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「壱与様、早くお逃げなされ」


 老巫女が叫ぶ。

 赤々と炎が森や神殿を赤く染めあげる。

 壱与はなすすべなく呆然としていた。

 そんな彼女に老巫女が、もう一度叫んだ。


「早く!あなたは私たちのそして、邪馬台国の女王ですぞ!」


 壱与はその言葉に、はっと気づかされ、無意識に走り出していた。

 多くの巫女達は神殿と命を共にする。

 彼女は拳を固め、歯をくいしばり、力の限り、炎から逃れる。

 十六夜、文も後ろに従い追い駆ける。


 神殿から飛び降りると、怒号と叫び声が辺りに響き渡っていた。

 とにかくその場から離れる。

 己の命を守る為に走る、走る。


 普段は暗い森を煌々と紅蓮の炎が包む。


 息の続く限り走り続けてきた壱与は、地中から出た木の根に足を取られて転んでしまう。

 膝を擦りむくが、痛みを堪え立ち上がる。

 再び駆けだそうと一歩目を起こす。


「お待ちください、壱与様」


 文が声をかける。


「文・・・」


「ここまでくれば、追っ手はかわしたと心得ます。しばし休息を・・・」


 文は荒く呼吸している。

 壱与は大きく、首を振った。


「私は行きます。みんなの為にも、生きなくちゃ。文は少し休んで」


「行きましょう」


 十六夜は壱与を促す。

 彼女は頷いた。

 文は眉間に皴を寄せた。


「待ちなさい!」


 文は感情を露わにして大声で叫ぶ。

 その言葉の圧に壱与たちは驚いた。


「どうしました?」


 文の手には小刀が握られていた。


「あなたはここで死ぬのよ」


 文の目は大きく見開かれ、その行動は常軌を逸している。


「なにを?」


 十六夜は壱与を守る為、前に立ち両手を広げた。


「すべては、邪馬台国の為」


 文はにじり、にじりと狂気の顔で近寄る。

 二人は、じりっ、じりっと後退する。

 しかし、飛びかかるには十分な距離となった。


「新しい世の為に、死になさい壱与。私が真の女王となる」


 文は襲いかかる。

 十六夜は歯を食いしばり、目を閉じた。


 刹那の出来事。

 壱与は十六夜の前に素早く進み出ると、文の小刀が握り締められている右手首を手刀で一閃した。

 固く握られていた小刀が落ちる。


「私はまだ死ねません」


 それは決意。

 希望への意志。

 へなへなと腰砕けに座り込む文に言い放った。

 壱与と十六夜は踵を返し走り出した。




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