしてるんだけどな。将来の夢も外交官になることだし。でも教育者もいいかもね)
窓の外を見ると夜景がキレイだ。よく見ると夜店が並んでいる。秋の収穫祭なのだろうか。時計塔を見ると19:00を指していた。しばらく眺めていると隣にカイルが立っていた。
「今日は祭りだったんですね。楽しそうですね……」
そういえば旅を始めてからまだ一度も楽しいことをしていない。カイルには少し辛かったのかもしれない。
「今から行く?」
カイルは目を輝かせて顔を大きく縦に振る。カイルはまだ子供だからメンタルケアを怠らないようにしなくてはとシンは決心する。
通りに出ると窓からでは聞こえなかった賑やかな声がはっきりと聞こえる。客を集める声。祭りを楽しむ親子や恋人たちの声。色んな声が混ざりあって楽しい空間を作っている。カイルは目を輝かせて、あちこちを見ている。
「シン兄!あれ!あれ食べてみたい!!」
カイルが興奮気味に指を指していたのは、カルメ焼きのような飴菓子だった。シンは店の前で制作過程を観察する。通常カルメ焼きにはザラメや三温糖を使用するのだが、この店は黒糖を使用している。おそらく砂糖の製造工程を知らないのだろう。しかし黒糖で作るのはそれはそれで美味しそうだ。2つ注文し代金を支払う。ひとつ銀貨2枚で意外と高い。黒糖が多分高いのだろう。カイルに渡すと早速口に入れている。
「あっまいいい!」
カイルは幸せな表情で叫ぶ。シンも口に入れ味わう。甘さの中に黒糖由来の仄かな渋みがありこれはこれで美味しい。
「うん美味しいね。他にも食べたいものがあったら言うんだよ」
カイルは周辺の屋台を片っ端から周っていく。屋台を周っていくうちに冒険者組合前の広場に出る。そこでは酒を飲んでる者もいる。冒険者組合前で飲んでるグループがこちらに気づき呼んでいる。
「おう、兄ちゃん収穫祭は楽しんでるか?お前の連れだろ!?昼間に魔力測定して18万12万という驚異的な結果出したの!」
どうやらカイルが高スコア出したのは周知の事実らしい。
「その後、組合ですごい噂になってたんだけどよお前ら登録してすぐに組合を去っちまうから謎の冒険者が現れたって大騒ぎしてたんだよ!」
どうやらカイルは噂になって大騒ぎされていたらしい。
「僕たちが去った後にそんな事になっていたんですね。長旅をした後だったからその後疲れてすぐに宿屋に眠ったしまったんですよね」
適当に話を合わせてその場を立ち去る。カイルはちょっとした有名人になっていたのが嬉しいのか笑顔だ。
「どうした?有名人になって嬉しいのか?」
「それもあるけど、こんなに楽しい事は生まれて初めてでめちゃくちゃ楽しいんです!」
それを聞いてシンは我に返る。
(そうか、カイルやアルティア王国の人は基本的にこんな経験しないんだ)
(アルティア王国の人達にも必ずこんな笑顔になれるよう頑張らないとねっ)
「ああ、そうだな。カイルやアルティアの人が安心して楽しく暮らせる世の中になるように僕が絶対してみせる」
シンは再び決意する。秋の夜空には二つの星が輝いている。その二つの星はずっと昔から輝いていて、航海士が目印なんかにしている。二つの星が共に輝き続ける。それがアルティアとハリドーアの関係になって欲しい。シンはそんな事を考えながら帰路に着く。
翌日、街は平凡な日常を取り戻している。まるで昨夜の祭りは無かったかのようだ。シンは日の出からだいぶ過ぎてから目を覚ます。カイルはベットでぐっすり眠っている。時刻は8:00。シンからしたら活動時間としては遅めだ。毎朝の日課をこなし、ジョギングの代わりに街を散歩する。よく見れば通りにある店は様々な種類がある。食事処や呉服屋、装備品を販売している店もある。散歩を終え部屋に戻るとカイルが起きていた。
「あ、シン兄。おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
「おはよう。少し早朝の運動をね。お腹空いてる?朝ごはんにしよう」
シン達は冒険者組合の食事処に向かう。冒険者組合の系列店は冒険者であれば割引がきくのだ。朝ごはんを食べそのまま依頼掲示板に向かう。
(昨日は登録を済ましてから依頼は受けなかったんだよな。何があるのかな?)
