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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 1
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第92話 「風の精霊・シルフ」

 ベアトリーチェの言葉に息を飲んだ・・・、ここが最下層の最終地点であり・・・歴史上の魔導兵器ディアヴォロが安置されているという、隔壁の間。

そう告げられ、リュートはこれまでに経験したことのなかった緊張が走る。


恐怖・・・。


今リュートの心を支配している感情は、まさに恐怖そのものだった。

ディアヴォロがどれ程恐ろしく・・・そしてどれだけ人類を恐怖に至らしめたのか、それは人づてにしか聞いていないリュートには

ハッキリと想像することは出来ない。

実際、ディアヴォロがどれ位の力を有していたのか・・・どんなやり方で人間達を苦しめたのかは、何も聞かされていない。

想像に乏しいリュートがなぜ、隔壁の間を目の前にしただけでこれ程の恐怖を感じてしまうか・・・。


それは圧倒的ともいえる威圧感・・・、精神を強く保っていなければあっという間に心を支配されてしまうという恐怖。

まるですぐ目の前に巨大生物が眠っているかのような、そんな胎動を肌で感じ取ることが出来たのだ。


空気が振動する位のドクンドクンという鼓動の音・・・、部屋全体がうなっているかのように微かに感じる地響き・・・。

ひどく重苦しいような・・・酸素濃度が薄いように息苦しくなって、無意識に呼吸が乱れる。

バクバクと心臓が早鐘を打って、額からはつつーっと汗が流れ落ちる。


なぜ・・・?

ディアヴォロは、魔力増幅装置と言われた『機械』のはずなのに・・・?

どうして生物のような鼓動を感じるのだろう!?


「あの・・・っ、ディアヴォロは機械・・・なんですよね?

 どうしてこの扉の向こうにいるモノが、・・・まるで生きているように感じられるんですか?」


呼吸荒く、それでも必死ともいえる表情で声を押しだしたリュートに、ベアトリーチェが静かに答える。


「確かに当初ディアヴォロが製造された時には、魔導兵器として造られたが・・・稼働してマナを喰らう内に生物としての機能を

 自ら取り込んだのだ。

 まるで自分が生命体でありたいとでもいうように・・・、マナを、人を、魔物を喰らって・・・それらを自分の肉塊とした。

 わらわもディアヴォロの本体をこの目で見たことはないが・・・、碑文によればそれはとても見るに堪えない化け物のよう

 であったと記されておる。

 この胎動も・・・鼓動も、ディアヴォロが生物化した為に聞こえてくる・・・生きた証だ。」


そんなものを・・・7億年も昔から、ずっと封印してきた。

本当に・・・、本当にそんな恐ろしい化け物を完全に倒すことが出来ないのだろうか!?

リュートが押し黙っていると、ルイドが封印の準備に取り掛かる。


「ベアトリーチェ、陣を張ってくれ。

 俺は今から精霊を召喚し、継承させる為の儀式を行なう。」


そう言ってルイドは扉から離れて、胸の前で両手を組み・・・マナを練った。

ルイドの言葉にベアトリーチェとサイロンが眉根を寄せる。


「精霊の継承・・・って、今ここでリュートにマスター権を譲るというのか!?」


サイロンが、そんなことが可能なのか!?とでも言うような口調でルイドに問いただす。

ルイドは器用にも、集中してマナを練りながらサイロンの問いに答える。


「そうだ・・・、今のリュートならば風の精霊と契約を交わす位の力を有しているからな。

 あとは俺が土属性を・・・、そしてベアトリーチェが闇属性のマナを放出することで簡易的な封印が行なえる。」


ディアヴォロの封印に精霊を召喚して力を借りるということを知らされていなかったリュートは当然、戸惑う。

まさか自分が、今ここで精霊との契約を交わすことになるなんて・・・、全く想像すらしていなかったことだった。

しかも契約を交わすということは、その精霊に自分の力を認めさせるとか・・・そういった儀礼的なものがお約束だろう。

確かに最初の頃に比べたら努力の甲斐あって、レベルも随分と短期間の内に上げることが出来たが・・・だからといって、何の心の準備もしないまま精霊との契約を交わすなんて・・・。

勿論リュートはいつものような逃げ腰になり、精霊との契約なんて無理だと・・・断ろうとした。

ここまで来て「出来ない」なんて本当は言いたくなかった。

しかし、ただでさえこの場所では不安や恐怖に負けないように常に気を張っておかなければならないという状態で、この自分に一体何が出来るというのだろうか!?


