第95話 「揺れる心」
ベアトリーチェのいる女王の間まで来たリュートは、何とかレムとアビスが協力し合える関係になれるよう話し合いに来た。
本当ならサイロンとここへ来るように言われていたのだが、サイロンを待っている時間が惜しく感じられる程に気が焦っていた。
昨日は精霊の契約、召喚、そしてディアヴォロの封印という大仕事をした後だったので自分でも気付かぬ内に眠りに落ちていたこともあり、それらしい話をすることが出来なかった。
もし自分にもう少し体力があったのなら、その日の内にでも話し合いをしたかった位である。
リュートがこれ程までに積極的になっている理由・・・、やはりそれはレムとアビスの緊張状態を何とかしたいという理由が大きかったがそれ以上に、光の戦士であるアギト・・・そして光の神子であるザナハが、意味のない戦いに身を投じているということに心を痛めていたからだ。
互いの国の大人達・・・国のトップである人間達のいがみ合いにより、無益な争いが繰り返されているのならばそれを正す必要がある。
そうしなければ・・・このままいけば本当に、レムとアビスの間で戦争が起きてしまう。
戦争が始まってしまえば勿論、この世界と関わりを持ってしまったリュート達にも命の危険が及ぶことになる。
回避出来る戦いならば何としても止めなければならない・・・、そして唯一互いの国の事情を知ることになったリュート自身が両国の架け橋となるべきである・・・そう考えたのだ。
アギトから教わったこと・・・、それは「自分に出来ることをする。」
出来ることがあるのに何もしないなんてイヤだと・・・、友は言った。
何とか出来ることならば、何が何でもどうにかする・・・。
それが友の口癖であり・・・、彼の行動理念でもあった。
自分もそうありたい、そうなりたい・・・。
そして・・・、今自分にしか出来ないことが見つかった。
何としてもベアトリーチェを説得して、レムとの戦争をやめさせる・・・その為にリュートはたった一人でここまで来たのだ。
元々、他人との関わりを苦手とするリュートにとってこれ程緊張することはない。
今にも緊張の余り吐き気がして、胸がムカムカする。
相手は一国の女王、そんな人物相手にただの小学生である自分がどれ程のことが出来るというのだろうか。
そんな弱気な心は相変わらずであるが、それでもアギトやザナハのことを思うと勇気が湧いてくるのが不思議だった。
その気持ちに押されるように、リュートは女王の間の扉に近付く。
ドアをノックしようと手をかけた時、どこからともなく現れた女王の配下の女性がすぐ横に立っていてリュートは飛び上がりそうな位にびっくりした。
「リュート様、女王陛下は只今ルイド様と謁見中でございます。
後ほどサイロン様と共にお越しくださいますよう、お願いいたします。」
ものすごく丁寧な口調であったが、配下の女性の雰囲気はどこか冷たく・・・氷のように感じられた。
しかしここで引き下がってしまっては、ここに来るまでの間に積んできた勇気が雪崩のように崩れ落ちてしまうと思ったリュートは、少しだけ強気に反論した。
「あの・・・、僕の用件も急を要するんです!!