依頼掲示板には様々な依頼書が貼られており、一つ一つ内容を確認するのは面倒だ。すると隣に男が並んできた。
「おう兄ちゃんじゃねえか。何だ?依頼を受けるのか?初めてだろ?良かったら俺が教えてやるぜ」
「あ、昨日の……名前は聞いてませんでしたね」
「俺はジキーダだ。兄ちゃんは?」
「僕はシンでこっちはカイル。ありがとうございます。何を受けるか迷ってたところだったので助かります」
「そうだな。依頼の種類は様々だが、魔物討伐と護衛任務は報酬が高い分人気も高い。その日の内に無くなるだろう。後は害獣駆除や人員募集、雑用系が大半を占めている。報酬は高いものもあれば安いものもあるから見切りが大事だな。だいたい報酬が高いものほど掲示板の中央になりやすいから報酬額で決めるなら依頼書の位置で見るのがおすすめだ。……こんなもんかな?」
シンは掲示板の依頼書を確認する。たしかに中央の方が報酬が高い。内容も魔物討伐や護衛任務が多い。次いで、中央周辺の依頼書も確認する。中央に比べ簡単なものが多い。シンは依頼内容の方向性について考える。
(簡単なものでも報酬は十分にあるしわざわざ高いものを受ける必要は無さそうかな。どの道、ランクが足りないし)
ランクとは冒険者ランクのことで、S~Cの四段階になっている。シンは現在最低のランクCでカイルは魔力の高さからBスタートだ。報酬が高い依頼は一定以上のランクを要求されることがほとんどだ。ランクを上げるには一定数の依頼をこなし、組合から高評価を受けなければ上がれない。依頼をこなすだけではなく人望も上げなければ昇格はできない。シンは中央付近の依頼書を確認し、適当なものを見繕う。
「何だ?それにするのか?依頼内容は……うん。兄ちゃん達の実力ならそれくらい楽勝だろうな。頑張れよ!」
シンは感謝を伝え依頼受付窓口に向かい、受理する。シンが受けた依頼は新しく開く装備品屋の開店作業の準備だ。報酬は一日で金貨1枚と銀貨30枚だ。数日かかるそうだが来てくれた日数分報酬は支払われるとのこと。日にちは明日からとなっている。明日まで時間があるため街の観光と調査をすることにした。朝の散歩のときでは分からなかった人の流れ具合でその店の人気具合が確認できる。冒険者組合の系列店が並ぶところは冒険者が多いため活気がある。酒場などでは昼間から飲んでいる者もいる。逆に大通り沿いの店はあまり活気は少ないが客単価が高そうな貴金属店や銀行などの機関が並んでいる。次の街までの旅費を稼ぐためにしばらくこの街に長居する事になるから、生活必需品や食料を安く手に入れれる場所も探し回りその日は終わる。
次の日、依頼書の地図に示された場所に向かう。開店前の店はすごく味気がない。扉を開け中に入るとかなりの広さがあり、女性が忙しそうに動いている。こちらに気づいたようで、
「すいませんまだ開店してないんです。あと数日で開店できると思いますので、日を改めてお越しください」
「あ、いえ。冒険者組合の者です。ご依頼を受けに来ました」
シンは依頼書を彼女に渡し、確認させる。店主は慌てて謝罪し感謝を告げる。
「まずは何から始めればいいですか」
「えっとまずは店内の掃除から始めてくれるかしら。それが終わったら店裏に荷車を持ってくるから商品を店の中に運び入れて欲しいの」
店内を見ると確かに埃や泥などで汚れている。クモの巣なんかも張っていたりする辺り、前の店が閉店してから随分と時間が経っているのだろう。シン達は店内の掃除を始める。床、壁、天井を一通り綺麗にし終わったところで、その日の依頼を終える。シンは女性から今日の報酬を受け取り宿屋に帰る。翌日、また店に行き残りの作業を終わらす。既に荷車は店裏に運んでくれていたようで、すぐに商品を運び入れることができた。商品を店頭に運び棚などに並べ終わる頃には、昼頃になっていた。店主が昼飯を用意してくれたのでご馳走になる。
「かなり早くて助かるわ。本当はあと一日くらいかかると想定してたんだけど……そうねえ、あななたちがよければもうひとつ依頼を追加していいかしら?もちろん報酬は追加で支払うわ」
店主が追加で依頼したのは看板作りだった。それくらいならなんでもないとシンは引き受ける。設計図を描いて木材を切り組み立て店名をペンキで綺麗に書く。あっという間にスタンド型の看板が出来上がり店主はその速さに関心している。
「まあ、あなたとても器用なのね。ありがとう。おかげで助かったわ。これは今日の報酬よ」
シンはそんなことないと謙遜し報酬を受け取る。冒険者組合に依頼書を提出し、仲介手数料を支払い初めて依頼を達成する。
「初めての依頼は何とかなりましたね。でも、まだまだお金は足りませんしもっと稼がなくちゃですね!頑張りましょう!」
「そうだな。ここの街で旅は終わりじゃないからね。月に金貨20枚~30枚程を目安に頑張ろう」
宿代金貨9枚、食費金貨5枚、雑費金貨3枚。計金貨17枚これが最低限の月の支出だ。残りの金貨13枚は旅費として貯金されるこの量なら2ヶ月あれば次の街に行くことが出来る。かなりギリギリの生活にはなるが最悪、討伐や護衛の任務を受ければいい。シンはこれからのことを考えながら次の依頼を探す。