だが・・・、一歩遅かった。

リュートは今まで、精霊の召喚という場面を一度も見たことがなかった。

しかしさすがに目の前にすれば、何が行なわれているかなんて・・・聞かなくてもすぐにわかる。

ルイドが呪文の詠唱のようなものを唱え終えて、左手を大きく振り払うような動作をしたと同時にルイドを中心に突風が巻き起こった。


「現れ出でよ、シルフ!!」


サイロンとリュートはその突風に一瞬吹き飛ばされそうになり体勢を低くして構える。

ベアトリーチェは離れた場所・・・、扉の前で魔法陣のようなものを精神集中して描いており、赤い髪がなびく程度だった。

心地よい風と共に、ルイドの目の前に姿を現したもの・・・。

緑色の帽子、そして緑色のチュニックを着て・・・金髪のショートヘアから尖った耳をぴくぴくさせる。

外見はまさにいたずら好きな少年という雰囲気があり、空中に浮かんだままあぐらをかいていた。

にやにやといたずらっぽく微笑んで、回りをきょろきょろと見回している。

すると・・・。


『げぇっ!!

 おいルイドっ!!なにボクをこんな所で召喚してくれてんのさっ!!

 ここってアレだろ!?・・・ディアヴォロがいる隔壁の間なんじゃないのか!?』


辺りを見回すまでは余裕のある笑みを浮かべて余裕しゃくしゃくで宙に浮いていた精霊・・・シルフだったが、ここが隔壁の間だと知るや否やルイドに掴みかかるような勢いですぐ目の前まで飛んで来て、ルイドの顔の・・・目と鼻の先まで詰め寄った。


『ボクここ苦手なんだよ・・・、空気は悪いし・・・陰気だし・・・暗くてジメジメしてるし・・・。

 あ〜〜〜ダメだ、なんかテンションものすご下がってきたし!!

 ねぇ、還って寝ていい?』


そうグチりながら、シルフは空中でゴロゴロと駄々をこねるように転げ回って・・・、逆さまになりながらルイドの顔を覗き込む。

リュートは精霊の姿を見て・・・、感動どころかわずかなショックと失笑の入り混じった複雑な気持ちで一杯になった。

え・・・?精霊・・・って、こんなんだっけ?

精霊ってもっとこう・・・、威厳があって・・・神秘的で・・・格の高い雰囲気を持っているもんじゃなかったの!?

それがなに!?・・・この俗っぽい感じわ。

見た目そのままの子供のような感じで、いきなり還って寝たいとか言ってるし・・・。

呆気に取られたリュートにシルフがちらっと視線をやった。


『・・・あれ!?

 ねぇルイド、あれって・・・なに、戦士!?え・・・!?・・・なんでっ!?

