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第7話 「光の神子」

 建物がまるで巨大なハリケーンか、地震でも来たかのように激しく揺れる。

 がちゃんっと、テーブルや棚に置いてあった瓶や書類が激しい揺れで床に落ちていった。


「何事ですかっ!?」


 ミラ中尉は身の回りに置いてあるガラス製の備品が、床に落ちて割れないように手で押さえるが、それではとても間に合わなかった。

 他の研究員達も硝子戸で出来た棚が倒れないように、必死で支える。

 ミラの呼びかけに的確に反応出来たのはオルフェ大佐だけで、オルフェはポケットから何かの計測器を取り出すと、その数値に目をやった。


「闇の波導が、凄まじい指数を示していますねっ!! これは暴走に近いっ!」


 そして研究室に一人の兵士が、揺れに耐えながら慌てて入ってきた。


「大変です、大佐っ!! 軟禁していた少年二人がマナを放出させてっ!!」


 やはりと言わんばかりにオルフェはすぐさまマントを翻して二人の少年達の元へと向かった。


「あっ、大佐っ!!?」


 ミラも慌てて研究室に残った研究員に、大事な書類や備品がダメにならないように最善の行動が出来るよう的確に指示すると、すぐにオルフェの後を追った。


 一方アギトとリュートの方は、二人のつないだ手からドス黒く深い闇と強烈な風によって部屋の天井近くまで体が飛ばされていた。

 何とか吹っ飛ばされないようにと意識を失ったアギトの右手を離さないように、リュートは麻痺して痺れる左手に力を込める。


「くっ!!」


 リュートはもう限界に来ていた。


 その時、バンっと扉が開いて二人の兵士に守られるようにザナハが部屋に駆けつけた。


「なっ、何事なのっ!?」


 ザナハは黒い風にあおられる二人を目にして、驚愕した。

 リュートはその問いに答えたかったが、アギトの手を握るのと、強風によって呼吸がしづらくて答えることができない。

 ザナハ自身もどうしたらいいのかわからないようで、二人の兵士が盾となり後ろに後退する。

 そしてようやく、後から大佐が駆け付けた。


「オルフェっ!! 二人がっ!!」


 振り向き様、ザナハは二人の状況をオルフェに伝えようとしたが、彼はすでにどういう状況になっているのか全て承知しているかのような、落ち着いた態度だった。

 すぐその後にミラが到着して、ザナハに怪我がないか気を遣う。


「あたしは平気よ!! それよりこれは一体どうなってるの!?光の波導がしたかと思って駆けつけたら、急に大きな揺れが起きて。部屋に来てみたら闇の波導で溢れ返っているなんてっ!!」


「どうやら闇のマナが暴走しているようです」

「え? 光の戦士じゃなかったの!?」


 ザナハはオルフェを見て、眉をひそめる。


「残念ですがザナハ姫に暴言を吐いた方の少年は、光のマナを持った光の戦士でした。しかしその連れ、影の薄かったもう一人の少年の方が闇の属性を持っていたのです」

「じゃあ、この世界に光の戦士だけじゃなく、闇の戦士まで現われてしまったっていうことなの!?」


 信じられないとでも言いたげに、ザナハの表情が曇る。

 それから、オルフェの言葉をミラが引き継いだ。


「彼らが私達の前に姿を現した時から、彼らがこの世界の住人ではないことは明白でした。それだけでなく、彼らが戦士の資質を持つ選ばれた者だということも最初からわかっていたのです」


「え、どういうこと!?」


 ザナハは初耳だとでも言うように、聞き返す。

 その問いにはオルフェが答えた。


「光属性であっても、闇属性であっても、戦士の資質を持つ人物は必ず青い色の髪をしているのです。

 戦士の持つマナは、体毛の色素を青くする性質を帯びているんですよ。ただ、光であるレム属性なのか、闇であるアビス属性なのか。それだけは精密検査をしないことには、判別できないんです」

「そして、現れたのは光と闇、二人の戦士が同時に姿を現した」


 まるで過去に一度も例がないような口調で、ミラが呟いた。


「とにかく今はそんな話よりも、この現状を一刻も早く収拾することが先決ですね。でないとこのまま放っておけば、あっちの意識を失っている情けない光の戦士の方はマナが尽きて死んでしまいますよ?」


 他人事のようにあっさりと言い放つオルフェ。


「撃ちますか?」


 ミラが腰に装備していた拳銃をいつの間にか構えて、しっかりとリュートに銃口を向けていた。


「いや、彼をこちら側に引き込んでおけば、色々と役に立つと思いますよ。ここはどちらも無傷で解決した方が良いでしょう」


 そんな方法があるのだろうか? と半信半疑な表情で、ミラは渋々拳銃をホルスターにしまう。


「ザナハ姫、何の被害もなく事態をおさめるには神子の力が必要です。力を貸してもらえますか?」

「え?」


 突然自分が指名されて、慌ててオルフェの方に向き直る。


「あたし、何をすれば?」


 オルフェの方に近寄って、指示を仰ぐ。

 するとオルフェは、リュートの方を指さして説明を始めた。


「先程、計測器で調べた結果、『闇』のマナが暴走していることが判明しました。原因はその闇のマナが相反する光、アギトのマナに過剰反応したせいで暴走。闇の方が強すぎる為、アギトは自分のマナを闇の方に強制的に吸い上げられている状態になっているのです。それを止めるには、現在の闇のマナと同等数の光のマナで相殺するしか手はありません。つまりザナハ姫、神子の持つ光のマナでなければ不可能ということなんです」


