第83話 「創世の国・ラ=ヴァース」
街の人達への挨拶を済ませて、窓から身を乗り出していたアギトがソファに座り直すと、早速オルフェの方から話し出した。
本来ならば面倒臭いことは、さりげなく知らんぷりを決め込んでいたオルフェだけに・・・、これは非常に珍しいことだった。
「さて、それでは君達が知りたいことを話して差し上げましょう。」
そう言ってオルフェは足を組みながら、向かいに座る二人に向かって声をかける。
アギト達は顔を見合せて、それからまず一つ目の問題を切り出した。
「オレ達、最初から知りたいから・・・まずはオルフェ達の会話にたまに出てくる『初代神子』について聞きたいんだけど。」
そう質問されて、オルフェは眉根を寄せた。
明らかに不快そうにして、それから小さく息をつく。
「仕方のないことですが・・・、いきなりものすごく遡りましたねぇ・・・。
それだけ戦士としての自覚が出てきた・・・ということでしょうか、まぁいずれは話すことになると思っていましたからね。」
オルフェの言葉に、初代神子について語るのはそれなりに時間がかかるのだろうと・・・二人は覚悟した。
初代・・・というのが、一体どれ位昔のことなのか・・・今のアギト達では想像もつかない。
ごくん・・・とツバを飲んで、二人はかしこまった姿勢で真剣に話を聞く態度を見せた。
その二人の真剣な態度がオルフェに伝わったのか、先程の嫌な顔からいつもの涼しい顔に戻って・・・話し始めた。
「初代神子の話をするには、神話レベルまで時代を遡らなければいけません。
先に断っておきますが、我々レムグランド人が知る知識は全体を通してもほんの一握りの情報しか掴めていないのですよ。
特に神話時代に関しては古文書や碑文が3つの国それぞれに分割されてしまっていますから、あくまで私が知る範囲でしか
説明することができませんが、それでよろしいですか?」
「それって・・・、神話時代について記されている文献がレムグランド、アビスグランド、龍神族の里の3つに均等に分けられて
いるってことですか?」
リュートが早速混乱気味になりながら、オルフェに聞いた。
しかしアギトはそのことよりも、初代神子が神話レベルの話だと聞いてさっきのオルフェの嫌な態度の意味を理解していた。
「その通りです。
もっとも均等・・・というよりは、内容の濃い部分に関してはレムより龍神族の里に集中的に保管されているでしょうね。
何せ若君のお父上・・・つまり現族長であるパイロン殿は、神話時代からずっと生存されていますから・・・。」
「げっ・・・、一体いくつなんだよそいつわっ!?
ヨボヨボのじいさんどころの話じゃねぇじゃねぇか・・・、ミイラ化してんじゃねぇのか!?」
「龍族の寿命は我々とは似て非なるものですからね・・・、しかし聞いた話によれば龍神族の里では我々レムやアビスとは時間軸が
少々異なっているらしいですが・・・、私は行ったことがありませんから定かではありません。
ともかく・・・古文書が3国間に渡っているので、レムに伝えられている歴史書が真実を物語っているとは限らないので注意して
ください。」
オルフェの注意点を聞いて、二人はこくんっと頷く。
とにかく今はオルフェの知っている範囲でも構わない・・・、それを前提に話しを聞いているので二人に文句はなかった。
異論はない・・・ということで、オルフェは小さく頷いて・・・それから再び話しだした。
「初代神子が誕生した時代は、今から約7億年前になります。
初代神子について語るにはこの世界の成り立ちから、ディアヴォロ誕生の話までが必須となってしまいます。
ですから、少々話しが長くなってしまいますが覚悟はよろしいですね?
ディアヴォロに関しては、ある程度かいつまんでおきますから・・・順序良く聞いた方が理解もしやすいでしょう。
では・・・、まずは世界の成り立ちからお話しするとしましょうか・・・。
以前中尉から説明を聞いたのを覚えていると思いますが、この世界にはレム、アビス、龍神族の里の3つの国がそれぞれ次元の
歪みに存在しています。
この3つの国は密接なつながりを持っていますが、レイラインを利用しなければ行き来が出来ないようになっています。
しかし・・・、7億年前にはこの3つの国は・・・元々1つの世界として存在していました。
それが『創世の国・ラ=ヴァース』と呼ばれる、至上の楽園というものが実在していたのです。
緑や自然に溢れ、マナも人々の心もとても豊かだったと碑文には記されていました。
基本的に自然を第一として考える時代であり、ラ=ヴァースでは自然界の頂点である元素の精霊マクスウェルが至高の存在として
崇められていました。
現在は8属性がレムとアビスそれぞれに分かれて存在していますが、全ての精霊が1つの世界に存在することによって世界の均衡
は保たれており、その為・・・ラ=ヴァースはとても資源に溢れた豊かな世界であり得たのです。
その時代ではシャーマンと呼ばれる存在だけが、精霊と対話することを許されており・・・精霊もシャーマンの前にのみ姿を現し て、人間の生活の在り方を説いたり、時には道を指し示したりして・・・、現在よりずっと人と近い存在にありました。
今では精霊が人々の前に姿を現すなんてことはなくなり、認められた神子の前でのみしか姿を現さなくなってしまっています。
現在の学者の仮説によれば、当時のシャーマンは神子としての資質を有していたのではないかと論議されているんですよ。
シャーマンの前に姿を現す精霊は、主に自然界の基本属性の精霊のみだったそうです。
最上級に位置する、光の精霊=ルナ、闇の精霊=シャドウ、時の精霊=クロノス、元素の精霊=マクスウェル、次元の精霊=ゼク ンドゥスは、この時代でも滅多に人間の前に姿を現すことはありませんが・・・それはラ=ヴァースの時代でも同じだったようです。
