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心理とは不意に近づいてしまうものである

 赤道付近の昼間の海岸はとても気温が高く、嵐が過ぎ去った後の晴れた空では尚更だ。濡れて冷えきった体は戻に戻りつつある。時折、風が頬を撫でて心地よい。ずっとこのまま寝ていたいと思ってしまうがシンは意識を取り戻す。

(ミツ?起きてるか?あれからどうなったか覚えてる?)

(ん?あーえっと……ごめんね。シンが気を失ったあと私がしばらく体を使っていたんだけど、すぐに気を失ったちゃった……)

(なるほど。ありがとう)

 シンは起きて辺りを見渡す。カイルは紐で繋がれてるから周辺にいる。どうやらどこかの海岸に漂着したようだ。船の姿は見えない。とりあえずカイルを起こす。

「ほら、起きて。多分大陸に到着したよ」

 カイル揺すぶられ目を覚ます。そして辺りを見渡し嬉々とした表情を見せる。

「着いたんですか?勇者サマ!」

「うん。多分ね。まだ詳しいことは分からないから調査しなきゃね。あと大陸での勇者呼びは禁止。僕が勇者であるとバレるのまずいからね」

「勇者サマの名前ってあるんですか?」

「ああそうか。そういえば名前はまだ名乗ってなかったね。僕はシンだ。呼び方は好きに呼んでくれて構わないよ」

「分かった!じゃあシン兄って呼ばせてもらいます!」

 さてここからどうしようかとシンは考える。ここが大陸なら周辺に集落や村があるはずだ。遠方を見渡すが崖と森しかない。まずは高台を探して森の方へ移動する。途中川を発見して休憩し、森を抜けると丘陵地になっていた。その中でも一番高そうな丘に登り再度辺りを見渡す。北西方向に目を凝らすと家が見える。村だろうかその家を目指す。村ではなくただの小屋だった。カイルは少し落胆しているが小屋の中に入るとおそらく作業小屋であろう痕跡がある。この辺りで何かの作業をする人がいるのだろうか。

「あー……心苦しいがこの中から必要なものを少し拝借しよう。装備品は船ごと流されたし今の僕たちだと文明社会では生きていけない」

(勇者なのに盗賊の真似事ってなんだか面白いね)

(しょうがないだろ。他にこれといった方法は無いんだから)

「シン兄?ここのものを勝手に持っていったらここの人は困ってしまうんじゃないかな?」

「僕たちの生活基盤が整ったら改めて返しに来よう」

 壁に掛けてあったマント、机の上に置いてあった鞄に、引き出しの中に入ってた硬貨のようなものを数枚拝借する。マントはカイルに着せるがサイズが大きいようで端を千切る。鞄を背負いもう一度丘陵地に向かう。もう一度辺りを見渡すと北の方向に森がある。森の中から一本の煙が立ち上っていた。

「あの煙の下に誰かがいるのかも。あそこを目指そう」

 カイルは頷き煙の下を目指す。森の中で途中、木の実などを採取しているうちに目的の煙の下に着く。案の定薪を焚いている男性の姿があった。薪の上には何かの肉が串に刺さっている。彼は狩人なのか。

「僕が必要なことは話すからカイルは必要以上に話さないで」

「うん。分かった」

 シンはマントのフードを目深に被せ顔を見せないようにして彼に近づく。彼は突然の来訪者2人に警戒の表情を見せる。

「僕達は怪しいものじゃありません。……と言っても信用してくれると思いませんが。まあ、それはさておいて僕たちはここから南の方向の海岸で漂流した者です。よければここがどこだか教えてくれませんか?」

「漂流者?君たちは一体どこからやってきたんだい?この辺りに港なんてないんだけどなぁ…」

「僕達は海を旅していたんですよ。2人で無人島を巡りながら行けるところまで。そしたら、先日の嵐に巻き込まれ船が転覆。僕達は近くの海岸に漂流したんですよ」

「そっちの子供はなぜ顔を隠しているんだ?」

「コイツは生まれつき顔にコンプレックスを感じてて僕以外には見せたくないんだ」

(よくもまあ一瞬で嘘をつけるよね。逆にすごいね)

(いや、実は後のことは考えてないその場しのぎの嘘なんだけどね)

 彼は怪訝な表情を見せたが納得したようで現在地の説明をしてくれた。彼によるとここは大陸の南西辺りの森でこのまま森を北に進むと数kmで村があるそうだ。シンは感謝を告げ、北を目指す。

 日が傾き始める頃に村に到着した。村には30軒程の家がある。その中でも一際目立つ大きな家が村の奥の方の高めの土地に建っている。村長の家なのだろうか。

「なあカイル。もしかして魔法で催眠や洗脳の類ってできたりする?」

「やったことは無いですけど……多分できますよ!でも、何をするんですか?」

「あそこの大きい家は多分村長とかが住んでるんだろうけど、情報を聞き出せないかなって。ちょっと旅の者や漂流者という設定では聞き出せないようなものも知りたいしね」

 なるべく村人に会わないように高速で移動する。村長宅(仮)の家の前に着いてドアに手をかけそっと開こうとするが開かない。鍵がかかっているのだろう。家の周りをぐるっと一周する。裏側の二階の窓が開いているのに気づきジャンプして入る。この部屋は寝室だったようでベットが2床置いてある。寝室から出て住人がいないか探す。二階を探し回ったがどこにもいない。階段に向かい一階へ降りようとした時、階下から初老くらいの女性と鉢合わせする。

