四、敗戦 10
「いけいいっっ!」
戦は業を煮やした狗呼の大号令によってはじまった。
「おおうう!」
兵士は心を奮い立たせ鬨の声をあげ、狗奴国領へ突き進む。
邪馬台国軍は猛烈に攻めたて、狗奴の軍を悉く蹴散らした。
しかし後列に控えるのは呉軍である。
狗奴軍とは比べ物にならないほど、兵装されかつ、訓練、洗練されている軍は、邪馬台国軍の猛攻を軽く退けると、後方から連弩を放った。
苛烈を極める弩の攻撃に邪馬の兵は倒れ四散していく。
難升米は狗呼に自軍を連弩の射程距離から離れるように進言する。
はじめ狗呼は進言に渋っていたが、見る見るうちに自軍の兵士が倒れていくのを目の当たりにして退くことを決めた。
冷静さを取り戻した狗呼は、呉軍に畏れを抱いた。
自らは安全圏まで撤退すると、そこに陣を構えて動こうとはしなかった。
二日、三日と再び両軍は膠着状態となった。
勝機を見出していた邪馬台国だったが、戦いの趨勢は逆転してしまう。
このまま膠着状態を続けていても、邪馬台国にとっては埒があかないのは当然だが、兵糧が底をつきかけている事や、先の戦いで呉軍の強さをまざまざと見せつけられ、兵士達の士気は著しく低い。
さらに間延びをしてしまった邪馬台国軍に、地の利を活かした狗奴国軍が毎夜、夜襲をしかけてきて、兵士達は肉体、精神的もぼろぼろだった。
すでに退却するしかないと難升米は判断している。
軍議で狗呼に退却を進言する。
「ならぬ」
狗呼はそれの一点ばりだった。
「しかし、このままでは、我らは全滅ですぞ」
「我らは神の軍ぞ」
狗呼は軍議の隅で、固く縮こまっている壱与を睨みつけた。
「現状を見よ。敗北は明白」
「まだだ。まだ終わっておらぬ」
狗呼は目を血走らせて言う。
「笑止!」
難升米は拳を振りかざし床に叩きつけた。
「将軍、王の御前ぞ」
把流は難升米を咎めた。
「大局も見えない者が、何が王だ!」
「貴様っ!」
狗呼は怒りに任せて帯剣を抜く。
意に介さず、眉一つ動かさない難升米は、さらに進言を続ける。
「ワシを斬って、玉砕し邪馬台国を滅亡させるか、ワシを斬って戦いの事を決するのか早ようせい!」
難升米は己の覚悟を示した。
狗呼は剣を難升米の首筋にあてたまま動かない。
沈黙の対峙の後、狗呼は剣をおろした。
「分かった。退却しよう」
狗呼は力なく呟いた。
「賢明な判断だ」
難升米は頷く。
「難升米よ。お主に殿を命じる。この軍をこれ以上、損なうことなく我が国へ導け」
狗呼は命じた。
「承知!」
難升米は号令をかけるべく、その場を去った。




