割といい加減な国家
一体どれだけの時間気を失っていたのだろうか。それは数秒かもしれないし数分かもしれない。おそらく、数時間ってことはないだろう。なぜなら、周囲が騒がしいからだ。シンは、周囲の雑音と自分の名を呼ぶ声で目が覚める。
(あ、気がついた?)
(何が起こった?混乱していて自分でもよく分からないんだが)
(それよりも現状をどうにかした方がいいんじゃないかな?)
シンは周囲の異常に言われてから気づいた。周りを見渡すと石でできた建物の中にいるようだった。中世ヨーロッパの城の地下のような部屋だった。しかし、それはまだいい。問題は周辺にいる人間だった。周辺では何十人も人が倒れている。倒れていない人間はこちらを向いて何かゴソゴソと話している。その人達は総じて紫色の肌と真っ黒な瞳を持っていた。よく見たら倒れている人たちも同じだった。それは瞬時に自分の常識の人間とは似て非なるものだと理解した。しばらく膠着状態状態が続いて、ミツが口を開いた。
(神からのメッセージを受信。5秒後より再生します。……『いやぁごめんねー。僕も本当はこんなことする予定じゃなかったんだけどさ、なんかぁ…こっちの方が面白そうだったんだよねっ!。多分そこに肌が紫色の人間がいると思うんだけど、察してわかるようにここは地球じゃないんだよね。実は、アンドロメダ銀河のとある惑星なんだけど、地球と同じ惑星環境の星なんだ。ここの惑星の人達は魔法を使えるからさながら異世界だよね。いやあ面白そう!!ここの人達が何やら楽しそうなことしてたから無理やり君をねじ込んだって訳だよ。アッハッハッハッハッ!ps.君にはは異能力とは別に相互翻訳能力を獲得させておいたから言語の壁は気にしなくて大丈夫だよ!』……みたいだね)
ボイスメッセージを聞いて呆れた。相互翻訳能力を獲得させる謎の優しさがあるんなら初めから異世界送りするなよ。改めて、この世界の神は気まぐれだと思った。もう諦めよう。この神を楽しませてやろうとこの時シンは本気で思った。
(さて、神はこの人達が何かをするから無理やり呼んだと言っていたな。聞いてみるしか無さそうか)
「あー…。発言してもいいかな?何故僕はここに召喚されたのか説明をして欲しい」
シンが発言したことで場は一気にどよめく。相互翻訳能力が機能してないのではと心配になったがしばらくして大仰な服を着た人が歩いてきた。
「此度の突然の召喚の非礼を詫びたく思います。その上で貴方様にお願いを申し上げたい。わたくしめはルースという者でございます。詳しい話は我がアルティア王国国王陛下が直々に話されるとの事ですので、わたくしめと一緒に謁見の間に来てください」
「そこに倒れている人達は放っておいて大丈夫なのか?」
「それは後ほど部下の者に処理させますのでお気になさらず」
シンはルースの後ろをついて行った。この建物はどうやら複雑な設計になっているらしく、ルースを見失うと絶対迷子になる自信があった。階段を上り下り、通路を右に曲がったり左曲がったり時には昇降リフトを使っているうちに目的地に着いたようだ。目の前には大きな扉がある。ルースは扉をノックし、「陛下、例の客人を連れてきました。失礼します」と扉を開けた。
部屋の中は広い空間で部屋の奥に随分と大層な椅子に、これまた随分と若い女性が座っている。ルースが跪いているのを見ると、彼女が国王陛下で間違いないのだろう。
「此度の召喚の非礼は許して欲しい。そなたに頼みがある。聞いては貰えないだろうか」
(このタイミングでノーと断ったら絶対後ろから、伏兵出てきて捕えられるよね)
(そうだね。これは話を聞く以外の選択肢はないんじゃないのかな)
「召喚に関しては別になんとも思っていません。それよりも僕は何故召喚されたのかその理由が知りたい」
「我がアルティア王国がそなたを召喚したのは他でもない、古来より敵対するハリドーア帝国との戦争に終止符を打って欲しいのだ。我がアルティア王国は現在深刻な戦力不足に陥っている。このままでは滅亡も時間の問題だろう。そこでかつてハリドーア帝国がしたように我々も勇者を召喚したのだ。もう一度言う、この戦争に終止符を打ってくれ」
「戦争に終止符を打つ。それはいいでしょう。しかし、その後はどのような計画をお考えですか?単純に相手国を滅亡させることを望んでるのですか?それとも講和条約を結びたいのですか?」
「後のことはあまり考えていない。今はただ、我がアルティア王国が豊かに暮らして行ければそれでよい」
なかなかどうして要求がめんどくさい。一番の要望さえ叶えてくれればあとは何でもいいという要求は一番困る。が、しかし、断るという選択肢が存在しないため、その要求を受け入れた。彼女は安堵の表情を一瞬見せたが、すぐに顔を引き締め現状の説明を始めた。
