コロナ渦の独裁者 愛知県知事 星野久人
「あなたは、独裁者ですか」
記者会見でC新聞社の記者が質問というより罵倒した。
星野は微笑んだ。
「だったら、いいですね。
この忙しい時にいちいち説明してくてもすむし、
批判記事をのせる記者を粛清できるし」
星野は目を細め、口角を上げた。
「もちろん冗談ですよ」
「本当に冗談と言えますか。
個人の情報管理の義務化は憲法違反じゃないですか」
「この第3次コロナウイルスは過去の新型コロナウイルスの
数倍の感染力があります。
何か対策しなければ経済は立ち直れないほどのダメージを受けます」
新型コロナウイルスが猛威をふるたのは、3年前。
さらに変異した第2次コロナウイルスはすぐに収束した。
これは政府の対策のおかげ、ではなかった。
猛毒化しすぎて、感染が広がらなかっただけだった。
1万人を超える死者が出たが、1週間の外出禁止で収まった。
しかし、感染力が強い第3次コロナウイルスが蔓延しつつあった。
「このウイルスも無症状で感染します。
これが一番やっかいです。
本人に自覚がなく、他人に感染させるのです。
感染の経緯から考えても、外出が多い人がウイルスをばらまくのです。
自粛を要請している期間でも、外出する人には行政が何を言っても無駄です。
だから、強制力を持って行動管理するしかありません」
星野は県が中心になり開発した接触アプリで県民の行動を監視するという。
どのような人と会い、どのような店に行ったとかをレコードし、
もし感染者が発生した場合、一斉に通知し、PCR検査を受けさせる仕組みだ。
『AI地』宣言した星野の公約を実現するような政策だった。
星野は、ほぼ完ぺきにコロナウイルスを封じ込めた台湾当局の協力を得て、アプリを開発した。
愛知県はもともと台湾びいきで、台湾にはない台湾ラーメン、台湾まぜそばが名古屋めしで、
それに中日ドラゴンズで活躍した郭源治、大豊選手をいまでもリスペクトしている。
「スマホを持ってない人はどうするんですか?」
という質問が記者から出なかったのを不思議に思ったかもしれない。
しかし、この愛知にはそんな心配はいらなかった。
星野は知事に就任すると、第1次コロナウイルス収束後の経済対策とし、
県民全員にスマホを配布するとした。
実現不可能って?
まあ5万円を配ると言って当選した政治家がいる。
それよりも確実に経済効果が見込めるた。
何と言っても、工場又は本社が愛知県にするメーカーのスマホを採用したのだから。
そして公共Wi-Fiを県全域に拡充した。
携帯電話メーカーからクレームは?
もちろん、その点は考慮されている。
電子決済や住民票などを取得できる程度の通信速度で、
重い動画は見れないし、容量にも制限ある。
スマホが生活の必需品というような人には我慢ならないだろう。
最初、各携帯電話会社は不満を漏らしたが、
逆にスマホを普及率が格段に上がり、感謝したそうだ。
また、下火になりつつあるホームページ制作会社からも感謝された。
愛知県人用の低速通信でも表示できる通販サイトの需要が発生したからだった。
表示の切り替えが遅いECサイトで、
イライラしながら買い物する人はいるはずがない。
この政策は成功しつつあり、
これにより全国に愛知県が『AI地』が認識されるようになった。
インターネットによる行政通達でハガキなどの文書通信費を削減、
インターネットによる選挙投票、愛知の独自通貨の発行が
今後、計画されているとう。
「そんなアプリに頼って、他の県のように営業自粛しなくても大丈夫ですか?」
飲食店、居酒屋、キャバクラなど接待を伴う飲食店も通常営業させるという。
それも飲酒を禁止せずに。
「ただ、もし感染が発覚した場合、そういう店に行っていたことが公表させますが」
星野は記者の反応を待った。
「感染者の使命を公表するのですか?」
「もちろん公的に発表されるわけではありません。
ただ家族、会社関係の人には明らかにまります。
濃厚接触者にあたりますから。
そのあたりは覚悟して行ってください」
「もし、アプリの利用を拒否する客がいたらどうするのですか?」
「店には入店を拒否するように通達しています。
アプリを利用していなくても、免許証などで確実に本人確認できれば構いませんが。
正式な対応せず、感染が発生したら店の名前が公表させますから、
店にとっても死活問題となります」
「それだけで足りますか?」
「自治会の協力を得て、人物や車を認証できる監視カメラを増設しました。
どんな人物がどの店に入るか解析できるでしょう」
「そんなことで感染者を抑え込めますか?
クラスターが発生するんじゃないですか?」
「そうかもしれません」
星野は神妙な顔をした。
「でも、感染を広めているのはクラスターや感染者ではありません。
感染経路不明者です。
感染者と接触者を根こそぎ洗い出せれば、理論的には感染自体は封じ込めるはずです」
星野は大きく息を吸う。
「これ以上の経済の締め付けはできません。
経済をまわしつつ、感染を封じ込めるにはこのアプリしかないと判断しました。
個人の行動が監視されるという批判は甘んじて受けます。
憲法違反のそしりも受け止めます。
しかし、それでも感染経路を洗い出し、感染を封じ込めます」
星野はそう宣言すると頭を下げた。
「もし感染が拡大したら、責任をとるんですね?」
退出する星野に記者が投げかけた。
星野は小さく頷いた。
『独裁者、星野知事、感染拡大で辞任』
翌朝新聞の一面に大きく見出しが出た。
星野の小さな頷きがそう解釈された。
県民の意見は二分された。
少しでも感染が発生すれば、
死亡者が出し、医療がひっ迫する。
また、行動を監視されるのはイヤだとか。
しかし、おおむね経済を考慮するとしょうがない、
という意見に落ち着いた。
記者会見の翌々日、居酒屋でクラスターが発生した。
PCR検査で客、従業員を含め6名の感染が判明した。
濃厚接触者が60名。
しかし、接触者は600名にのぼった。
店の客だけでなく、タクシーの運転手、電車やバスに乗り合わせた人、
濃厚接触してない会社関係者などなど。
根こそぎ洗い出すのがこのアプリの威力だ。
このアプリにより2次、3次感染はなくなった。
またこのアプリにより、電車や映画館では感染しないことがほぼ明らかになった。
感染源の徹底した洗い出しにより、県内の感染者は激減した。
しかし、1年後のことだった。
事態が急変した。
星野が辞任し、県民の信を問いたいと記者会見を開いた。
「ウイルスの感染はなんとかコントロールできるようになりました。
しかし、民主主義の政治家として、してはならないことをしてしまいました。
それは個人の権利の規制です。
ウイルス感染渦でしょうがないという意見もいただいていますが、
ある新聞社では『独裁者』という見出しもいただきました。
だから、『独裁者』が絶対にしない辞任をし、
県民に信を問いたいと思います。
みなさん、これまでありがとうございました。
ご協力に感謝します」
星野は深く頭をさげた。
1か月後、星野は再選され、愛知県知事に返り咲いた。
県議、名古屋市議、市長など同時選挙は星野を支持した政党の圧勝だった。
星野を支持する政党は8割を超えた。
逆に独裁政権が確立したようだった。
星野の辞任は計算済みだった。
強権的でもウイルス感染を抑えれば支持率はあがると。
その段階で相手に準備させずに選挙。
そして、支持基盤を盤石にする。
星野はここまで計算して感染対策を行った。
次のステップに進むために。