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愛も変わらぬ地球人  作者: 沖 元道
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第一話 都会暮らしの咲良(さくら)

 九月初旬の日曜日の午後。

 一人のショートヘアの女性が、公園の中の木陰のベンチに座って、ぼんやりと周囲を眺めている。

――私を一生愛してくれる男性は、きっといるはず……もうすぐ仕事の区切りもつくし、そろそろ見つけたい……。

 彼女は心でそうつぶやいた。

 近くの池では、小さな男の子とその両親が鯉に餌をやっている。楽しそうに笑っており、男の子の歓声が彼女の耳にも届いてくる。

――私だって、絶対に見つけてやる!

 彼女が心でそう叫んだ瞬間、池で鯉が跳ね、親子は驚いて声を上げた。

「あんな男ばかりじゃないはず……」彼女は池に広がる波紋を見つめながらそうつぶやくと、ベンチから立ち上がり、降り注ぐ日差しを浴びながら公園内の小道をゆっくりと歩き始めた。

 今日の天気は一日中晴れの予定になっている。彼女が暮らしている大型ドームの中は、自然の環境からは切り離されており、AIシステムにコントロールされた人工太陽光が照り、人工雨が降り、人工風が吹く仕組みとなっている。だから、昔のように天気予報が外れるということはない。青空には白い小さな雲がいくつか浮かんでいるが、これはドームの天井に映し出された映像の空だ。

 しばらく歩いていると、前の方から一人の男性が近づいてきて、彼女をじっと見ている。

――どこかで会った人だったかしら……。

 彼女は思い出せなかったので、目をそらしたまますれ違った。


 彼女の名前は古賀(こが)咲良(さくら)。三十五歳で、東京で一人暮らしをしている。正確に言うと、AIロボットと同居している。

「咲良さん、お帰りなさい。今日は良い天気ですから、公園は気持ち良かったでしょうね」

 咲良が高層マンションの自室に戻ると、同居しているAIロボットが話しかけてきた。

「とても爽やかだったわ」咲良はそう言いながら、つけていたネックレスを外し、ロボットに手渡した。

 ロボットは、咲良から受け取ったネックレスにぶら下がっていた緑色の宝石のような玉を外して、自分の目の位置の窪みにはめ込だ。すると、緑色の玉は色が変わり黒色に変化し、ロボットの目になった。

 ロボットの目は、取り外してネックレスの飾りとしてぶら下げておくと、咲良が外で見たり聞いたりしたことを全て記憶することができる。飾りとして使う時には、服の色に合わせて好きな色に変えることもできる。

 ロボットは、はめ込んだばかりの目で咲良を見ながら尋ねた。

「先ほど公園を歩いているときにすれ違った男性は、三か月前のパーティーで咲良さんと五分ほどお話した男性でしたよね?」

「あら、そうだった? 全然覚えていないわ」咲良は全く興味なさそうな表情だ。

 咲良が冷蔵庫のドアを開けて食材を確認し始めると、ロボットが尋ねた。

「今日は自宅で夕食ですか? 何かお手伝いをしましょうか?」

「大丈夫。一人で作るわ。料理は楽しいから」咲良はロボットの方に振り返って答えた。

 咲良は料理が好きであり得意でもある。家庭料理のレベルを超え、プロの料理人の腕前である。

「やっぱり手作りの料理がいいわ」咲良は、二時間ほどかけて作ったフランス料理を一人で食べながらつぶやいた。

「一流の料理を作ることはできても、ロボットが作った料理は人気がありませんよね」ロボットは少し寂しそうな口調で言った。

 咲良は、それには何も答えずにグラスのワインを飲み干して、ふっとため息をついた。

 咲良のわずかな表情の変化をロボットは感じ取った。

「あんなひどい男のことは忘れましょう。きっと素敵な男性に出会えると思います」

「そうね……」咲良はそう言って、ボトルからワインをグラスに注ぎ、もう一口飲んだ。


 咲良が三杯目のワインを飲み終えて酔いが回り始めた頃、遥かかなたの宇宙空間からやって来て太陽に近づきつつある『キミワロン』と名付けられた準惑星から、一つの大きな球状の飛行体が飛び立った。