すみませんが中へ通してもらえませんか!?・・・お願いします!!」
配下の女性はしばし、リュートをじっと見据えていた。
その間もリュートは彼女から目をそらさずに、じっと見つめ返した。
ここで目をそらしたら負けになる・・・、直感でそう思ったからだ。
「・・・では、少しお待ちください。」
一言そう告げると、配下の女性は扉に向かって中にいるベアトリーチェに語りかけた。
その様子を見てリュートは、少しだけほっとする。
「ベアトリーチェ様、リュート様より急を要するお話があるそうですがお通ししてもよろしいでしょうか?」
その女性の声は決して大声を張り上げているワケでもなく、むしろ静かな口調で告げていた。
しかし中からその声はちゃんと聞こえているようであり、ベアトリーチェからすぐに返事が返って来た。
「・・・よい、入れ。」
すぐ返事が返ってきたことは返ってきたのだが、その口調はどこか含みのあるニュアンスだったのが気になった。
・・・が、とりあえずは許可が下りたということもあり配下の女性から「どうぞ」と促されると、扉が開いて中へ通された。
中を覗き込むと、そこには昨日と同じように大きなソファにベアトリーチェがだらしなく座っていて、その横にルイドが立ったまま寄り添っていた。
この二人は一体どういう関係なんだろう!?と疑問に思いながら、リュートは中へと入って行く。
挑戦的な眼差しでリュートを窺うように見つめるベアトリーチェとは対照的に、ルイドの視線はどこか冷たかった。
二人で何か大事な話でもしていたのだろうか・・・、そう思いながらとりあえず目の前まで来てから謝罪する。
「あの・・・お話の途中に邪魔してしまってすみませんでした。
どうしても女王様に話したいことがあって・・・、サイロンさんの準備が待てなくて・・・来ちゃいました。」
そう言ってぺこりと頭を下げる、ルイドは一言も漏らさずただ黙って見ているだけだったがベアトリーチェは微笑んでいた。
「ベアトリーチェで構わん、妾もお前のことをリュートと呼ぶからな。
それにしても・・・、サイロンにもここへ来るように言ったはずだが・・・あいつめ、寝坊しおってからに!!」
そう舌打ちするベアトリーチェを諌めるかのように、ルイドが口添えする。
「そう言うな、龍神族は元々夜行性の種族なんだ。午前中に目を覚ましているだけでも十分だろう。」
そうなんだ・・・と、初耳だったリュートは心の中で呟いていた。
しかしこんな所で感心している場合ではなかった、二人の話し合いの邪魔をしてまで割って入って来たからには、それなりの決意と
意志表示をしなければ・・・と、緊張した表情のままリュートはベアトリーチェの方に向き直って話し始める。
「あの女王・・・あ、いや・・・ベアトリーチェ・・・さん!?
折り入って話したいことがあってここまで来ました、その・・・聞いてもらえますか!?」
リュートの、今にでも舌を噛みそうなたどたどしい台詞回しにベアトリーチェが若干苛立ちを見せた。
「そんなにかしこまらんでもいい!
もっと普通に喋るが良いぞ、・・・といってもサイロンのように必要以上に馴れ馴れしくされるのもウザったいがな・・・。」
足を組んで、その上に肘をついた姿勢を取ったベアトリーチェが、短く苦笑しながら言い放つ。
リュートはベアトリーチェの言葉を、怖さと有り難さの入り混じった・・・複雑な受け取り方をした。
とりあえず普通に喋れるように努めなければ・・・と思って、小さく深呼吸をしながら・・・再び話し始める。
「えっと・・・、実は昨日の話の続きをしたくて・・・。
昨日ベアトリーチェさんはこう言いましたよね、レムの人間は自分達のことしか考えていない者ばかりだから信用出来ないと。」
リュートが改めて聞いてきた言葉がそれで、ベアトリーチェは少し気を殺がれたような思いになって笑みが消える。
「そうだ、それがどうかしたのか!?
例えお前が何と言おうと、妾は奴等の言うことなど一切信用せんからな!?」
それ以上何を言っても無駄だ・・・と、先手を取るかのように断言するベアトリーチェに・・・リュートが聞き返す。
「それはどうしてですか!?」
断言したというのに質問を返してくるリュートに、ベアトリーチェは眉根を寄せる。
その表情は同じことを何度も言わせるな・・・という、拒絶に近い不快感を表していた。
「どうして・・・だと!?
フン!!そんなこと・・・奴等が今までしてきたことを考えれば、十分にわかることであろうが!!」
負けじとリュートは質問攻めという対応に専念する。
それには一応理由があった。
「僕はつい最近この世界に来たばかりなので、その辺を詳しく説明してくれないとわかりません。
一体レムの人達が、アビスに対して何をしてきたというんですか!?」
足を組むのをやめて、ソファの上にあぐらをかいて座るベアトリーチェにルイドが呆れたように視線をそらしている。
誰が見てもわかるように今のベアトリーチェは、明らかにイライラしていた。
「ならばお前にもわかるようにハッキリ言ってやろう!!
レムの愚か者どもは今までこのアビスに対して、常に宣戦布告してきた!!
マナの全てをレムに回せ・・・とな!!
