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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランド~首都シャングリラ編~
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第86話 「ディアヴォロの影響」

 食事はいつも外でしている。

長時間馬車の客車の中で、ずっとソファに座っていたらかなり疲れてくるからだ。

食事の時位は外の新鮮な空気を吸いながら、見晴らしの良い景色でも眺めて・・・美味しいものを食べたいと誰もが思うだろう。

馬車を止めて、使用人達が外の草原の上に敷布を敷いて食事の準備を始める。

その間アギト達は、先頭車両に乗っていたザナハ達と合流していた。


「話はどこら辺まで聞いたの?」


開口一番にザナハが聞く、余程知られたくないような内容でもあるのだろうか?

なんとなくオルフェやミラに視線を向けるが、やはりこの二人のポーカーフェイスは変わらない。

奥歯に何かが挟まったような、なんともむず痒い気持ちになりながらも素直に答える。


「とりあえずここまでは、世界の成り立ちとか・・・ディアヴォロが造られた話とか、ディアヴォロを停止させる為に初代神子の

 アウラと二人の戦士が精霊と契約をした・・・というところまでは聞いたんだけど・・・。

 話の内容が大きすぎて、まだよくハッキリと理解したわけじゃないんだよね。

 なんとなく物語を聞いているような・・・、現実にあった話としては難しすぎて・・・。」


浮かない表情をしたザナハは、「そう・・・」と小さく返事をして・・・視線を下に向けていた。

そういった態度が気に食わないアギトは、けっ・・・と無愛想になってそっぽを向いている。


「何を隠しているのかは知らねぇけどよ・・・、よっぽどオレ達のことが信用ならねぇみたいだな・・・!

 あれだけオレ達に力を貸してくれとか何とか抜かしておいて・・・、自分達は都合の悪いことを何ひとつ話そうともしねぇ。

 そんなんで協力してくれって言われても、冗談じゃねぇわな!!」


アギトの暴言にザナハはムッとしたが、しかしあながち的を外しているわけでもないと自覚しているのか・・・何も反論しない。

いつものように、まぁまぁと仲裁に入るジャック。

ジャックは知っているのだろうか?・・・知っていて、あえて何も口にしないのだろうか?

そんな不安が拭い去れない、今まで苦楽を共にしてきた仲間だと思っていたのに・・・なぜだか今は遠く感じてしまう。

この距離感は一体何なんだろうか・・・。

こんな時・・・つくづく自分達は他所者なんだと、実感せざるを得なくなる。

何も知らない、何も知らされない、ここの常識がわからない、知識も・・・何も・・・この世界の人間から聞かなければ、何も。


「とにかく、腹が減ってたら人間ってもんはイライラしがちだ。

 まずは腹ごしらえをして、それからお互いゆっくり話し合おうや・・・な?それでいいだろ、アギト・・・リュート?」


ジャックが二人を両脇に抱えながら、ぽんぽんっと背中を叩く。

そう促されて、アギトとリュートは仕方無いという表情のまま・・・とりあえず敷布が敷かれている所へ移動することにした。

敷布の所ではすでにオルフェが腰を下ろしており、完全にこちらのやり取りは無視している様子だった。

それを見てアギトはまた、ちっ・・・と舌打ちして少し駆け足になる。

とりあえず今は何か食べて落ち着こう・・・、そう思った矢先だった。

突然、馬車の馬がいなないて落ち着かない様子になった。

急いで御者が馬に寄り添って、「どうどう!」と落ち着かせようとするが・・・馬は何かに怯えているように暴れようとする。


「・・・妙ですね、レムグランドで育成された馬は大人しいはずですが・・・?」


ミラが怪訝な表情で馬を見つめる、そしてオルフェはいち早くその異様な事態に不審さを感じて立ち上がり、辺りを警戒していた。

ジャックもザナハ、アギト、リュートを自分の側に包み込むようにして、オルフェ同様回りに注意を払う。


「な、なんだ?