 その飛行体は、光速の約十分の一という地球人の科学技術では実現できない速度で地球に向かい、美しく青く輝く地球の姿がはっきりと見えるところまで来ると、数十個の小さな球状の飛行体に分裂した。

 そのうちの一つが、深夜の東京の上空にやって来てゆっくりと降下し始め、古いビルの解体現場の近くに着陸した。周囲に人気はなく、静まり返っている。

 しばらくすると飛行体の小さなドアが開き、中から粘り気のある赤い液状の物質がゆっくりと流れ出し始めた。流れ出た物質は、地面の上で丸い形に溜まっていき、直径一メートルほどで厚さ五センチほどのゴムのような弾力のある塊になった後に、徐々に盛り上がり始めた。

 その様子を近くの暗がりでじっと見ていた一匹の黒猫は、異様な気配を感じたのか毛を逆立てている。

 赤色の弾力のある物質は盛り上がるにつれて色が変化し始め、徐々に人の形に変化していった。そして、一分もしないうちに、どこにでもいそうな日本人の若者の姿になった。

――これから地球人たちの調査を開始する。私が担当する国は日本だ。

――日本、了解。他の国でも二十四時間以内に調査が始まる予定だ。

 地上に降り立ったキミワロン人は、頭の中で仲間と交信した後で、ゆっくりと周囲を見回した。

 先ほどから鋭い目で様子を窺っていた黒猫は、キミワロン人と目が合うと身をひるがえし、どこかへ逃げ去っていった。

 キミワロン人を乗せてきた飛行体は、音もなく垂直に飛び立ち、やがて星空の中に消えていった――。


 その数日後。

 生活産業省のビルの中では、来週に迫った巨大ドームの竣工式の準備を行うチームが、皆忙しそうに働いている。そのチームを率いるリーダーは、古賀咲良だ。

 これまでの大型ドームは、半径一キロメートル程の半球状のものを作るのが限界であった。しかし、三年前に、けた違いに強固で軽量な材料物質が新たに開発され、半径五キロメートルの巨大なドームが、初めて東京で完成したのだ。

「じゃあ、今日はこれまでにしましょう。お疲れさま。また明日ね」咲良はチームメンバーに声をかけ、それから一人で三十分ほど残務をこなした後、夕方遅くに役所を出た。

「お疲れ様でした」役所の出口で、ロボット警備員が軽くお辞儀をしながら咲良に挨拶をした。咲良は軽く会釈を返しながら役所を出ると、程よい暗さに調整されたドーム内の夜の街を、一人で足早に歩き始めた。咲良は、久しぶりに兄と会って食事をするために予約したレストランに向かっている。

 一人の若い男が、咲良の様子を観察しながら後をつけるように歩いている。彼は、数日前に地上に降り立ったキミワロン人だ。

 見慣れた街の景色の中を無心に歩いている咲良は、後をつけられていることには全く気づいていない。


 咲良がレストランに着くと、すでに兄の喜世志(きよし)は待っていた。

 二人は、食事をしながら話し始めた。二人の近くのテーブルにキミワロン人の若者が座っており、二人の様子をさりげなく観察している。

「咲良はそろそろ良い男を見つけたかい?」喜世志はビールを飲みながら尋ねた。

「まだよ。お兄ちゃんこそ、どうなの? 素敵な女性には巡り合えた?」咲良は、ワイングラスをテーブルに置き、喜世志に尋ね返した。

「俺は、そもそも結婚する気はないからな。今の生活が俺の性に合っている」

 喜世志は、定住せずに全国を回って、地方で暮らしている人々の姿を絵に描いている。描いた絵は、その場で売ることもあれば、東京で売ることもある。絵描きの稼ぎでは豊かな暮らしはできないが、全国を巡りながら質素な生活をするくらいの金は稼いでいた。