 つーか、さり気なくボクのことをがっかりした視線で釘付けじゃない!?・・・ものすご失礼なんだけど!?』


シルフの一方的な喋りに、ルイドは慣れているのか・・・軽く受け流しながら答える。


「シルフ・・・、あれはリュート・・・闇の戦士だ。

 リュートは精霊を見るのが初めてだからな、許してやれ。

 それよりも・・・、シルフよ。契約のマスター権をリュートに引き継がせたいのだが・・・準備はいいか?」


『えぇっ!?もうそんな時期っ!?・・・相変わらず人間界の時間の流れって、展開が早いなぁ〜〜。

 本当は契約の継承なんて普通出来ないんだけどさ・・・、まぁ・・・今見た感じそういうことなら可能かもね。前例はないけど。

 元々ボクと契約を交わした時からの契約内容に入ってたことだし・・・、いいよ。』


一人で納得したシルフがルイドの頼みを了承すると、意味があるのかないのか・・・軽く空中で一回転して仁王立ちしながらリュートの目の前に飛んできた。

面白そうにリュートを眺めるシルフだったが、それもすぐに飽きたのか・・・またルイドの方へと飛んで行ってしまう。

リュートはどうしたらいいのかわからず、ルイドを・・・そしてサイロンを交互に見つめながら指示を待った。


「リュート、こっちへ来い。」


ルイドにそう促されて、渋々リュートは言う通りにする。

自分はルイドの言うことを聞いているんじゃなくて、アビスの女王に頼まれたからここにいるんだ・・・と言い聞かせた。

リュートはルイドの指示通りの位置につき、両足は肩幅位に広げ、深く深呼吸をして全身のマナを解放する状態を作った。


「そうだ・・・それでいい、契約の継承といっても・・・契約するに必要な設問には答えなければいけない。

 シルフとの契約を交わす為の儀式が始まれば、精神はシルフの指定する精神世界面へと移動することになる。

 別にお前の肉体が他の異次元空間に移動するというわけではない、精神・・・心・・・魂が精神世界面であるアストラルサイド

 へと導かれるのだ。

 そこは精霊たちが住む場所のようなもの・・・、そこに肉体や物質を構成するものは存在しない。

 お前はそこでシルフからの設問に、本心から思っていることを答えればいいだけだ。

 大丈夫・・・、俺の見立てではお前は間違いなくシルフのテストに合格できる。」


ルイドはそう言うが・・・、一体ルイドが自分の何を知っているんだと・・・リュートは心の中で思っていた。

しかしその言葉は伏せたまま・・・ルイドの言う精神世界面という場所への移動が始まった。

それは不思議な感覚だった。

まるで全身の力が抜けて行くような感覚がしたかと思うと、一瞬にして深い眠りにつくように・・・がくっと意識がなくなる。

しかし頭の中は冴えていて・・・気がつけば、薄い緑色をしたグラデーションだらけの空間に放り出されていた。

ここがそのアストラルサイドという場所なのだろうか?と思った矢先、リュートは自分の体が見えていないことに気が付く。

まるで全身が透明人間にでもなったみたいに、頭の中では自分の目の前に手をかざしているイメージをしているのに、視覚出来ない。

今まで経験したことのない異質な感じに一瞬混乱しかけた時、シルフの声がどこからか聞こえてきた。

まるで頭の中に直接話しかけられているような感じで、・・・実際にはここに肉体というものは存在しないのだから頭の中という表現もおかしいのだが・・・。


『心配ないよ、ここはさっきルイドが言ったアストラルサイド・・・肉体のない、精神だけの世界だから。

 さて・・・それじゃ、なんだか時間がないみたいだし!?

 そろそろ始めるけど・・・、いいかい!?・・・それじゃ行くよっ!!』


返事をする暇もなく、リュートがあたふたしてる間にサクサクとテストが始まってしまう。


『君にとっての自由・・・って、何だい!?』


「・・・え?」


呆気に取られた・・・、いきなりそういう質問とは思っていなかったからだ。


『ほらほら・・・!パッと浮かんだ思いを言うんだよ。』


「えっと・・・、僕にとっての自由!?え〜〜っと・・・、無限に広がる世界を飛び回れる翼を持つ鳥・・・かな?

 大空を自由に飛び回って世界を見つめるんだ・・・、そんな光景を見たら・・・とても解放的な気持ちになれるから・・・。」


『ふ〜〜ん、そんじゃ次ね!』


・・・本当に質問に答えるだけなんだ、とリュートは思った。

てっきり質問に答えた言葉それぞれに何か一言添えられる覚悟をしていた、笑われたり、変に思われたりするのを覚悟していた。

しかしシルフはリュートが答えた言葉に、何を言うでもなく・・・淡々と次の質問にいったので拍子抜けした。


『君にとって最も大切なものは、何だい!?』


一瞬・・・、二人の顔が浮かんだ。

本当なら大切に思える人達全員を言いたい、お父さん、お母さん、弟や妹達、親友達に、仲間達・・・。

リュートは言葉に詰まった。

大切・・・、最も大切ってなんだろう!?

一番大切に思える人のこと!?

でもそれって一人に絞らなければいけないことなのだろうか!?

