18
「壱与様、早くお逃げなされ」
老巫女が叫ぶ。
赤々と炎が森や神殿を赤く染めあげる。
壱与はなすすべなく呆然としていた。
そんな彼女に老巫女が、もう一度叫んだ。
「早く!あなたは私たちのそして、邪馬台国の女王ですぞ!」
壱与はその言葉に、はっと気づかされ、無意識に走り出していた。
多くの巫女達は神殿と命を共にする。
彼女は拳を固め、歯をくいしばり、力の限り、炎から逃れる。
十六夜、文も後ろに従い追い駆ける。
神殿から飛び降りると、怒号と叫び声が辺りに響き渡っていた。
とにかくその場から離れる。
己の命を守る為に走る、走る。
普段は暗い森を煌々と紅蓮の炎が包む。
息の続く限り走り続けてきた壱与は、地中から出た木の根に足を取られて転んでしまう。
膝を擦りむくが、痛みを堪え立ち上がる。
再び駆けだそうと一歩目を起こす。
「お待ちください、壱与様」
文が声をかける。
「文・・・」
「ここまでくれば、追っ手はかわしたと心得ます。しばし休息を・・・」
文は荒く呼吸している。
壱与は大きく、首を振った。
「私は行きます。みんなの為にも、生きなくちゃ。文は少し休んで」
「行きましょう」
十六夜は壱与を促す。
彼女は頷いた。
文は眉間に皴を寄せた。
「待ちなさい!」
文は感情を露わにして大声で叫ぶ。
その言葉の圧に壱与たちは驚いた。
「どうしました?」
文の手には小刀が握られていた。
「あなたはここで死ぬのよ」
文の目は大きく見開かれ、その行動は常軌を逸している。
「なにを?」
十六夜は壱与を守る為、前に立ち両手を広げた。
「すべては、邪馬台国の為」
文はにじり、にじりと狂気の顔で近寄る。
二人は、じりっ、じりっと後退する。
しかし、飛びかかるには十分な距離となった。
「新しい世の為に、死になさい壱与。私が真の女王となる」
文は襲いかかる。
十六夜は歯を食いしばり、目を閉じた。
刹那の出来事。
壱与は十六夜の前に素早く進み出ると、文の小刀が握り締められている右手首を手刀で一閃した。
固く握られていた小刀が落ちる。
「私はまだ死ねません」
それは決意。
希望への意志。
へなへなと腰砕けに座り込む文に言い放った。
壱与と十六夜は踵を返し走り出した。