そんなことをすれば世界の均衡は破られて、アビスが滅びるどころかディアヴォロが完全に復活してしまうのは目に見えておる。
アビスの世界と国民を守ることこそが、妾の最も優先すべき使命なのだ。
レムの要求に応えることなど出来るはずもない、しかしそれでもレムどもは光の神子を投入することで2国間に道を作り、
幾度となく攻め込んできおった。
妾の代で龍神族を仲介人とした一時的な休戦条約が成されたが、今もなお奴等は光の神子を使って道を作ろうとしているではな
いか!!
先代の時も・・・、先々代の時も・・・!!
レムが投入した光の神子によってマナ天秤が操作されて・・・、マナはレム側に傾いていっている。
おかげでアビスのマナ濃度は減少の一途を辿っており、わずかなマナで国民達は細々とした生活を強いられておる!!
この現状を重く見た妾は、ようやく現れた闇の神子に使命を全うするよう命じたのだ!!
・・・このルイドの妹である、ジョゼにな・・・。」
声を荒らげながらも、その気高さが損なわれることはなく・・・一通り話したことで少しだけ落ち着きを取り戻す。
・・・ベアトリーチェの言いたいことはわかった。
レムが何度もこのアビスに攻め込んできたこと・・・、それはきっと・・・その度にアビスの国民が犠牲になったという意味そのものなんだと…推察する。
だがやはり、今の話から聞いてもわかるように・・・ベアトリーチェの言葉には、あくまでアビスが被害に遭っているという内容しか語られていなかったことに気付く。
そこにレムの真意や目的が一体何なのか、そういった内容はわからないまま・・・とでも言っているように感じ取れた。
彼女の言葉の中には、受け身としての内容しか読み取れないと・・・リュートは判断した。
「ベアトリーチェさんから見て、レムがどうしてそこまでしてマナ濃度の独占にこだわるのか・・・その理由を考えたことが
ありますか!?」
もはやリュートとの問答は無意味だと、叫び出したくなりそうな思いを腹の中で抑えるように答える。
「あるわけがない!!奴等の考えがわかる位ならば、こんな苦労はせんわ!!」
ベアトリーチェの返答に、大体の見当はついた。
いや・・・、こんな回りくどい言い回しをしなくても最初からわかっていたことかもしれない。
ベアトリーチェは・・・、いや・・・恐らくレムもアビスも・・・お互い相手の話を聞こうとしなかったに違いない。
話し合いの場を持たず、お互いの意見の交換をすることもなく、それぞれがそれぞれの思惑で行動してきた結果がこれなのだ。
そのせいで修復不可能になる程の確執が膨れ上がって、お互い憎しみ合う関係を築いて行ってしまった。
誰か一人でも歩み寄る行動を取ってさえいれば、何かが変わっていたのかもしれないのに・・・。
しかし今頃そんなことを言っても無駄なことだろう、ここまで亀裂が大きくなってしまってはちょっとやそっとの努力で何とかなるはずもない。
リュートにとって、忘れることが出来ない程の憎しみというものを味わったことがないので、ベアトリーチェに対して簡単に
「憎しみを捨てろ」などと言えるはずもない。
彼女は今まで国が背負ってきた責務や、これまでの歴史の中で刻まれていった過去の戦争の傷跡・・・、失った国民の命・・・、
その全てを彼女が国の代表として背負い続ける限り・・・、決して簡単に赦すことなど出来るはずがない。
きっと「説得」という簡単な言葉だけで、彼女の心を動かすことなど・・・不可能に近いだろう。
それこそ・・・、大規模な「革命」でも起こさない限りは・・・。
「お前の話はそれで終わりか!?」
すっかり機嫌を損ねてしまったベアトリーチェは、リュートを睨みつけるようにそう言い放つと「さっさと出て行け」とでも言うような態度で見据えていた。
説得するつもりでここに乗り込んで来た今のリュートに、説得したい気持ちはあってもベアトリーチェの心を動かせるだけの説得
材料が見当たらなかった。
ベアトリーチェの凄みにたじろいでいるわけではないが、どうしても言葉が届かない心の壁を感じてヘコんでいるのは確かだった。
とりあえずは出直しか・・・と、そう思ったリュートにルイドが口を挟む。
「リュート、お前はどうしてそこまでして・・・レムとアビスを結びつけようと動くのだ!?