 また魔物か何かが出て来るのか?」


アギトは一瞬で空気が緊迫した様子に包まれたのを感じて、声を潜めて呟いた。


「わからないわ・・・、でも動物は危険を察知するのに敏感だから・・・何かがおかしいのは間違いないはずよ。

 さっきミラが言ったように、レムグランドで育てられる馬はみんな性格が大人しくて・・・何もないのに突然あんな風に暴れだす

 なんてこと・・・滅多にないんだから。」


オルフェは食事の準備をしていた使用人たちを一か所に集めて、馬車の側に待機させた。

魔物との戦闘になった場合、馬車の中に避難すること・・・そして何かあった場合は馬車を走らせて逃げるように指示する。

その時、近くにあった林の方から何か大きなものが近づいてくるような足音と・・・地響きがしてくる。

バキバキッッと、木が乱暴に倒されたり・・・鳥が急いで飛んで逃げて行くのも見えた。

その足音は確実にこちらに向かってきていた。

魔法でオルフェは武器を出現させて、現れた槍を手に持って構える。

ジャック、ミラもそれぞれ武器を構えてアギト達を背にするように前衛に立った。


「敵の実力が今はまだ知れません、もし敵のレベルがあなた達より高ければ戦闘には参加しないようにしてください。

 40以上の敵ならば、私達で片付けます!」


ミラがそう言って、両手に鳥の羽をイメージしたような装飾が施されている銃を構えた。

林から現われたもの・・・、それは大木の切り株で根がまるで足のように地面を這っており、枝を両手のようにぶんぶんと振り回して真っ直ぐとこちらに向かって来ていた。

ドルチェは誰よりも早くその魔物が何なのか、全員に告げる。


「あれは・・・トレント。

 樹齢の長い木にマナが蓄積されて意思を持った魔物、性格は凶暴・・・枝を振り回して攻撃してくる。

 たまに木になっているリンゴを銃弾のように飛ばしてくるから、後方にいても危険。

 ・・・本来、レムグランドではそうそう出現することがない魔物のはず・・・!?」


そう説明されて、全員の顔に緊張が走る。

使用人達は、戦闘の邪魔になるかもしれないので馬車に乗って出来るだけ遠くまで逃げるように馬車を走らせた。

それを確認して、オルフェは作戦指揮を取った。


「ジャック、敵の足止めは任せました。

 ミラ・・・遠距離攻撃と魔法攻撃を臨機応変に使い分けてください、姫とリュートは回復や補助魔法で援護をお願いします。

 アギト、ドルチェ、二人はトレントがジャックに狙いを定めている間、背後攻撃に専念なさい。

 敵が自分の方に振り向いたら迷わず逃げるのです・・・、いいですね。」


「なんでだよっ!?

 オレの持ち味は物理攻撃で敵と戦うことなんじゃなかったのか!?

 それならオレだってジャックみたいに、みんなの盾になりながら・・・っ!!」


アギトの方に視線をやることもなく、オルフェは冷静な口調で反論する。


「君の目は節穴ですか?

 トレントの戦闘テロップを見てみなさい・・・、レベルが45でHPもかなり高い。

 物理攻撃だけではアレは倒せませんよ、君がトレントの攻撃を受けたら一撃でHPが半分以上削られる可能性だって高い。

 ・・・トレントは火属性の魔法に弱い、・・・ここは私の魔法で決めます。」


そう説明している間にも、すでにジャックはトレントを足止めする為に斧で応戦していた。

ミラは敵の横に位置を取って銃を乱射する・・・が、木片が削れるだけで致命傷には至っていない。

呪文の詠唱に入ったザナハは、周囲を光が包んで・・・そして魔法を発動させる。


「言の葉を早めよ、・・・スペルエンハンス!!」


ザナハの発動した魔法は、オルフェに狙いを定めて光が包み込む。

威力の高い魔法程、詠唱時間が長くなり集中力も半端なものではない・・・しかしこの補助魔法は、詠唱時間を短くする効果がある。

基本属性が火であるオルフェの魔法ならば、ほぼ1発で決められるはずだと・・・詠唱を早める為の魔法をかけたのだ。

オルフェが呪文の詠唱に入ってる間、ジャックはトレントの枝で何発かダメージを受けていた。

あのジャックでさえ、すでに7割方HPを削られていた。

見た目の大きさはダテではない、攻撃力もそれなりに備えているようであり・・・これをアギトやドルチェが食らったらどうなるか・・・、そんなことをリュートは想像してしまい・・・そしていつでも回復魔法を発動出来るように準備万端にしておいた。