「だ、誰ですか!?どうやって入ってきたんですか!?」

「カイル頼む!」

「分かりました!」

 カイルは女性の頭に触れて魔法を発動する。

「な、何をし…てる……」

 魔法で女性は物言わぬ状態になった。どうやら成功したようだ。どの程度言うことを聞くのか試す。簡単な動作や受け答えはできるようで質疑応答は問題なくできそうだ。最初に女性とその家族の身分について尋ねる。予想通り、村の村長とその奥さんの家だった。旦那が村長ならある程度の知識があるはずだから村長を待つことにする。村長はどうやら少し出かけているそうで、あと一時間ほど待てば帰ってくるとのことだ。

 一時間後村長が帰ってきて、奥さんの協力ですんなりと魔法をかけることに成功する。

「よし、これでようやく大陸に関する情報が手に入る。知りたいことは山ほどあるからどんどん聞いていこう」

 シンは村長夫婦から様々なことを聞いた。大陸の国家体制や地図、通貨や生活基盤の事など。どうやらハリドーア帝国は王政を敷いているようだ。現ハリドーア帝国104代帝王、ウルメス・ハリドーアの下今の国がある。ちなみにハリドーア帝国側の勇者を召喚したのは先々代帝王のアイロ・ハリドーアだ。通貨については金貨、銀貨、銅貨の3種類がある。この世界の物価と比べて銅貨は1円、銀貨は100円、金貨は1万円くらいの感覚だ。小屋から拝借してきた硬貨を確認すると、金貨が4枚、銀貨が6枚、銅貨が3枚ありだいたい4万603円くらいの量だった。割と大金だったことに驚く。生活基盤を整えるのに定職に着くのは旅の目的上効率が悪いため、放浪できる行商のような職業を探していたところ冒険者という職業がある。冒険者組合に登録して組合に入ってくる様々な依頼を請け負う、要は派遣社員に近いような職業だ。この村には冒険者組合はなく組合に登録するにはここから東方にある街に行かなくてはいけない。この旅の目的地は帝都に行くことで、帝都は大陸の東北に位置し、現在地は大陸南西のため、大陸を斜めに進んでいくことになる。最後に一番知りたかったことを尋ねる。

「魔族についてどう思っている?」

 答えは予想通りだった。カイルには少し酷だったかもしれない。

 村長夫婦から情報を聞き出し終わる頃にはすっかり日は沈んでいた。今日は村長宅に泊まらせてもらうことにした。(※魔法にかかっているので強制です)風呂は無く濡れたタオルで体を拭く。ルートから少し外れるが温泉地があるようで、時間があれば行ってみたいなどとカイルと話しているうちに奥さんが料理を作ってくれた。(※魔法にかかっているので強制です)相変わらず現代人の味覚に合わない料理を口に入れその日は早いうちに床に就く。

 明朝。まだ日もでてない頃に家を出る。出発の際に、村長夫婦にかけていた魔法を解除し気づかれないようそっと窓から脱出する。2人の影は森の東側に消えてゆく。

 日が昇り始めた頃、シンはふと疑問に思っていたことをカイルに尋ねる。

「カイルは魔法を使う時どうしてるんだ?」

 シンは魔法が使えるか試して見たが上手く使えなかった試しがある。

「えーっと……そうですね。強いて言うなら『強いイメージをする』ですか?でも、どうしてそんなことを聞くんですか?シン兄は氷魔法を使えるし身体強化魔法も使えてるじゃないですか」

「えっとね……実はこの氷と身体強化は魔法じゃないんだよね。うーんそっか……イメージ大事か」

 シンは目を閉じ心の中で炎をイメージする。しかし、これだけでは何か足りない気がする。さて炎を発生させるには何が必要か。木だ。木が燃えているのをイメージする。なんだか手が熱いと思い目を開けると、なんとシンの手から炎が上がっていた。

「うわっ!」

 思わず変な声を出してしまい、炎はすぐに消える。

「あれ?シン兄魔法使えてるじゃないですか!」

「ああなんか使えた……。もう一度試してみるか」

 シンは再び炎をイメージするが炎は出ない。木が燃えているのをイメージするとまた炎が出る。ここでシンの頭にはひとつの疑問が浮かぶ。

(もしかして強いイメージってのは具体的なイメージをするって事なのか?)

(そうだとしたら、木の炭素原子までイメージすればもっと火力が上がるし、水素原子を混ぜれば爆発も起こせるって事なのかなっ?もしかしたらこれって大発見じゃない!?)

