航海に後悔はつきもの
ところで子供を可愛い、愛おしいと思ったことはあるだろうか?(ちなみに作者が好きである。……え?ちょっとその犯罪者を見るかのような目を向けるの止めて!何もやましい事なんて考えてないから!)……それはさておき、子供は純粋無垢で天使のようなその笑顔を向けられるとついつい、愛おしいと思ってしまいこの笑顔をを守りたくなるものだ。当然それはシンも同じで帆の向きを変え、Uターンをしようとする。
「ああっ!待って待って待って!お願いだから話を聞いて!」
(うーん…どうする?)
(一応話だけでも聞いてあげてもいいんじゃないかな?多分目的があって乗り込んだんだろうし、話だけでも聞いてあげなきゃ可哀想だよ)
「君の名前と目的を教えてくれる?内容によっては君を国に帰さなくちゃいけないんだ」
「俺はカイル!この船に乗った目的は外の世界を見てみたいんだ!!」
カイルは目を輝かしてそう言いきった。
「もちろんこの旅は危険なものだって分かっている。でも、危険なことをすすんでしなきゃ新しい事は分かんないよ!」
「カイル。君が言う新しい事というのはハリドーア帝国との終戦の事なんだよね?それは君の役目にしては荷が重すぎると思うんだ。だからここは勇者である僕に任せては貰えないだろうか。もちろん、最高の結果を約束するよ」
「嫌だ!お願いだよ!俺も連れってよ!俺の魔力値と魔力効率めちゃくちゃ高いからさ足手まといにはならないよ?例えばこの船なら今の速度の3倍は出せるようになるよ。だからさお願い!!」
魔力値と魔力効率とは魔法理論の用語で、魔力値は魔力の最大量の値、魔力効率は一度にどれだけの魔力を扱えるかの値だ。実はシンも魔法が使えるか試して見たのだが、成果は無かった。ここでカイルを連れていくのには確かにアドバンテージを得る。
(6ヶ月かかるのを2ヶ月で渡航できるのは魅力的だし、魔法が使えるだけで貴重だ。うーん……ミツはどう思う?)
(あっちで魔法が使えると色々と便利だし、船上の役割も分担できるし、そして何より、1人で旅をするより2人で旅をする方が面白そうだから私は連れて行っても良いと思うなっ!)
今回護衛を付けなかったのは魔族のその肌色の特徴で目立つからだ。幸いカイルは子供なため、大人よりも目立たない。カイル1人だけなら何とかなりそうである。シンは天を仰ぎメリットデメリットを計算する。そして数秒の後、答えを告げる
「分かった。連れていく。ただし、3つのルールを守ってもらう。一つ、僕から離れないこと。二つ、絶対に正体を隠し通すこと。三つ、僕の指示には必ず従うこと。これらを守れるのなら連れていく」
「もちろん!!勇者サマから離れない、俺の正体は隠し通す、勇者サマの指示に必ず従う。この3つだね?大丈夫守れるよ!やったあ!!」
カイルは喜びシンは頭を抱える。一体この旅路はどんな結末になるのかこの2人はまだ知らない
カイルの魔法のおかげもあって当初の予定では、最初の島に到着するのに一週間かかる時間を半分の三日ほどで着いた。さすがに3倍速を維持するのは困難だったようだがそれでも半分の時間で着いたのはありがたい。岸辺に船を付けて上陸する。久々の地面の感触が心地いい。
(んー!やっぱり地面に足がついてる時が一番落ち着くよねー!船の中はずっと揺れてて好きになれないよ!)
(僕も久々の地面の匂いに少し落ち着くな)
「勇者サマ!この島で何をするんですかっ?」
「この島で一度船の点検整備と食糧の確保をするんだ。だいたい一週間から二週間程度に一回の頻度で周辺の島に降りてこの作業をするから覚えといてな。僕は船の点検整備をするから、カイルは食糧を集めてきてくれ。とりあえず食べれそうなものを集めて、後で僕が判断するから」
「分かった!じゃあ早速行ってくる!」
そう言い残しものすごい速度で森の方へ走っていった。シンはそれを確認してから点検整備に取りかかる。点検整備とは具体的には、舵などの機器が故障していないか。船体が損傷していないかなどを確認している。一通り異常が無いことを確認し、磯に移動して、カイルが帰って来るまで魚を獲る。海の中には様々な種類の魚が住んでおり食べ物に困る事は無さそうだ。ある程度確保して戻るとカイルが先に待っていた。
「さすが勇者サマ。大漁ですね!でも俺も負けていませんよ!」と背中の籠を下ろすと大量の果実や木の実、野草などが入っている。
「うん。ちらほら食べられない物も入ってるけど、このくらいあれば大丈夫かな。上出来だよありがとう」
「うへへっ。こんな事朝飯前ですよ!」
「この赤いのはカンポスの実と言って甘い果実なんだ。比較的どこにでも群生してるから困ったら採ってこればいいよ。こっちの茶色の実はユルシアの実で栄養価が高い多分周辺にたくさん落ちていたりするから重宝する。この葉っぱは……ルッコラだね。爽やかな辛みが特徴の香草で、まあ栄養価はあるしあったら採ってくるといいかもね」
カイルは自分では知らない知識を知っているシンに驚き尊敬する。シンは書物庫で図鑑の類も読んでいたためこの世界の食べ物に関する知識も知っている。時前のサバイバル知識や戦闘力もありこの旅でのシンは無敵状態なのだ。
シンは食材を並べ深く考える。正直、食材の組み合わせをそんなに考えていなかったのだ
(次から採ってきて貰うものを指定すればそれに合わせて料理できそうだね。何事も挑戦だよ!)