ミラは物理攻撃を中断して、詠唱時間の短い「ライトニング」で敵を一時的にのけぞらせるということを繰り返すことによって

ジャックの攻撃がヒットしやすいように援護している。


臥竜撃がりょうげきっっ!!」


ドルチェの魔力の糸で操られているくまのぬいぐるみ「ベア・ブック」が、トレントの懐に入り込んでアッパーを決める。

ミラの「ライトニング」に、ベア・ブックの攻撃、そしてジャックのたたみかけるような威力の大きい攻撃、そのコンボでトレントの動きがひるんでいる隙にアギトが接近戦用の特技を使用していた。


爪竜連牙斬そうりゅうれんがざん!!!」


トレントに向かって前進するように連続で斬りつける。

だがやはり、動物とは違って大木相手に剣で斬りつけてもダメージを与えているという感触が感じられずにいた。

瞬間、敵が体勢を整えてアギトに狙いを定めたのをジャックは見逃さなかった。

アギトは自分より遥かに巨大な敵を前に、つたのように細長い枝が自分めがけて振り下ろされるのが目に入った。

トレントの脇にいたジャックはすかさず全身のマナを左手に集中させて、特技を放つ。


獅子戦吼ししせんこう−−−っっ!!!」


ジャックの練り上げたマナが獅子の顔のように見え、それがトレントに向かって放たれ・・・命中と同時にその勢いで5メートル程

敵が吹き飛ばされた。


「アギト、無事かっ!?」


そう聞かれ、アギトは足の震えを必死でこらえてこくんっと頷く。

情けない・・・、一瞬怯んだせいで逃げるのが遅れた・・・そう悔しがりながら、またすぐ気持ちを切り替えて戦闘態勢に入る。

トレントがジャックの攻撃でダウンしている間に、すでに詠唱を始めていたミラが魔法を放つ。


「雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け!!・・・サンダーブレーーードっっ!!」


上空に一時的に雷雲が現れたかと思うと、そこから雷撃の剣がトレントめがけて降って来て・・・そこから凄まじいまでの稲妻が

発生し、トレントが耳ざわりなうめき声を上げていた。

ジャック、ミラ、アギトが一か所に集まったのを確認したリュートは準備しておいた魔法を3人に向けて放った。


「癒しの風よ・・・、ヒールウィンド!!」


3人の周囲を優しい風が吹き抜けて、全員の傷が一瞬で癒された。

ダウンから回復したトレントは、起き上がり・・・頭上からリンゴを発射してアギト達めがけて飛んできた。


「堅固たる護り手、現れ出でよ!!・・・フォースフィールド!!」


ザナハの魔法が3人の周囲に展開されて、飛んできたリンゴを弾く。

フィールドが展開している間は、どうやら一切の攻撃から味方を守る為の防御壁が張り巡らされるのだとアギトは思った。

アギト、ミラ、ジャック、ドルチェがトレントを四方から囲むように布陣して、それぞれが武器を構えてにらみ合う。

その時・・・アギトは後方からとてつもなくおぞましいような殺気に襲われた。

振り向かなくても・・・なんとなくわかる、オルフェが呪文の詠唱を終えたのだ・・・。

まるで周囲の炎がオルフェを中心に渦巻くように、その熱気が空気を焼くような・・・じりじりとした空気へと変わっていく。


「お待たせしました・・・。」


そう聞こえ、振り向くと目に見える程の凄まじい炎のマナがオルフェの全身を包んで・・・こちらを、いや・・・トレントを見据えてオルフェが悪魔のような冷徹な笑みを浮かべているのが目に入り、その凄まじい殺気にアギトは鳥肌が立った。


「炎帝の怒りを受けよ・・・、吹き荒べ業火!!

