1.凱旋パレードの夜
「聖女様ー! こっち向いてください!」
半ば強引に貼り付けた笑顔で、手を振るわたし。
「ユーナ、人気だな!!」
「いや、アレクスだって、十分声援もらってるよ」
今日は『勇者』の凱旋パレードの日。わたしとアレクス、ノア、シオウの4人は、馬のような動物に引かれた豪華な車で、王都の周りを一周していた。周囲はものすごい人だかり。わたし達の通り道以外は、身動きも取れないほどに人が集まっていた。
気分はまるでとある夢の国のパレードに参加しているかのよう。もしくは、野球の優勝パレード、とか?
魔王事件から一息ついた最近。わたしは連日お祝いにやってくるお客様の対応やパーティーで、忙しくしていた。世間では、わたし達はすっかり「世界を救った勇者」として有名になっているみたいだった。
特に今日は、王都をあげての盛大な凱旋パレードだ。国民のみなさんに直接会えるという一大イベントなので、準備している方の気合の入れようもすごかった。集まっている人達も、このお祭り騒ぎを楽しみに、復興を頑張ってきたので、熱気がものすごく伝わってくる。
何度もお祝いの言葉を投げかけられ、その度にわたしは笑顔を振りまいている。アレクスはとっても楽しそうにしている。ノアとシオウは、明らかにこういう場に駆り出されて嫌だろうけど、何とか頑張っている様子。純粋にお祝いを伝えてくる人も大勢いるけれど、中には明らかにファンクラブメンバーのように黄色い声援を上げている女子たちもいる。誰が一番人気なんだろうか、ちょっと気になる。
そして、本当は、銀ちゃんとロイドも、この場に一緒にいたんだろうけど……。そんなことを思うと、チクリと心が痛んだ。
ぐるりと街を一周すると、最後に、城の広場にやってきた。わたし達は豪華な馬車から降り、そこに待っていたレイヴァル様の近くに歩を進める。ある程度近付くと、レイヴァル様に頭を下げた。レイヴァル様が片手をあげ、わたし達に祝福を与える。それと同時に、歓声があがり、パレードはその日一番の盛り上がりとなった。よし! 打ち合わせと事前練習をがんばったので、ここまでうまくいった。
ゆっくりと顔を上げると、そのままレイヴァル様がわたしの近くに歩み寄り、手を引いた。
あれ……事前の打ち合わせではこんな予定、なかったけど?
不思議に思ったものの、レイヴァル様は特に何事もなかったようにそのままわたしを中心へエスコートすると、肩を抱いて、国民に向けて手を振っている。ん? ……まあ、盛り上がってるからいいのかな? わたしはその姿を横目でちらりとうかがった。
レイヴァル様……やっぱり、初めて会った時とは別人のように堂々としている。すごく立派で……王様らしい。
レイヴァル様、今日は珍しく、黒い服なんだ。金色の髪と刺繍がキラキラと輝いて、ものすごく似合ってる……。普段の白い感じの服装もいいけど、これもまた何とも言えない趣があるな。……っていうか、首元のヒラヒラが似合う人、初めて見た。まるで絵本の中の王子様……って、レイヴァル様はガチ王様だった!
あまりの神々しさに思考がおかしくなってくる。
みんなに手を振りながら、レイヴァル様はこっそりとわたしにしか聞こえない声で囁いた。
「ユーナさまと忙しくてなかなか話せませんでしたね。この後も、しばらくこの祭りは続くでしょう」
「あっ、はい。他国からのお客様も大勢お見えになるとか。わたしもスケジュール、うまってます」
「それで……」
レイヴァル様の金色の瞳がいたずらっぽく光った。
「今日の夜、少しだけ体が空きます。……一緒に街へ行きましょう」
「れ、レイヴァル様、大胆ですね」
・ ・ ・
大勢の護衛と野次馬を引き連れて、興奮冷めやらぬ王都を歩くわたしとレイヴァル様……
……を想像していたら、思ってたのと違った。
わたし達は街の人たちと同じような格好をして、二人で手をつないで歩いていた。
さすがに護衛の皆さんはついてきていると思うんだけど、姿は見えない。……きっと苦労をかけているだろう。
「……レイヴァル様、何度も聞きますけど、本当に大丈夫ですか?」
「はい」
にっこり天使の微笑み。……何を根拠に!? 一応目立つ金髪はかつらでごまかされているものの、レイヴァル様の高貴さはそうそう隠せるものではないと思う。そのうち、バレて大騒ぎになるだろうと心配しているけれど、レイヴァル様はどこ吹く風。そのまま向かい合っていると、ふとレイヴァル様の目線が気になった。
「あれ、レイヴァル様、また大きくなってます? なんかちょっと見上げるくらいになった気がします」
「ええ。ユーナさまと出会ってから、一年以上経ちましたから」
「一年! ……そ、そうですか。時が経つのは早いものですね」
しみじみしていると、レイヴァル様が露店を見つけ、わたしの手を引く。とっても嬉しそうにはしゃぐレイヴァル様と一緒に、しばらく買い物をして回った。
・ ・ ・
一通り祭りを楽しんだわたし達は、お城に戻ってきていた。気付くと夜も更けていたけれど、レイヴァル様もわたしも何となく別れがたい気持ちで、夜の庭園を散歩していた。
「……以前の私の誕生祭を覚えていますか?」
「はい、わたしが銀ちゃんに乗って帰ってきたときのことですよね」
「その後から……縁談を進めようとする話がいくつか持ち上がっているのです」
「ええっ……誰の?」
「……私と、顔も知らない女性達です。まあ、もともと小さい頃から決められていた婚約話なのですけど」
そっか、レイヴァル様は王様だから、国のためにもこんな若くして結婚を意識しなきゃならないんだ。あまりにも遠い世界の話のようで、状況を理解するのに時間がかかる。
「……どう、思います?」
「え、ええ……と」
どう、と言われても。わたしは感想を絞り出す。
「良い方だといいですね」
「……」
あれ、そういうことじゃないのかな? あたふたしていると、話が切り替わった。
「ユーナさまは、これからどうされたいのですか?」
「そ、そうですね……」
「……どなたか、心に決めた方がいらっしゃるのですか?」
「ええっ!? ま、まさか」
わたしはぶんぶんと首を横に振る。そこで、ぼんやりと思い描いていた未来を気軽に話してみた。
……はずだったのだけど。