シンが召喚されたのは大陸の西側にある小さな島国アルティア王国対して、相手の国は大陸全土を支配する大国ハリドーア帝国だ。もともとアルティア帝国の領土は大陸全土を支配していて、ハリドーア帝国その頃は大陸東側に位置する小国だったそうだ。しかし、今から約60年ほど前ハリドーア帝国は多大な犠牲の末一人の勇者を召喚した。その勇者を筆頭に国境付近で戦闘が起き、その戦線はみるみるうちに後退していき、僅か2年で戦況はひっくり返りアルティア王国は蹂躙される身となった。ついに、アルティアの領土は海を挟んだ小さな島に移すこととなった。現在、ハリドーア帝国はアルティア王国残党を探し続けている。幸いなことに、大陸と島の間の海域は、夏は海霧で視界が悪く冬は波が荒れているため古来よりこの海域に入るものではないという認識になっている。その認識を逆手にとって危険を覚悟で逃げ込んだ先にたまたま島がありそこで暮らしている。これがここ最近の歴史と現状だ。
シンは少し俯いて考える。この国の現状は理解出来た。大陸全土と島国では国力からして規模が違う。そんな相手に真っ向から勝負を仕掛ければ(例外はひとつあるが)当然負ける。相手に勝てない、勝つ気もない。それなら、その旨を相手に伝えて講和条約を結ばせる。これが最善の平和的な落としどころだろう。しかし相手国は愚かこの惑星のことすらあまり知らない。今シンに欲しいのは圧倒的なまでの情報だった。
「今僕が欲しいのはこの惑…世界についての情報です。ここには図書館のようなものはありますか?図書館は無くても構いませんが、この世界に関する書物を読みたい。特に多岐にわたる専門書があれば助かります。」
図書館は無いそうだが書物庫はあるらしく、ルースが案内してくれた。
(専門書を読んでどうするの?)
(この惑星の歴史と文化水準・技術水準を確認して解決の糸口を見つけようかなと思って。この建物や服を見ればあまり文化・技術の水準は高くないようだけどあの昇降リフトだけはよく分からなかったな)
(そういえば神がこの世界には魔法があるって言ってたし、もしかしたらそれかもしれないね。魔法と異能力どっちも超常現象だからちょっと楽しそう!)
書物庫にはさまざまな書物があり、魔法理論に関する書物もあった。それには何か難しい言葉が並んでいたが要約すればイメージが大事だそうだ。他にも人体に関する書物ではこの世界には、人間の他に魔人族、鬼人族、獣人族、魔族がいるようだ。シンを召喚したアルティア王国は魔族の国家だ。一方、ハリドーア帝国は人間族、鬼人族、魔人族、獣人族の多民族国家だ。自然科学に関する書物を読んで驚いた。なんと、惑星環境が地球とあまりにも酷似している。この星には酸素があり、水が液体として存在し、恒星がひとつあり、生命が存在している。その上公転周期や時点周期まで同じだ。文学書などでは地球人と同じような価値観を持っていることが判明した。
(惑星環境が似ていると同じような進化を遂げるのだろうか…)
ある程度の情報を得たところで今さら自分が夜ご飯を食べてないことに気づき、ルースに伝え食事を用意して貰った。かなりの量を用意してくれたが、舌が肥えている現代人の味覚ではあまり美味に感じなかった。しかし、用意してくれたことに失礼なので食べきった。満腹になると今度は睡魔が襲ってきた。ルースが客間に案内してくれて、ベットに倒れ込んだ。思えば、夕方に異能力者に襲われてからずっと未知の体験をしてきた。確かに疲れるのは当然だ。その日はまるで死んだようにぐっすりと眠りに落ちた。
次の日、明朝に目が覚めた。寝たのは夜中のはずだから6時間の睡眠にしては気分が良いと思ったら一日と6時間だったようだ。ちなみにこの建物は王城だったようで、この客間もなかなかの広さだ。朝食を食べ昨日部屋の窓から見えた城下町(と言っても人口5万程度の王都にしたら規模の小さい町だ)に行ってみることにした。ルースから勇者様は人間族に容姿をしているため城下の者に刺激を与えると困るのでという理由でマントを借りいざ出発。
町に着いて最初は気づかなかったが違和感を覚えた。活気はあるがどこかおかしいのか分からなかったが、人々の顔を見て気づいた。どの人も疲れたような顔をしていた。いつハリドーア帝国軍が攻めて来るのか気が気でないのだろう。戦争を終わらせるより先に国民の士気を上げるのが先だと思い国王陛下にこんな提案をしてみた。
「国民の士気を高めるため演説を行いたい。と?」
「はい。この国の人達には明日を生きる希望が無いと言いますか、漠然とした不安で押しつぶされそうな顔をしています。初めて陛下にお目にかかった時も同じような顔をされていました。しかし、僕が勇者の依頼を受け入れた後の陛下の顔は活気がある。今の国民に必要なのは心の支えです。僕がその心の支えになりましょう」
「なるほど。確かにそなたが引き受けてくれると言った時から心に余裕ができた。……そうだな。演説の手配をしよう」
(演説って何するの?)
