壱、卑弥呼の死 1
壱、卑弥呼の死
篝火が赤々と燃え、曇闇が包む黒の世界に明りをもたらしている。
いつもなら静寂が辺りを包む刻限も、今宵ばかりは見渡せば群衆が囲み騒然としている。
今日という日は二度とない、皆は一同に興奮し、高揚していた。
人々が騒めきたった。
蟻一匹も通さない鈴山の人だかりは、一人の老婆がその場に現れると、詔を告げる神殿魂座への道を空けた。
老婆はゆっくりと歩みを進める。
老婆の名は邪馬台国女王卑弥呼。
かつて日本が倭と呼ばれていた時代、このクニを治めていた権力者である。
その女王は一度たりとて民の前に姿を晒したことなどなかった。
彼女に仕える数人の巫女達とともに、クニの奥にある森神殿に篭り、詔を発してきた。
彼女の詔は一度として間違えることはなく、邪馬台国は大いに栄えた。
人々は目の前にいる女王の全ての動向に固唾を飲んで見守った。
齢はゆうに百を超えるといわれている。
その存在すら伝説である卑弥呼がゆっくりと歩いている。
髪は真っ白、幾重にも刻まれた皴が彼女の苦悩に満ちた人生を物語っていた。
僅かに腰は曲がっているが、足取りはしっかりしている。
瞳の奥に宿る凛とした蒼き炎は、女王たる威厳に満ち、見る者を委縮させた。
やがて、彼女の前に一人の男が現れ、柏手を大きく打ち平伏した。
弟王狗呼である。
卑弥呼の詔を民に発するのは彼である。
だが、彼は邪馬台国の王となる野心をその胸中に持っていた。
卑弥呼はなお進む。
神殿の前に差し掛かると、軍将難升米と政使夜邪狗が平伏していた。
彼女は長年に渡るクニの功労者に、にこやかに微笑む。
神殿へと昇る階段を前にして、卑弥呼はずっと後ろから従い歩いてきた少女を振り返る。
彼女の名は壱与。
この後、邪馬台国を治める女王となる。
今、年は九つ。
壱与は言い知れぬ漠然とした不安を感じていた。
そんな少女の気持ちを慮って、卑弥呼は彼女の小さな手を取り、胸に抱きしめる。
「壱与、後は頼みましたよ」
「・・・母様!」
壱与は思わず叫んだ。
卑弥呼は踵を返すと階段をのぼりはじめた。
ゆっくり、ゆっくりと。
やがて、普段は狗呼が詔を発する魂座に卑弥呼は立った。
群衆に大きなどよめきがあがる。
人々が見渡せる高さの魂座に、息上がる卑弥呼は呼吸を整えると、静かに両手を広げた。
それまでの喧騒が静寂へと変わる。
卑弥呼はゆっくりと語り出した。
「近い将来、このクニは二つに分かれて、争いが起こるだろう。災いは・・・」
卑弥呼が息を吸い、次の言葉を発しようとした瞬間。
闇の彼方から空を切り裂き、唸りをあげる一矢が卑弥呼の胸を貫いた。
彼女はそれを受け入れたかの如く、微笑みを浮かべ静かに目を閉じた。
卑弥呼はよろめき魂座から落ちる。




