第80話 「黒衣の剣士の正体」
レムグランドのマナの減少で加護が失われることにより現れる、ディアヴォロの眷属・・・。
その最初の現象が、人間の心を支配することにあり・・・アギト達は急ぎ、支配されている可能性のある男がいる商店街へと向かっていた。
そしてちょうど同じ頃、黒衣の剣士も同じく・・・商店街へと向かっている。
一足先に商店街に到着したアギト達は、二手に分かれて男を探すことにした。
アギト、リュートはジャックと共に・・・、そしてザナハはオルフェと共に捜索する。
オルフェは一度常駐している兵士に声を掛けて、増援してから探すことになった。
アギト達は商店街にいる市民達に話しかけながら、怪しい男がこの辺りをうろついていないか聞いて回った。
「なぁ、仮にその男を見つけたとして・・・一体どうしたらいいんだ!?
オルフェの話じゃその人は操られているだけだから、剣を向けるわけにもいかないんだろ?」
今まで何匹か魔物をこの手にかけたことはあるが・・・、剣を使わずに相手を捕らえる方法は残念ながら・・・オルフェから教わっていなかった。
「見つけてもお前達は手を出さなくてもいいぞ、オルフェが言ってたようにな。
相手を見つけたら、必ずオレを呼ぶんだ。
後はオレが力ずくで取り押さえる・・・、気絶させて牢屋にでも放り込んでおけば済むことだからな。」
ジャックがそう言って、アギト達は大人しくその言葉に従うことにした。
到底、今の自分達でどうにかできるような状況でないことは・・・オルフェの話から大体わかっていたことだからだ。
「わかりました、とりあえず不審な行動をしている人物を見つけて・・・、見逃さないようにすればいいんですね。
あとはジャックさんや、大佐に任せれば・・・。」
そう言いかけた途端、広場の方から悲鳴が聞こえてきた。
3人は一斉に顔を見合せて、そして悲鳴の聞こえた広場に向かって全力疾走で駆けだした。
「オルフェの言ったように・・・、時間の問題だったな!!」
ジャックがそう言って、広場に辿り着くとそこは大勢の人に囲まれており・・・騒ぎの中心へ進むことが出来ずにいた。
たくさんの野次馬達が騒ぎを聞きつきて、広場の中心に目をやり・・・恐ろしげに広場で一体何が起こっているのかこの目で見ようと集まっている。
ジャックは人垣を押しのけるように、進もうとするがなかなか前に進めずにいた。
「お前ら・・・っ、どけって!!
一体何があったんだよ・・・、オレ達が騒ぎを治めに来てんだから・・・通せってばーーっ!!」
アギトがやけくそになりながらそう叫ぶが、野次馬達にはその絶叫が耳に入らないのか・・・道を開けようとする者はいない。
広場の中心、噴水の側で男が一人の貴婦人を後ろから取り押さえ・・・刃物を突きつけている。
男の目は血走っており・・・、正気を失っているように見えた。
「はぁ・・・はぁ・・・っ、お前ら何見てんだよっ!!?オレのことを馬鹿にしてるな!?馬鹿にしてるんだるぉーーっ!?
オレはマトモだ・・・!!
この女がオレを馬鹿にしやがったから・・・その報いを受けさせてやる!!
オレは神の代行者なんだっ!!オレの行為は神の行為・・・、オレの裁きは神の裁きなんだぁーーっ!!」
「あぁ・・・許してっ!
私はあなたを馬鹿にしたつもりなんて・・・ないわっ!!
私は少しでも皆さんの役に立ちたくて・・・っ、あなたの気に障ったのなら謝りますから・・・だから許してっ!!
命だけは助けてぇーーっ!!」
刃物を持った男をなだめようと、市民はなるべく男の警戒する距離に近付かないように・・・両手を前に出して落ち着かせようと
説得を試みる。
他の市民は恐怖でおののき、ある者は憲兵が早く来ないか待ち・・・、またある者は黒衣の剣士の登場を待ち焦がれていた。
騒ぎを聞きつけて駆けつけたオルフェとザナハも、アギト達と同じように人垣を掻き分けて進むのに精一杯となっている。
オルフェは軍服を着ていたので、存在に気付いた市民は道を譲ったりしたが・・・殆どは回りに目が行き届いておらず、男と女の
行く末に釘付けになっていた。
「くっ・・・、こう野次馬が多くては近付くに近付けませんね。
かといって威嚇射撃して道を開けようとしても、銃声に驚いて男が女性に危害を加えないとも限らない。」
「もう!!