(勇者の登場で国民の心を支えるのがひとつと、終戦後に両国民で対立が起きないように平和的思想を説く。人ってのは余裕ができると調子にのるからその抑制だね)
(シンってけっこう頭いいよね。さすがだなぁ)
数日後、演説が執り行われ勇者の登場に国民は歓喜した。同時に勇者の容姿が人間族に近かったため反論の意見も上がったが忠誠の儀を行い国民の反感を抑えた。それからまた数日後。謁見の間に国王陛下の怒号が響き渡る。
「ハリドーア帝国の状況を確認するため大陸に渡るだと!?」
「はい。この戦争を終わらせるためには相手を知るところから始めるべきかと」
「失礼ながら勇者様。それは逃亡をすると仰られているのですか?」
確かに、ハリドーア帝国は多民族国家だ。人間族のシンは勇者の責任を捨て普通に暮らすことも出来る。
「いえいえ、そんな事はしませんよルースさん。と言っても口だけでは信用に足りませんので、先日の演説に忠誠の儀を組み込んだのです」
忠誠の儀とは契約魔法の一種で絶対的な主従関係を築く魔法だ。シンは反感を持った国民が絶対現れるから、忠誠の儀で陛下と勇者の主従関係を分からせようと言って演説に組み込んだ。もちろん、陛下は分からせるためだけの忠誠の儀だと思っていたが、シンはこの時のために用意していたのだ。陛下は眉間に皺を寄せ俯いていた。確かに逃げるという可能性はあるが忠誠の儀という首輪は付けた状態だ。シンもこれでは迂闊な行動はできないだろう。
「監視役をつけ……いやいい、分かった。許可しよう」
「ありがとうございます。最長で10年ほどで1度戻って来ますよ。それまで現地で調査をします」
そんな訳でシンは大陸に渡る事となった。従者がおらず、一人での船旅のため造船している間に、航海術と船乗りのノウハウを叩き込んだ。確かに、一人での船旅はかなりの難易度になる。通常、船員の役割は航海士、機関士、通信士などに別れる。この国の造船技術では推進力はエンジンではなく帆だ。通信技術など論外である。そのため必要なのは航海術だけなのだがそれでも甲板員や厨房員などの仕事を一人でこなさなければいけない。とてつもなくハードスケジュールだ。
そして、シンが召喚され2ヶ月を過ぎた頃。船が完成し、航海術を叩き終わってついに出航の日が来た。岸には全長10m程の帆船が着いていた。後方には小屋が付いている。
(すごい大きい!けっこう豪華な船を作ってくれたんだねっ)
(ああ、一人旅にしてはかなり大きいな。これなら安心できるな)
「なかなかキレイな船ですね。これならこの航海も成功しそうです」
「必要な装備と食糧は既に船に積んであります。くれぐれもお気をつけて進みください」
「はい。それでは行ってきます。朗報を報告できるよう、尽力します」
シンは見送りのルースと護衛に別れの挨拶を告げ、帆を張り船を出す。船は順調に進みすぐに岸が見えなくなった。この船旅のルートは大陸と島の間の危険海域を直進するのではなく迂回しながら大陸を目指すことになっている。途中無人島に停泊して点検整備を行いながら半年程かけて横断する。危険海域を突き抜ければ3ヶ月程で着くのだろうが危険なためこの案は却下された。しかし船上で半年はマグロ漁船に近いものを感じる。マグロ漁船は1年程かかるので、こっちの方が幾分マシなのだが…。
(この調子なら順調に終わりそうだね!)
(意外とあっけなく終わるかもな)
しかし、この船旅が順調に終わるはずもくトラブルはすぐに起きた。出航から半日が過ぎた頃、辺りが暗くなり始め夕食を取ろうと小屋に入った時それに気づいた。小屋の中には睡眠用のベットが置いてあるのだが、そこにはなんと子供が眠っていた。理解が追いつかない。何故この船に子供がいるのか。船の管理体制はどうなっているんだ。
(……)(……)
シンもミツもあまりの出来事に黙ってしまう。しばらくその子を見つめていると、目を覚ましこちらを数秒見て、なにか思い出したかのように、ああっ!と叫ぶ。
「やっぱり勇者サマの船だったんだ!勇者サマ!大陸に行くんだろ!?俺も連れてってくれよ!!あ、俺の名前はカイル!よろしくなっ」
そう言ってカイルと名乗るその少年は屈託の無い笑顔を見せた。