 フレアトーネードっっ!!!」


オルフェを包み込んでいた炎が上空へと舞い上がり、それが上空からトレントに向かって・・・まるで炎の竜巻のように激しい渦を

巻きながらトレントは炎に飲まれ、全身を業火で焼き尽くされた。

今までに見たことがない位の威力ある魔法を目の前で見せ付けられて、アギトは言葉を失っていた。

確かにオルフェとの修行で、何度か魔法を見せてもらったことがあったが・・・そう思うとあれは全て手加減していたんだと、アギトは初めて痛感した。

ジャックやミラはまるで見慣れている・・・とでも言うように、トレントが無残に塵も残さず焼き尽くされるのを黙って見ていた。


「敵はどうやらトレント1匹だけだったようですね・・・。」


オルフェが何事もなかったかのように笑みを浮かべながら、その一言で戦闘は終了した・・・と全員に告げていた。

しかし・・・その笑みが一瞬消えたのを、近くにいたリュートは見逃さなかった。


(・・・おかしい。

 ドルチェの言う通り、トレントなんて魔物・・・しかもレベルが30以上の魔物がこのレムグランドに現れるとは・・・。

 これもディヴォロの影響・・・ということでしょうか?

 まだ首都からそれ程離れていないというのに、首都近辺であのレベルの魔物が出るということは非常に危険です。)


ようやく強敵との戦いを終えた仲間達は、安堵の表情を浮かべて集まる。

ミラはすかさずオルフェの元に歩いて行き、オルフェが何を考えていたのか当てるように難しい表情で見据えた。

彼女の視線に小さく頷いて、表情を引き締めらせる。


「これも・・・ディアヴォロの影響なのですか?」


「わかりません、しかし無関係というわけでもないでしょう。

 これは前触れだと思っていいかもしれませんね、我々は先を急がなくてはいけなくなりました。」


「それは余達も同じことじゃ。」


突然の声に、全員驚いて後ろを振り向くと・・・そこには例のチャイナ達がいつの間にか立っていた。

いつもは不敵な笑みを浮かべながらこちらを見下していたサイロンは、いつになく笑みがなくて・・・どこか緊迫した表情だった。

その後ろにはいつも一緒にいる付き人2人、そしてハルヒの後ろに隠れるようにサイロンの妹のメイロンが警戒している。


「これはこれは若君、こんな所で会うなんて・・・偶然にしては出来過ぎていますねぇ。」


冷ややかな微笑でサイロンを挑発するような言葉を放つオルフェ、しかしサイロンはその言葉に乗っては来なかった。


「そりゃそうじゃ、余はお主達を追ってここまで来たのだからのう。」


扇子で口元を隠しながら話すサイロンに、オルフェはぴくりとして両手を後ろに組んだ。

アギトはあからさまにイヤそうな顔になって、じっと睨む。


「これ、そう威嚇するでない。

 余が追って来たのは、この間の取引の対価を受け取りにきたのじゃよ。

 ・・・闇の戦士を借りに、・・・のう?」


そう言われ、全員が一斉にリュートの方に目をやった。

リュートは突然自分が指名されたことに驚いて、言葉が出てこないでいた。


「ちょっと待てよ、この間の取引・・・って?一体何の話をしてんだよっ!?

 まさか静止世界に行く為の龍玉のことを言ってんじゃねぇだろうなっっ!?」


アギトがサイロンに向かって行こうとしたのを、オルフェが首根っこを掴まえてそれを止める。


「それ以外になかろうが!?

 ・・・お主達も対峙して気付いておるのだろ?ディアヴォロの影響がこのレムグランドにまで濃く現われているのを・・・。」


「では・・・やはりさっきのトレントもディアヴォロの力を受けて、邪悪な魔力が増大して魔物化したということですかっ!?」


ミラが急きこむように聞いた。

アギトとリュートは一体何の話をしているのかわからずにいた、またこれだ・・・とでも言うようにアギトは面白くなさそうに膨れている。

2人が置いてけぼりを受けているのを見て、ドルチェが小さく補足説明した。


「ディアヴォロの眷属が負の感情をばら撒き始めた時、人間だけではなく自然界にも影響が出る。

 さっきみたいな大木、植物、動物がディアヴォロの負の感情である邪な魔力を受けてしまったら魔物として自我を持ってしまう。

 トレントのような凶暴な魔物が、破壊衝動に駆られて町や村を襲うことになる・・・。」


それを聞いた二人は驚愕した、それはかなりマズイ状況になるのではないか・・・!?