みんなどいてったら!!どうしてこうなるのよっ、助けに来たって言ってるじゃないのーーっ!!」
その時・・・、空の方から鳥のさえずりが聞こえてきた。
チチチっ・・・と、男の真上を円を描くようにして飛び回る鳥に・・・住人の何人かが見つける。
市民達の視線に不審を抱いた男は、眉をひそめながら自分の上に目をやった。
そこにはまるで輝くような光を放つ・・・、青い鳥がぐるぐると自分の上を飛び回っている。
やがて市民の殆どが鳥の存在に気付き、指をさして注目していた。
緊迫した状況であるにも関わらず、その鳥の存在を目にした途端・・・まるで心が静まるような、不思議な感覚になってゆく。
市民達の声と、さっきまでと様子が違っていることに気付いたアギト達も・・・市民の視線の先に目をやる。
アギトとリュートは身長が低く、殆ど回りの大人達の姿でよく見渡すことが出来ないが・・・ちらりと何かが目に映る。
「あ・・・っ、あれは・・・あの時の青い鳥っ!?」
驚きの隠せないリュートは、目を疑った。
ザナハとアシュレイが口論していた夜、自分の部屋にいて・・・まるで泣いているザナハの元へと自分を導くように現れた謎の
青い鳥・・・、あの時はザナハをなだめることで頭が一杯になっていた為、今の今まで青い鳥の存在も、正体も、すっかり忘れて
いた。
「あの時の青い鳥が・・・、どうしてこんな所に!?」
そう呟いた時、人垣の中心からうわぁっという・・・悲鳴とは違った、驚きの混じった声が聞こえてきたと同時に歓声があがる。
一体何が起きているのか全くわからないアギト達は、再び騒ぎの中心へ行こうともがきながら、人々の群れをかき分け進む。
正気を失った男が、上空を飛び回る青い鳥に視線を送った瞬間だった。
どこからともなく石が飛んで来て、それが見事に刃物を持った男の手に当たり・・・刃物を落とす。
右手の激痛に男は「うっ」と短い悲鳴を上げて、一瞬女性を捕まえていた手が離れる。
女性は思わず手が離れたと同時に、恐怖の余り悲鳴を上げながら男から離れようと駆けだす。
しかしそれを男は許さず、地面に落ちた刃物を拾って女性を再び捕まえようとする。
そしてまた「うわぁっ!!」という市民の歓声が上がる。
すぐ近くにあった建物の上から黒い物体がくるくると回転しながら広場の中心めがけて飛んで来て・・・、華麗に着地したと同時に腰に帯びていたレイピアを抜き取り、しゃっと男の手から刃物を弾き落とした!!
まるでフェンシングのような素早い剣さばきで、男を追い詰め・・・そしてぴたりと男の喉元に剣先を突きつける。
「終わりだ・・・。」
黒衣の剣士の登場で広場は一瞬、華麗な剣さばきに息を飲み・・・しぃ〜んと静まった。
そして事件の解決と同時に、市民達は一斉に大歓声を上げた。
拍手喝采の嵐、口笛を吹き、色んなものが辺り一面に投げられる。
ようやく広場の中心まで辿り着けた何人かの憲兵が、女性を保護し・・・そして剣を突き付けられた男を捕縛して、一件落着した。
黒衣の剣士は、しゃっと剣を振ってすぅっと鞘に収め・・・そのまま立ち去ろうとする。
しかし回りは人々に囲まれて、容易に抜け出せるような状況ではなかった。
剣士が立ち去ろうとする姿に、町の人々は肩や背中を叩き、感謝の意を述べる。
「あんたはやっぱりこの町のヒーローだ!!」
「一時はどうなることかと思ったけど、あんたがいてくれりゃこの町は安泰だよ!!」
人々の感謝の言葉を一斉に浴びせられても、仮面をした男が一体どう思い、どんな表情を浮かべているのかは誰にもわからない。
「そう思うならさっさと道を開けてくれ、オレの用は済んだ。」
剣士の言葉に従いながら道を開けて、それでも通りすがりにたくさんの人々がお礼を言う。
やがて剣士の進む方向には、アギト達がいて・・・ばったりと出くわすことになる。
人々の群れがまるで海を割るモーゼのように道を開け、その先でアギト達と正面に向かい合い・・・お互い足を止めた。
アギトは言葉を失っていた、先程まで噂をしていた黒衣の謎の剣士が・・・事件を解決して今、目の前に立っている。
しかし、何と声をかけていいのかわからない。
お礼を言うのも変だし、ファンというわけではないから握手を求めるのもおかしいだろう。
そんなアギトとは違い、リュートは聞きたいことが山程あった。
さっきの青い鳥はこの黒衣の剣士のものなんだろうか?
