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後、その知らせは神殿に伝えられた。
驚いたのは古くから女王に仕える大婆と呼ばれる古参の巫女達であった。
「よもや、そんな事はまかりならぬ」
「ありえなき事よ」
大婆達は到底納得出来ず、怒りを現す者、首を振る者、髪を掻き毟る者と様々に憤りを露わにした。
巫女の長である文は冷静に使者の口上を伝えていく。
しかし彼女は最後の言葉を言うのに、一度、深く息を吸い込んでから伝えた。
「壱与様、降殿なき場合は、神殿を焼き払い灰燼に帰すとのこと」
「なんと!」
「たわけた事を」
「ただの脅しでしょう」
大婆達は次々と口にする。
「いや、あの弟王様ならやりかねません」
文は意に返さず自身の思いを言った。
「ふふ・・・そうですな。狗呼様ならあるいは」
突然、一人の男が現れた。
「誰じゃ。そなたは」
驚く文。
「私は新王様の使者把流」
「ここは男子禁制じゃ」
「たった今より、そうではなくなりました」
「・・・くっ!」
「・・・ところで、壱与様は?見当たらないのですが」
文は後ろを指さした。
把流が振り返ると壱与様と十六夜が歩いて、こちらへと向かって来る。
「おお、新しき女王・・・よ!」
把流は絶句し、顔をしかめる。
二人は口喧嘩をしていた、しかも共に素っ裸である。
互いの言い合う声が次第に聞こえてくる。
「壱与様、しっかりしてください!」
と、十六夜。
「私はいつもしっかりしているわ!」
壱与。
「・・・どこが」
「なんですって」
「最近は、特に・・・」
十六夜はそう言いかけて、はっと口をつぐむ。
「何よ、言ってみなさいよ」
壱与は涙目だ。
「・・・いえ」
十六夜は黙する。
「お母様が亡くなったからって言いたいんでしょ!」
「そういう意味ではありません!」
二人は把流の前まで来るが、いまだ気づかず睨み合いをしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙の争い。
「えー、おほん!」
拉致の空かない様子を見て、咳払いをしたのは文である。
ようやく我に返る二人の目の前には見慣れない男が立っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は把流を見て、互いを見つめる。
「きゃーあ!」
巫女が慌てて二人に着替えを持って来る。
「私の名は把流です。女王様。一度、お会いしましたね」
壱与は目の前の人物を思い出した。
卑弥呼とともに、はじめて神殿を出た日、狗呼王の隣にいた男。
「女王・・・誰が」
壱与は言い争いで熱と化していた気持ちが、把流の言葉により驚きで一気に醒まされていくのを感じた。
「は?」
思わず、続けて不可思議な顔をする。
「お迎えにあがりました。新女王様」
把流は女王の上にあえて新と付けて、壱与であることを強調した。
「・・・私ですね」
壱与は返事をした。
「これは・・・さすが壱与様、聡明であられる」
把流は満足そうに頷く。
壱与は即座に判断し決心したのだった。
女王になり、卑弥呼の後を継ぐと、だがそれは茨の道だということも。
「断る・・・は、ないのでしょう」
壱与は呟いた。
「・・・・・・」
把流れはニヤリと笑い、頷いた。
「分かりました。行きます。そのかわり」
「壱与様!」
十六夜は叫ぶ。
壱与は目で彼女を制する。
「皆の安全を」
「・・・賢明なご決断だ」
壱与は踵を返すと歩きだす。
傍らにいる文に、小声で、
「みんなをお願い」
「・・・壱与様」
壱与は幼い心ながら、ここには戻って来れないだろうと感じていた。
が、皆を不安にさせまいと少女は気丈に振舞う。
「私も行きます!私は壱与様の侍女です」
十六夜は叫んだ。
壱与のこわばった顔がぱっと晴れ、大きく頷いた。
彼女もまた頷き返し、新女王の隣を歩く。