「お兄ちゃんのような暮らしが羨ましいと思うこともあるわ」咲良はそう言うと、ワインを一口飲んだ。

「そうかい、じゃあ、田舎暮らしも良いと思っている?」喜世志は手に持っていたピザを一口噛みちぎった。

「いえ、田舎で暮らすのは好きじゃない。東京が良いわ。たまには田舎に出かけてみたいと思うだけ」

「東京の男は小賢しい奴が多いんじゃないかな? 田舎の男は大らかで良い奴が多いと思うよ」

「そうかなあ……」咲良はあまり納得していない様子だ。

「例えば、山川(やまかわ)陽平(ようへい)君は、いい男だ。それにまだ独身だ」

 山川陽平は、咲良の中学校の同窓生で、今は田舎で牧場を経営している。

「お兄ちゃんは、たまに山川君の所にも顔を出すの?」

「うん、彼とは妙に気が合うんだ。たまに行くと彼の家に泊まって飲み明かしている」喜世志はビールのジョッキを空けた。「咲良は、山川君とは最近いつ会った?」

「十年くらい前の同窓会かなあ……」

「そんな昔か……どうだ、あの男は?」喜世志はそう言うと、レストランの店員に手で合図をして呼んだ。

「性格は良い人だと思うわ。それにしっかりとした考えを持っている人だと思う」

 喜世志は近づいてきた店員にウィスキーの水割りを頼むと、咲良の方を向いた。

「じゃあ、いいじゃないか。山川君は、あんな男とは雲泥の差だ」喜世志は決断を迫るような真剣な表情で咲良の顔をじっと見た。

 咲良は黙り込んだ。


 喜世志が、あんな男――と言ったのは、咲良が二年前に別れた、同期入省の五十嵐という男である。

 五十嵐も咲良と同じように、科学技術の力で日本の成長を支えたいという熱い思いで生活産業省の役人となった人間であった。咲良と五十嵐は気が合い、二人だけで何度も飲みに行き、仕事のことを熱く語り合った。

「僕らは能力が高い。普通の人にはできないことを成し遂げる力がある」五十嵐は酒の勢いもあり勇ましいことをよく言っていた。

 咲良も五十嵐の考えに納得し、自信に満ちた言い方をする五十嵐を頼もしいと思っていた。そして、咲良は五十嵐と親しくなるにつれて、彼といずれ結婚するのではないかと思い始めていた。

 しかし、咲良が結婚を強く意識し始めた二年ほど前のある日、五十嵐は突然咲良に言った。

「ある知合いの女性と婚約したので、これからは二人だけで飲みに行くのは止めよう」五十嵐の話し方は、仕事の話をするかのような淡々としたものであった。

 突然の予想もしていなかった別れ話に咲良は驚き、言葉を失った。

 五十嵐は、咲良に別れを告げた半年後に、政治家の娘と結婚した。彼は省内では出世コースに乗っていたが、あえて政治家を目指す道を選んだのだ。


 咲良はしばらく沈黙した後で、兄の顔を見て言った。

「私は、やっぱり東京の便利な暮らしがいいわ。東京にも素晴らしい男性はたくさんいると思うし、きっと相性の良い人は見つかると思うから……」咲良はテーブルに置いたワイングラスに右手を添えたまま、ぼんやりとした視線でテーブルの一点を見つめている。

「そうかねえ……こんな窮屈な所のどこがいいのかねえ……」喜世志は心配そうに咲良の顔を見た。


 近くのテーブルでは、キミワロン人の若者が二人の話をじっと聞いている。人間なら二人の話している内容を聞き取ることのできない距離だが、キミワロン人は二人の会話を完全に聞き取る能力を持っている。


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