ただでさえレイラインのないこの地域一帯には、のどかな農村があったりしていた・・・そのどれもが魔物対策をしているという風には到底見えなかったからだ。

そんな村に、さっきのようなトレントが姿を現したら・・・その村がどうなるのかは、十分想像できる。


「ちょっと待てよ、それとリュートと何の関係があるってんだよっ!?」


アギトが食ってかかるような態度で、サイロンに詰め寄った。

サイロンは笑みこそないが、優雅に扇子を扇ぎながら下目使いでアギトを見下ろし・・・答える。


「関係大アリじゃ、馬鹿者。

 ディアヴォロの魔力に侵された者は、闇に惹かれる。

 つまりリュート・・・、さっきのトレントはお主を求めて向かって来ていたのじゃよ。」


「・・・えっ!!?」


心臓が跳ね上がった・・・、今のサイロンの言葉・・・どう聞いてもさっきの戦闘は自分が招いたように聞こえる。

一体なぜ・・・!?どういうことなのだろう・・・!?・・・不安が更に高まり、全身冷や汗をかき始める。


「ジャックに惹かれないのは、奴は普通の闇属性のアビス人だから。

 しかしリュートは闇の戦士の資質を持った、特別なマナ指数を持っておる・・・そのマナに惹かれておるのじゃよ。

 まぁ・・・お主がこのレムグランドにいるから、ディアヴォロの力が強まってきている・・・なんてことはないから安心せい。

 しかしこんな平和な土地にいつまでもいるのはあまり望ましくはない、じゃから余が迎えに来たのじゃよ。

 本来闇の戦士は、アビスグランドにその身を置いておく方がいいのじゃ・・・強制はせんが。

 だが・・・、余はお主に話しておかなければならないことがある。

 今この場で内容も、どこへ連れて行くのかも、話すことは出来ん。」


サイロンの説明に納得がいかないザナハが反対する。


「そんなの、ハイそうですかってリュートをあんた達に連れて行かせるわけないじゃないのよ!!

 リュートは私達の仲間なんだから、アビスにいた方がいいだなんて・・・そんなことあんたが勝手に決めているだけじゃない!!

 リュートは何も悪くはないんだからねっ!?

 こいつの言うことなんか、聞かなくていいんだからっ!!」


ザナハが吐き捨てるようにそう言って、リュートの前に立ち・・・渡さないという態度を見せた。

アギトも同じように立つ・・・。

二人の姿を見て、サイロンは目を細めた。


「リュート、自分で決めるが良い。

 どうせお主はこやつらに大した話を聞かされているわけではないのだろう?

 話していたとしても、レムにある資料ではその全貌が明らかになっているわけではないはずじゃ。

 ・・・知りたくはないか?・・・真実を。」


「うるっせぇーんだよお前はっ!!リュートは渡さないっつってんだろうがっ!!」


アギトを制止して、オルフェが一歩前に出る。


「リュートがその真実とやらを聞いて、こちらに戻って来た時・・・私達もそれを聞いても構わない、ということですか?」


「あぁ・・・構わんさ、元々・・・余は隠し言は好かんからのう。

 それが良い方向に行くのであれば、話してくれて一向に構わんが・・・リュートが話すかどうか、余はわからんぞ?」


しばし沈黙が流れた・・・、みんなリュートの答えを待っているのだ。

リュートは正直、揺れている。

サイロンの思惑通りに動くのは、少し抵抗がある。

しかし真実とやらは聞きたい、恐らく馬車でオルフェから聞いた話の中で明かされていない部分の内容を聞くことが出来るかもしれないと思っているからだ。

勿論、サイロンに従ったところで自分がアギト達を裏切る・・・なんてことは有り得ない。

タイミングが悪いことに、リュートの心は今揺れているところだった。

オルフェ達は、果たして本当に真実を全て自分達に話してくれているのだろうか?・・・と。

何を信じていいかわからない・・・、それが今のリュートの心境だった。


「リュートっ!!何を迷う必要があるんだよっ!!」


ハッ・・・と、リュートはアギトの言葉で突然長い眠りから覚めたような感覚に陥った。

声のした方向に目をやると、心配そうな・・・怒っているような・・・そんな不安そうなアギトの顔が目の前にあった。


「アギ・・・ト?」


「何呆けてるんだよ、取引かどうか知らねぇが今はダメだ!