 ザナハは一通りの説明を聞いて愕然とした。

 絶句して言葉が出ないザナハに代わり、ミラが反対する。


「しかし、それでは大佐っ!! もしほんの少しでもマナの容量を間違えたりしたらその時は、姫の身にも危険が!! 一歩間違えれば、闇は更に姫のマナまでも吸い上げてビッグバンを起こしかねません!!」


 ビッグバン、相反するマナ同士が過剰に引き合って急激に膨れ上がり、その限界量を突破すると、想像を絶する程の大爆発を起こしてしまう現象のことである。

 それだけは、何としても避けなければならない。

 ここにいる全ての人間が死ぬだけでは済まないのだから。


「それでも姫には、やってもらうしかないんですよ。なぜならザナハ姫は、この世界を代表する『光の神子』なのです」


 重たい。

 神子という役割が、こんなにも重すぎるなんて。


 ふっと、ザナハの脳裏に『あの言葉』が甦る。

 自分の心の糧であり、大切な記憶であり、『光の神子』になると決意した。

 あの約束があったから、今の自分はその重荷を背負う決心ができた。


『約束だ。君が望むなら、この国を必ず滅ぼしてやろう』


 そう、心は決まった。

 あたしは光の神子、このレムグランド国の姫なのだから!!


「やります、やらせてください!!」


 オルフェはある程度のアドバイスをした。

 自分に神子や戦士の資質はないが理論上は可能であることを説明し、簡単な概要だけをアドバイスする。


「まずは、この計測器の数値を見てください。今リュートの闇のマナは八百八十五を示しています、恐らくはこれが彼のマナ指数の最大値でしょう。そして姫のマナ指数は八百八十八、無限の象徴であるアンフィニを宿しています。姫はこのマナ放出を、任意に微調整してください。確実にリュートと同じ八百八十五を越えないように、マナを放出しなければなりません。それから、八百八十五以下でもいけません。リュートよりも低いマナを放出し続けてしまえば、今のアギトのように彼に支配されて自分のマナまで彼に強制的に吸収されて、完全に意識を失ってしまいます。そうなれば三人共、マナを放出出来ない状態にしなければ、事態をおさめることができなくなってしまうでしょう。でないと、ビッグバン現象を引き起こしてしまいます。覚悟は、よろしいですね?」


 つまり、失敗すれば三人共殺してしまわなければ大爆発を引き起こしてしまう、そういうわけだ。

 緊張がザナハの胃をムカつかせる。

 今にも気持ちが悪くて吐いてしまいそうだった。

 逃げ出したい気持ちを必死でこらえて、ザナハはゆっくりと、一歩ずつ二人に近付いて行く。


 お願いっ!

 あたしの中に眠るアンフィニの力よっ!!

 かつてこの世界に光をもたらした伝説の聖女、アウラ!!


 初代神子であるアウラと、同じアンフィニのマナ指数を持つあたしに、どうか力を貸してくださいっ!!


 ゆっくりと、深呼吸するように両手を大きく広げていく。

 全身の力を抜いて、そして肌で闇のマナを感じ取っていく。

 闇のマナ以外にも風のマナが邪魔をする、リュートは『闇』と『風』と、二つの属性を持っていたので、マナの暴走によって2つの属性が複雑に混合してしまっているのだ。

 それでも全身の神経を『闇』だけを感じ取れるように、眉根を寄せながら集中する。


 しかし、こう離れていてはしっかりと捉えることが出来ずに苦戦するザナハ。

 こうなればと、ザナハは思いがけない行動に出た。


「……っ!!」


 ザナハは思い切って黒い風の中に、身を投げ入れる!


「ザナハ姫っ!!」


 ミラがザナハを見て、黒い風に飲まれたのだと錯覚した。


「いえ、そうか! さすがザナハ姫、闇のマナの放出者に直接密着することで! これで距離が離れていた時よりも、ずっとマナの分量を測りやすくなります!」


 オルフェは片手で、ザナハに駆け寄ろうとしたミラを制止した。


「見ていなさい。 貴女の弟子は、ちゃんと自分に課せられた責務を見事にやり遂げますよ」


「!」


 オルフェの言葉に、ミラは素直に受け入れて、そして手塩にかけて育てたザナハを見守った。


 信じる気持ちは本物だった。

 どうか成功してほしい!!


 出来ることならば、この手で姫を殺めたくはないっ!!


 切に願うミラの、心の叫びが聞こえたかのように。

 オルフェはミラの肩に、そっと優しく触れた。


「中尉の手は、我々を守る為にあります。そして、中尉の手を汚さない為に私の手があることを忘れないでください」


「大佐っ」


 軍人ならば国のため、国民のため、その手を血で汚すことなど当然の義務。

 ミラの手も、決して清らかではない、その手を何度も血に染めた。

 それでも大切な者をこの手で殺めること、これ以上の苦痛はない。

 それを知って、オルフェはミラの代わりに。


 もし万が一ザナハ姫が失敗する事態が起きたなら、自分がその汚れ役を引き受けると、そう言葉に込めたのだ。


 ミラは、ふっと自嘲気味に笑みを浮かべるとすぐにいつもの凛とした表情に戻った。


「いえ、私なら大丈夫。ザナハ姫なら大丈夫です、きっと成功してくれるでしょう! 彼女は私の、最高の弟子なのですから!!」


 それを聞いて、安心したのかオルフェはいつもの笑顔に、ほんの少しだけ優しさが込められたような、柔らかい笑顔を見せていた。


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