お前は闇の戦士、アビスの為に動くというなら話はわかるが・・・なぜそうまでしてレムに加担しようとする?
最初に訪れた地がレムだからか?
それともお前にとってレムグランドには、それ程までに特別だと思える何かがあるのか?」
ルイドの問いに、リュートは真っ直ぐに答える。
「・・・大切だと思える人が、レムにいるからです。
戦争は憎しみと悲しみしか生み出さないってわかるから、その人にそんな思いを味わってほしくないんです。
・・・それは、ルイドも・・・ベアトリーチェさんも同じはずでしょう?」
「・・・・・・!」
ベアトリーチェに反応があった・・・、が。
しかし・・・、あえてリュートはその反応に食いつこうと思わない。
自分の本心の言葉を、こんなところで穢したくなかったからだ。
礼儀としてベアトリーチェ、そしてルイドに一礼してからリュートは女王の間を後にした。
二人の話は恐らくまだ途中のはずであったから、これ以上その邪魔をするわけにはいかないと思った。
扉を開けて部屋から出ると、目の前にはサイロンが静かに微笑みながら立っている。
サイロンと一緒に女王の間に呼ばれていたのに、彼を待たずに自分だけ先に来てしまったことに罪悪感を感じる
「あの・・・、勝手なことをしてすみませんでした・・・。」
しかしサイロンは全く気にしていないのか、笑顔のまま言葉を返してくる。
「何を謝る必要があるのじゃ!?
お主はお主のしたいことをしたまでのこと・・・、それを余がとやかく言うことはないじゃろうが。」
穏やかな口調でそう言うサイロンに、リュートは言っていいものかどうか迷ったが・・・つい口を突いて出てしまう。
「サイロンさんは、レムとアビスの関係をどう見てるんですか?
中立の立場から・・・。
言ってみれば僕は今・・・サイロンさんと同じで・・・レムとアビスの中間の位置にいるような感じがして・・・。
そりゃレムグランドには心を許せるような仲間がたくさん出来て・・・、出来ればレムに加担したいです。
でもアビスグランドの現状を知ってしまったからには、そうもいかないって・・・。
どっちの国にも戦争なんてしてほしくないから・・・、どうしたらいいのかわからなくなって・・・。」
リュートの言葉を聞いたサイロンの三白眼の瞳は、まるでリュートの心の中すら見透かすような眼差しで、静かな色をしていた。
少し間を置いてから、ようやく口を開く。
からかわず・・・、その心根を正直に話してくれた。
「正直・・・、余も今のお主と同じように心が全く痛くないわけではないよ。
出来るものなら何とかしてやりたいのが本音じゃ。
しかしそれは、第三者が口を出すことで・・・果たして変わることなのかのう?
結局は両国の気持ちの問題じゃ。
いつ訪れるかわかりはせんが、先日お主が言ったように・・・誰かが憎しみを断ち切らねば一生変わることはないじゃろう。
その根底が深ければ深い程・・・、当事者でない者がいくら口添えしたとて・・・大した説得にもならん。
それがわかってしまった今となっては、余はただ・・・事の成り行きを見守っていくしか出来ることはないのじゃよ。」
無力でしかない自分を蔑むような口調で、サイロンが思いを告げた。
本当に・・・、本当にそれしかないのだろうか?
サイロンの導き出した答えを否定するわけではないが、どこか諦めてしまっている面が見え隠れしているように感じる。
リュートよりずっと権力があって、力があって、立場のある人物でさえ・・・両国の亀裂を修復する術を見出せないでいる。
二人の間に沈黙が訪れて・・・、突然ベアトリーチェの配下の女性・・・先程の人物が忽然と現われて二人に告げる。
「サイロン様、リュート様、ベアトリーチェ様との面会の時間にございます。
女王の間にはルイド様もいらっしゃいますので、どうぞお入りください。」
そう促されて、リュートはさっき会ったばかりのベアトリーチェと再び面会することになってしまった。
自分の用件は済ませたつもりだったが、そもそも向こうからの用件は何一つ聞いてない状態であったことを忘れていた。
若干気まずい感じになりながらも仕方無いと諦めて・・・、リュートは再びサイロンと共に女王の間へと入って行く。