あの晩にも、自分に青い鳥をけしかけたのはこの黒衣の剣士の仕業なんだろうか?
自分とどういう関わりがあるのか?・・・その正体は?・・・何が目的なのか?
色々な質問が頭の中を駆け巡り、絞ることが出来ずにいたら・・・黒衣の剣士が淡々と言葉を放った。
「一刻も早くマナ天秤を制御しなければ、ああいった人間はこれからも増え続けるぞ。
こんな所で道草を食っている暇があったら、さっさと精霊との契約でも何でもしてくるんだな。」
その声は冷たく、見下しているようだが・・・、どこか懇願しているようにも感じられた。
それだけ告げると・・・、黒衣の剣士はアギト達にそれ以上興味を示さず・・・すっと通り過ぎて行ってしまった。
すぐ横を通り過ぎて行き・・・、アギトはただ黙ってそれを見送るしか出来ずにいた。
圧倒された・・・、その言い知れぬ威圧感・・・、迫力・・・、そして自分達に課せられた使命の重さ・・・それを思い知らされたようだった。
リュートは他にも聞きたいことがあったが、アギト同様に話しかける隙は全くなかった。
いつまでも立ちすくむアギトに、リュートは声をかける。
小刻みに震えて・・・、その腕には鳥肌が立っており・・・、そして突然叫び出した。
「か・・・、かっっっけぇぇ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
アギトの第一声に「あ、大丈夫だ」と思ったリュートはそのまま放っておいて・・・ザナハ達がどこにいるのか探すことにした。
人混みをかき分け、広場の中心に行ったらザナハとはすぐに合流できた。
大声で呼び、騒ぎが収拾したことを目の当たりにして・・・そして黒衣の剣士に出会ったことなどをザナハに話す。
広場にはすでに事件の痕跡はなく、男も憲兵により拘束されそのまま城内にある牢に連れて行かれたようだった。
人質となっていた女性も保護されて、怪我がないようだったが念の為にと病院へ運ばれている。
「あれ?・・・大佐がいないようだけど、大佐も男を連行していったの?」
「多分そうだと思うけど・・・、気が付いたらオルフェの姿がなかったのよね・・・。」
とりあえずオルフェのことだから何も心配する必要はないだろうと、リュート達は特に気にしてはいなかった。
黒衣の剣士を見ることが出来なかったザナハに、リュートは興奮したように話しをした。
事件を解決する瞬間を見たわけではなかったので、その詳細については最前列で見守っていた市民から聞くことが出来た。
午後は・・・、市民達と一緒になってこの町で一番大きな酒場に入り・・・そこで誰もが黒衣の剣士について語り合う。
その興奮は夜になっても冷めることはなく、結局オルフェに許された門限一杯までアギト達はパーティーのように大騒ぎした。
事件が解決してすぐのこと・・・、オルフェは人混みから抜け出して黒衣の剣士の後を追っていた。
市民の殆どは広場に集まっていたので、広場から外れた場所まで行けば黒衣のマント姿の男を見つけるのは容易だった。
オルフェはすぐさま見つけ、そして黒衣の剣士に向かって声をかける。
「お疲れ様でした・・・、殿下。」
そう言われ、黒衣の剣士は足を止め・・・振り向く。
目の前には皮肉のこもった笑みを浮かべながらこちらを見据える、オルフェの姿があった。
回りに人がいないか確認し、肩を竦める。
「その名で呼ぶな、誰かに聞かれでもしたらどうするつもりだオルフェ!?」
「住民はみんな・・・黒衣の剣士の活躍する場に集まっていますから、ここには犬や猫しかいませんよ?