 今はオルフェから話を聞いているところなんだから、それを聞いてからでも遅くはねぇだろ!?

 本当は行かせたくねぇんだけど・・・、取引を成立させちまってんなら仕方ないかも・・・って思うし。」


そうか・・・、オルフェからの話を聞いてから・・・。

レムグランドで明かされている話しを聞いた後に、解明されていない部分を聞けば・・・。

リュートが返事をしようとした時、オルフェが話に割って入ってきた。


「いいでしょう、しかし3日後には必ず洋館まで連れて帰ってもらわなければ困りますよ?

 時間厳守というならば・・・、構いません。」


「オルフェっ!!?てめえ・・・自分が何を言ってんのかわかってんのか!?」


アギトがオルフェに向かって盾突くが、オルフェはアギトの頭を鷲掴みにしてそれを制止する。


「君こそ自分が何を言っているのかわかっているのですか?

 これは取引の対価を支払う話しをしているんですよ、君もわかっているでしょう。

 リュートは我々を裏切らない・・・いえ、アギト・・・君を決して裏切らない・・・。

 君はそれが信じられないとでも言うつもりですか?

 私ならレムで解明されていない真実を聞きたいですから、リュートに聞きに行ってもらえるなら望むところです。

 喜んでお貸ししますよ、私もリュートのことを信じていますからね。」


オルフェはそう言って、リュートに向かって笑みを浮かべる。

だがしかしジャックはその判断が気に入らないようで、オルフェをじっと睨みつけていた。


「あまり時間がないからのう、早いところ決断してくれんか?

 まぁ・・・これは取引代金じゃから、ここで断っても・・・また近い内に勧誘しに来るんだがのう!?」


オルフェ・・・、ジャック・・・、ミラ・・・、ドルチェ・・・、ザナハ・・・、そしてアギトに視線を送る。

俯きながら迷い、色々と試行錯誤する。

やがて・・・リュートは顔を上げて、答える。


「・・・わかりました。

 大佐の言葉に従ってくれるのなら・・・、僕・・・行きます。」


「リュート・・・っ!」


「ごめんアギト、でもきっとこれが一番正しい選択肢なんだよ。

 僕達は知らないことがたくさんありすぎる、いきなりまとめて説明されて・・・それを鵜呑みにするのもどうかとは思うけど。

 それでも・・・僕は知っておきたいことがたくさんあるんだよ。

 サイロンさんは僕に危害は加えないって言ってくれてるし・・・、大丈夫だから・・・信じてよ、ね?」


アギトにそう告げて、ジャックに向き直る。


「リュート・・・、一応気を付けて行くんだぞ?」


「はい、ありがとうございます。

 別にこれが最後のお別れってわけじゃないんですから・・・、またすぐ帰ってきます。」


サイロンの元へ行こうとしたリュートの目の前に、ザナハが不安に潰されそうな表情でこちらを見ていた。


「それじゃ・・・、行ってくるね。」


リュートは、それだけ言い残して・・・何も言わないザナハとすれ違う。

すれ違う瞬間・・・ザナハの瞳が潤んでいるように見えたが、それはきっと気のせいだと・・・リュートは思った。


「サイロンさん、僕がサイロンさんについて行けば・・・さっきのトレントみたいな手強い魔物は出現しなくなるんですか?」


「確率が、グッと減るのは確かじゃ。

 だがディアヴォロをそのまま放置しておれば、闇の戦士がいようがいまいが関係なくなってくる。

 そんな日はすぐに来たりはせんが、ともかくあやつらが洋館に到着するまではお主はいない方が安全な旅が出来るであろう。」


「そっか・・・、それなら・・・良かった。」


良かったはずなのに・・・、なんだろう?・・・胸が痛い。

変なの・・・すぐに帰ってこれるって言ったのは、僕自身なのに・・・こんなにも不安で一杯だ。


リュートは振り向かなかった。

振り向いたら、きっと情けない顔をみんなに見られてしまうだろうから・・・。


サイロンが再びドラゴン化して、全員がその背に乗り・・・翼をはばたかせて大空高く飛んで行く。

結局リュートは、最後まで決して振り向くことはなかった。



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