いや、人とは限らないかもしれない。

例えば・・・平和とか、自然とか・・・。

しかしそれらはリュートにとって曖昧なものにしか感じなかった、世界にとって大切だけど・・・いまいち実感が持てない。

それならば、やはり近しい人物なんだと・・・リュートは考えを絞った。

当然、一番最初に浮かぶ人物はアギトだ・・・間違いない。

彼がいたから今の自分がいる、青い髪を恨んで・・・憎んで・・・誰にも心を開くことが出来ずにいた自分を、心の闇の底から救い出してくれたのは他の誰でもない・・・アギトだったからだ。

ほんの少し前ならば、真っ先に・・・迷うこともなくアギトの名を口にしたことだろう。

しかし、頭の中に浮かんだもう一人の人物・・・。

気付いてしまった本当の気持ち・・・、初めて大切だと・・・全ての苦しみから守ってあげたいと心から思った少女。

迷ってしまう自分に、嫌気がさした。

だってどちらも本当に・・・心の底から大切なことに変わりはない。

どちらかを選ぶなんてことが出来る程、自分は偉いわけでもない。

散々悩んで・・・、リュートは答えを決めた。


「僕にとって・・・、この世で最も大切なものは・・・。」




ふ・・・っと、意識が戻る。

リュートは突然自分の体の重さを感じて、思わず体勢を崩して倒れるところだった。

それをすぐ側にいたルイドが支えて・・・そしてリュートがシルフのテストに合格したことを知らせる。

リュートは何が何だかわけがわからない状態だった、まるで夢から覚めて・・・その夢の内容をすぐ忘れてしまう感覚に似ていた。

テストに合格した・・・ってことは、つまり!?


「僕・・・、精霊と契約を交わしたってことなんですか!?」


「そうだ、これからは魔法を使う時のように呪文の詠唱をしながらマナを集中させるといい。

 シルフの名を呼べば、例え加護の無いレムグランドであってもシルフを召喚することが出来るだろう。」


自分が・・・、シルフを召喚出来る!?

言葉で聞いただけでは、今ひとつ実感できずにいた。

ようするにさっきルイドがしたような芸当が、自分にも出来るようになったということなんだろうが・・・。

そんな時、扉の前でベアトリーチェが封印に使用する為の魔法陣を描き終えたところで、こちらに歩いて来て知らせる。


「そっちも事は済ませたようだな、妾も陣を張り終えたし・・・前段取りは済んだ。

 では早速、封印の儀式を始めようではないか。」


腰に手を当てて豪語するベアトリーチェに、リュートは「もう!?」と悲痛な表情を浮かべる。

だがしかし・・・、リュート以外の者達は準備万端のようで魔法陣の方に向かって歩いて行っていた。

それを見届けたリュートは、覚悟したようにがっくりと肩を落として・・・重たい足取りでみんなの後について行く。

しかし・・・精霊との契約を交わし終えたというが、本当についさっき契約したばかりの自分にぶっつけ本番で封印の儀式とやらをやらせるつもりなんだろうか!?

それはちょっとあまりにも無謀なのではないだろうか、とリュートは不安な気持ちを隠せない。

これもディアヴォロの負の感情の影響なのかと思いながら、なんとかマイナス思考なことを考えないように努める。


魔法陣の上に3人それぞれが均等な位置につき、そしてそこでそれぞれ担当する属性のマナを練る。

ルイドは土属性の精霊であるノームを召喚した。

丸っこい体型で、のほ〜んとした・・・まるで何も考えていないような表情で・・・真っ白いモグラといった感じだった。

そしてリュートは先程継承した精霊、シルフを早速召喚してみる。

魔法を使うように・・・、まずは全身のマナを解放し・・・呪文の詠唱に入る。

リュートが詠唱した時・・・確かに感覚は魔法を使う時と全く同じだったが、消費するマナは半端なかった。

まるで全身の体力や精神力が勢いよく吸い取られていくような感じで、貧血を起こしたようにふらふらと足元がふらつく。

それでも気丈に踏ん張って・・・シルフの名を叫んだ。

ルイドの時と同じように無事召喚出来て、ほっとする。

ここで出てきてくれなかったら、今この場にいる全員から白い目で見られるところだっただろう。

安心したせいで立ちくらみしたが・・・、またすぐ気をしっかり持つように奥歯を噛みしめる。

ベアトリーチェは、闇属性のマナを放出し・・・3人のマナを感知した足元の魔法陣は鈍い光を放って点滅する。


「さぁ・・・、ここからが封印の儀式の本番じゃ。」



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