これら5大精霊は、殆ど神にも等しい存在として君臨していました。
ラ=ヴァースではそんな精霊と人々が、自然と共に生きる・・・まさに楽園のような世界だったと・・・記述されています。
やがて人々はより豊かな生活を求めるようになっていき、魔法技術の発展や魔法科学を生み出し始めました。
この世界では全属性の精霊が1つの世界に存在していたので、今では想像も出来ないような魔法科学が次々と発展していったのです。
私としてはとても羨ましい限りですが、しかしそれがラ=ヴァースの終焉へのカウントダウンとなってしまいます。
魔法科学が発展することは、それ相応のマナが大量に消費されるということになります。
当時の人々は、世界がマナに満ちていることがごく当たり前だと・・・魔法科学の発展のみに目を向けていたようです。
そして魔法科学の粋を集めて造られた技術が、魔法力増幅装置『ディアヴォロ』です。
ディアヴォロは魔法の力を極限まで増幅させるという究極の技術でした、しかしその代償として通常よりも大量にマナの消費を
必要としてしまいます。
そうして緑豊かな世界を構成していた元素であるマナが減少することにより、世界から自然が失われて行きました。
マナ不足が社会問題となった時、遂に人間同士が対立するようになってしまいます。
ディアヴォロによるマナの減少を阻止する為に、ディアヴォロを使って更なる研究を進めてマナ抑制の道を探るという『ディアヴ ォロ推進派』・・・。
ディアヴォロをこれ以上使用すること自体を危険だと判断し、ディアヴォロの完全廃棄をすすめる『ディアヴォロ廃棄派』。
これが・・・、後に世界を二分する大規模な戦争の引き金となるのです。」
一息ついて、オルフェはすぐ横に置いてあったティーセットを取り出して自分でお茶を注いで、二人にも渡す。
それから一口飲んで休憩を取った、淡々と古文書や碑文などに記されていた内容を、オルフェなりにかなりかいつまんで説明したが
・・・それでもこの内容は、レムグランドでは王立大学院で修学する超難問の科目に匹敵するものだった。
アギトとリュートの表情を見れば、休憩を取らせてやりたい気持ちになって来る。
いくらオルフェがドSであっても・・・、さすがに見るに堪えないものだった。
二人は呆然と・・・、白い目でオルフェを見つめていた。
「・・・いくら初代神子の話をする為に前置きが必要だからって、未だに神子出て来ねぇじゃん!!
今の話から、どうやってどんな風に神子が必要になってくるかさっぱりわかんねぇし・・・てゆうか、規模がデカ過ぎて今の話を
丸飲みするのに精一杯って感じなんだけど!?」
「世界が元々1つだったってことだけでも、かなりの衝撃を受けてるところなのに・・・。
なんか学校で歴史の授業を受けているみたいな・・・。」
案の定そうなるか・・・と、想定の範囲内の反応でオルフェは笑みすら出てこない状態でクッキーをひとつまみした。
それに続いてアギト達もクッキーやらチョコレートやらをつまんで、糖分を摂取して何とか理解しようと努めた。
ここでギブアップしてしまったら、もう二度とこうして話をしてくれることがなくなってしまうのかもしれないと思ったからだ。
そんな時、二人の息抜きに手を貸すかのように・・・馬車が突然急停車した。
がくんっと慣性の法則そのままに、アギト達はソファから転げ落ちて・・・それから窓の外に目をやった。
オルフェもソファから立ち上がり窓の外を眺めると、どうやら馬車の行く手を遮るように魔物が登場したようだった。
「魔物ですか・・・、二人共ラッキーでしたね。
疲れた脳を活性化させる為に、ここらで少し運動してきたらどうですか?」
オルフェの言葉に、二人は反対しなかった。
むしろずっとソファに座りっぱなしで、頭もボ〜ッとしてきて危うく眠気が襲って来るところだったからである。
「いよっしゃーーーっ!!
そういや修行から戻ってから、パーティー戦闘してなかったよな!!?」
「アギトだけね。
修行から戻って首都に向かっている最中の魔物との戦闘には、アギトは死ぬよりツライ筋肉痛に苦しんでいたから・・・。」
「いい機会だ、オレもみんなの実力がどれ位上がったか見てみたかったし。
それに・・・オルフェとの秘密特訓で、すんげぇーーことが出来るようになったんだ。
見せてやるからさっさと戦闘配置につこうぜっ!!」
そう意気込んで、アギトは馬車の扉を乱暴に開けると飛び出すように馬車から駆け降りて行ってしまった。
「あ・・・っ!!アギト、待ってってばーーっ!!」
続いてリュートも駆け降りて、戦闘配置につきに行った。
そんな二人の様子を見て、オルフェは優雅にお茶を飲んでいた。
他人事のように窓から戦闘の様子を高見の見物するみたいに、視線は戦闘風景を見つめていたが頭の中では全く別の事を考えていた。
「さて・・・、ここまで話しだしたからには神子の真実の・・・一歩手前まで話さなくてはいけなくなってしまいましたね。
一応ザナハ姫からの念押しもありましたし、本来の極秘任務も巧妙に伏せながら説明を・・・。
ふっ・・・、これは腕がなりますねぇ。
私の口八丁がどこまで通じるのか楽しみです、それ以前にあの二人が話の内容についてこれるかが少々心配ですが。」
オルフェは独り言のように、そう呟くと・・・ほんの少しだけ罪悪感に襲われた。
今まで罪悪感を感じるなんてことは、そう滅多にしたことはない。
オルフェの性格上、罪悪感というものは存在しないに等しかったのだが・・・それだけあの二人のことを少しは気に入っているということなのだろうか?・・・と、自嘲気味に微笑んだ。
「子供は大嫌いだったはずなんですけどね・・・。」