それにしてもまさか、私達の尻拭いを殿下がしてくれているとは・・・、正直思っていませんでしたよ。
何しろ殿下は・・・ザナハ姫が神子としての使命を果たすことに、一番に反対されていた唯一の人物でしたからね。」
「ディアヴォロの脅威が首都にまで及んでいては、オレが出る他ないだろうが。
それにオレ達の計画を遂行するには、ディアヴォロには大人しくしていてもらわなければ困るからな。
ザナハの件に関してもそうだ・・・、オレはあくまでザナハの前に立ちはだかる存在でなくてはならない・・・!
例え義理でも・・・兄と妹という関係は、支障をきたす。
オレはザナハに忌み嫌われ、そして巣立ってもらわなければ・・・今までの努力が全て無駄に終わってしまうからな。」
切羽詰まったような口調で、少し悔しそうに話すアシュレイに・・・オルフェがにべもなく揚げ足を取る。
「重度のシスコンであることを明かせば、そんな面倒臭いことをしなくても思いきり嫌われることが出来ると思いますけど?」
「誰がシスコンだっ!?叩っ斬るぞ!!
オレはただザナハの為になることをしてやりたいだけだと言っているんだっ!!
その為に必要ならば憎まれ役にでも何でもなるし・・・、それでザナハが幸せになるならそれで構わないだけだ!!」
「それを世間ではシスコンと呼ぶんですよ・・・殿下。」
アシュレイが完全にキレる寸前で言葉を止めて、メガネのブリッジを押さえながら苦笑気味でオルフェが別の話題を振る。
「それにしても・・・、その姿は一体どういった心境で?」
オルフェの言葉の裏を読み取ったアシュレイは、仮面で素顔が見えないが・・・明らかに頬を赤らめて侮辱された気分になる。
「このオレが堂々と眷属退治をするわけにはいかないだろうが!!
世間的にはアウトローとして通っているんだ、そのオレが正義に目覚めたみたいな視線に耐えられると思っているのか!?
あくまでこれは隠れ蓑だ、正体を隠すことによって民衆の注目を集め・・・ヤツの注意を逸らせる!!」
(・・・少なくとも、喫茶店の女店主には正体がバレていると思いますけどねぇ・・・。)
アシュレイがせっかく考えた正義の味方キャラを台無しにしないように、オルフェは笑みを浮かべながら言葉を飲み込んだ。
オルフェの含みのある微笑がいちいち癇に障るのか、アシュレイはオルフェに向き直り殆ど吐き捨てるように言葉を放った。
「あの男の尋問ならばこのオレがしておく、今までもそうしてきたからな。
だから首都のことは何も気にせず・・・お前達はさっさと役目を果たして来い!!」
そう言われオルフェは「そうですか」と、両手を後ろに組んで微笑んだ。
続けてアシュレイは、背を向けて最後に一言だけ告げる。
「・・・それから、お前は墓参りに同行しなくてもいいのか!?
恐らくミラはそこにいるはずだ・・・、せめて花のひとつ位供えて来い。
これは王子としての命令ではなく・・・友としての助言だ。」
オルフェの顔から笑みが消え・・・、視線を下に落とした。
珍しくオルフェの表情が陰ったのを・・・アシュレイは背を向けたままでも感じ取ったのか、決してオルフェのその顔を見ようとはしなかった。
オルフェはその言葉には返事をすることはなく・・・、アシュレイもそれがわかっているとでもいうように・・・そのまま城へ向かって歩いて行った。
一人残されたオルフェは、アシュレイをからかいに来たのに・・・返り討ちにでもあったような気分になっていた。
はぁ・・・っと溜め息をこぼし、メガネの位置を直すフリをして・・・オルフェは覚悟を決める。
「言われてみれば・・・、あれ以来墓参りには行ってませんでしたね・・・。
殿下の言葉に乗るわけではありませんが、まぁ・・・一応礼儀として顔位は出しておくとしましょうか・・・。」
そう呟いてオルフェは・・・、アギト達がいる方とは全く逆の方向へと向かって歩いて行った。