(仕方ないな。魚は半分は刺身か塩焼きにして食べて残りは干物にして保存食かな。ユルシアの実は普通に保存食として使えて、カンポスの実はドライフルーツにでもするか)
船に戻り小屋の中にある机に食材を置く。まずは腹ごしらえだ。シンは慣れた手つきで魚を捌きあっという間に刺身の盛り合わせが出来上がる。
「いつ見ても勇者サマの魚捌きは凄いですね!」
「ありがと。さあ召し上がれ」
白身魚のため味はそんなに無くコリコリとした食感だ。日常的に刺身を食べていたシンは醤油が無いことに物足りなさを感じる。
「醤油欲しいな……。というか調味料全般欲しい。醤油、料理酒、酢、味噌とか色々……」
「ショウユ?ってなんですか勇者サマ?食べ物ですか?」
醤油はカイルには聞き馴染みのないだろう言葉だ。この数ヶ月アルティアの食文化を見てきたがあまり高度ではなく単純な味付けが多かった。発酵食品など知らないのだろう。
「料理に使うと美味しくなる調味料のことだよ。僕がいた世界では比較的簡単に手に入ったんだけどここではどうだろう」
考える事がひとつ増えた。美味しい食事は生活の上で無くてはならない存在だ。(※賛否は別れます)とりわけ、調味料は手に入れていかないと選択肢が激減してしまう。この世界の調味料は確認しただけでも塩と香草やスパイスなどの香辛料しかない。
(うーん。大陸に行けばあるかな……)
(最悪、自分で作るしかなさそうだね。そしたら今度は素材選びもしなきゃね)
シンは少し頭を抱えながら、干物を作り始める。魚を開き、下処理を済ませ塩水に漬け込み、甲板で乾かす。だいたい半日程で出来上がる。これをシンの能力で冷凍保存する。これで1ヶ月分の食料は確保できた。実際には二週間程度に一回のペースで島に上陸するのだからかなり余裕のある食糧事情だ。
旅は順調に進み、シン達は残り数日で上陸できる位置にいた。ここまでトラブルが何も無かったのが恐ろしいほどだと思ってた矢先の出来事だった。空が曇り始め風が強くなった事が前兆だった。
「なんだか嫌な空気になってきましたね。空がくらいし風も強い……」
「もしかして近海で嵐が発生したのかも。前回の島に引き戻す訳にもいかないし、なるべく中心に行かないよう迂回しながら進むか」
この時の判断が数時間後に悲劇を生む。迂回を始めて数時間一向に風が止む気が無い。それどころかむしろ、強くなっている。嵐の進行方向が変わったのだ。今はちょうど、シン達を追いかけている構図になっている。
(まずいな。このままだと暴風域に入ってしまう)
「カイル。まだ速度出せる?もう限界?」
「すいません勇者サマ。これが限界速度です……」
「この速度であと1日程維持できる?」
「なんとかできそうです」
今から始まるのは地獄の鬼ごっこだ。追いつかれれば船の転覆事故は免れない。そうなればもう自力でたどり着くしかない。この24時間が勝負となる。
「今から24時間が勝負時だ。カイルの頑張りで僕たちの運命が決まる。だから頑張ってくれ」
「責任重大ですね。でも任してください!無事に勇者サマを上陸させてみせますっ!!」
カイルは意気込むが、それから20時間後。シンは船首で前方を見ている。そろそろ大陸が見え始めてもいい頃だ。
「大陸が見えた!あと少し頑張って!」
「ホントですか?頑張ります!!」
しかし悲劇は突然起こる。船の近くで高い波が発生した。その高さはざっと8メートルはありそうだ。その高さではひとたまりもなく船は波に飲まれ転覆する。2人は海に投げ出されるが、暴風域に入る前に2人の体を紐で結んでいたため、幸いはぐれる心配はない。だが別の問題が発生する。シンはカイルの姿を確認すると溺れかけていた。海に投げ出された衝撃で混乱しているのだろう。手足をバタバタさせてもがいている。紐を引っ張って片腕でカイルの体を抱え、もう一方の腕で船にしがみつく。波の奔流に翻弄され片腕で船を掴みもう一方では子供を担いでいる。正直そんな状態では腕が辛いのは当然だ。しかし、ここで離したら今度こそ終わりだ。
(死んでも離さないっ!)
波は沖で行ったり来たりを繰り返している。余計に体力が削れる。その上海水が冷たい。
(やばい……体の震えが止まらない。それに意識が朦朧としてきた。低体温症の初期症状か……)
(シン!気をしっかり保って!死んじゃうよっ!)
(ごめんちょっと無理そ……)
シンは気を失った。
嵐が過ぎ去り空は晴れ渡っている。心地よい風が頬を撫でる感覚で目を覚ます。