 試しに木の炭素原子までイメージする。もはや火事ってレベルの炎が出る。火力を落として今度は水素原子をイメージする。爆発した。

「シン兄一体どうしたんですか!?いきなり上級レベルの魔法を使って!やっぱり魔法使えるんじゃないですかっ!」

「あ、いやえーっと……。カイルって炎魔法使う時何をイメージしている?」

「何って火をイメージしてますけど……それがどうしたんですか?」

「試しに木が燃えているのをイメージしてみて」

 カイルは困惑した表情で言われるがままに木が燃えているイメージをする。もうこれは太陽だ。そのレベルの炎ができる。カイルは驚き尻もちをつく。

「何ですか今の!?」

「やはりか……。魔法を使う時のイメージするは具体的なイメージのことを指しているんだと思う。僕もカイルも炎そのものをイメージするから難しいんだ」

「それ今までの魔法理論がひっくり返る大発見ですよっ!さすがシン兄!!」

 具体的なイメージ。即ち、科学の知識を持っているシンは魔法において圧倒的なアドバンテージを得たことになる。これは同時に、カイルに科学知識を学ばせれば圧倒的な戦力となる。今後この戦力は多方面で活躍するに違いない。不意に心理に近づいてしまったシンは少し興奮している。できることが増えたのだ。今までよりも楽に目的を達成出来ることに安堵する。正直、今までに考えていたプランはめんどくさい物が多かったのだ。

「カイルにはこれから定期的に科学の知識を教える。多分それが今回の目的を助けてくれる重要なパーツになると思う」

「カガク?って何ですか?さっき言っていた木が燃える事ですか?」

 この世界の文明レベルが低い理由が分かった。科学のかの字も知らないからだ。魔法という目先だけ便利な力だけを見て、科学という万能の力を見なかったからだ。この真実を独り知ってしまったシンは今、完全無敵状態と化していた。シンは歩きながら、カイルに科学を説明し始めた。最初は身近なことから。例えばなぜ昼と夜があるのか。なぜ生き物は呼吸をするのか。なぜ海は青くて植物は緑なのか等など、分かりやすく丁寧に説明をする。カイルはそんなこと考えたことも無かったかのように驚き不思議がる。その不思議を解明するのが科学だということを教えているうちに街に着いていた。

 街はなかなか大きく面積60km²人口8万人程度の規模のあるだろう大きさだ。街に入りまずは冒険者組合を探す。活気のある通りに行き露天商のおじさんに冒険者組合の場所を聞く。おじさんは丁寧に教えてくれて、情報の代価として売り物のカンポスの実を2つ買った。冒険者組合の場所はここの通りを抜けると大通りになっていて右に曲がって真っ直ぐ進めば特徴的な建物があるそうだ。言われた通りに通り抜け右に曲がり真っ直ぐ進むと、そこには広場がありその後ろには確かにほかの建物と比べ特徴的な作りの建物があるあれが冒険者組合だろう。中に入ると広いホールになっていて左手に受付、奥に依頼掲示板、右手に冒険者組合運営の食事処がある。受付に行き登録を2人分の登録を済ませる。シンは種族を人間族として登録しても問題ないが、カイルは魔族である以上そのままでは問題だらけなため、変装魔法をかけ容姿を魔人族にした。カイルが目深にマントを被っているのを受付嬢は不審がったが、特に何も言われなかった。

「続いて魔力測定になります。こちらの水晶に触れてください」

 横から水晶玉を取り出す。水晶玉に触れると2種類の色が浮かび上がる。

「この赤い色が魔力量で、青い色が魔力効率になります。シン様の魔力量は120、魔力効率は18ですね。人間族の平均が100と10なので少し高いくらいですね。カイル様も触れてください」

 カイルが水晶に触れると受付嬢は少し焦った表情を見せるが、すぐに顔を引き締める。しかし、また焦った表情を見せ、何やら水晶玉の調節をしている。

「お、お待たせしました……。えっと……カイル様の魔力量ですが18万で、魔力効率が12万ですね。魔人族の平均が1万と5000なので魔人族の中でもトップクラスですね」

 カイルの魔力測定は当然の結果だ。なぜなら魔族なのだから。魔族と魔人族は魔法の扱いに秀でた種族なのだ。最後に登録料を支払い、冒険者登録が完了する。これで各地にある冒険者組合で依頼を請け負うことが可能になる。依頼を請け負う前に宿屋を探さなければ今日の寝床がない。受付嬢に周辺に宿屋がないかと尋ねると、組合の周辺にはたくさんあるとの事らしく探し回ることはしなくてよさそうだ。組合を出てすぐに宿屋を見つけ一部屋を数日分予約する。部屋に入ってからここ数ヶ月分の疲れが一気になだれ込む。すごく眠い。明日から依頼は明日からこなしていこうと思いベットに入る。カイルは少し不満そうだが、シンの働きをずっと近くで見てきたためすぐに納得し静かにシンを見守る。秋の昼下がり心地よい気温ですぐに眠りにつく。

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